ファンタジー対応地域住民向けR.P.G.
エーテルとは、“人間の空想を現実にする物質”である——。
80年前、突如として大気中に未知の物質が発生した。
のちにエーテルと呼称されるようになるこの物質は、瞬く間に窒素を抜き、大気の構成物質を占めることになる。
“エーテル災害”。世界はこの未曾有の大災害によって、空想と現実が混ざり合い、姿を変容させる。
それまで、空想の産物でしかなかった空想生物や迷宮、上位存在は、現実を染め上げる。
だがエーテルがもたらしたのは、災害だけではなかった。
人には魔法や超能力といった超常の力を与え、エーテル由来の資源は各国の資源問題を解決した。
それにより、銃を持って有数の資源を奪い合う時代は終わりを告げ、剣と魔法をもって“エーテル資源”を確保する時代へと突入する。
80年前と現在を比べれば、もはやこの世界は別世界——。
異世界と言っていいだろう。
エーテル資源は、モンスターから得られるもの、迷宮から発掘されるもの、植物のように自生するものなど、さまざまな種類が存在する。
これらエーテル資源の採取を目的とした職業が生まれるのは、自然の摂理だった。
彼らは人類初の迷宮踏破者である冒険家パーシヴァルに敬意を表して、“冒険者”と呼ばれるようになる。
冒険者の仕事は主に「探索・討伐・採取」の3種類。
迷宮を踏破し、モンスターと戦い、財宝を持ち帰る。
ここ数年は、子供たちがなりたい職業ランキングの1位を独占し、多くの若者が冒険者になることに憧れをもつ。
危険も多いが、成り上がれば億万長者となれる夢と浪漫に溢れた職業——。
それが冒険者だった。
しかし、営利だけで回るほど、世の中は甘くない。
******
世界で初めて迷宮が発見された場所、地方自治区湾岸都市。
中心部は大きな天然港を有し、三方を10の山々に囲まれ、すり鉢状となった独特な地形から“坂の街”、“階段の街”として有名である。
かつて国際貿易港として栄え、現在もその港には国際ターミナルが設置されている。
そんなケイホーの港の海は、現在“スライム”によって埋め尽くされていた。
港では、いくつかの船が行き交い、作業着の面々がひたすら網などを駆使してスライムをかき集め、陸に引きあげて天日干しにするという作業に追われている。
ケイホーの風物詩の一つである『ゼリーフィッシュスライムの漂流期の風景』だ。
「あー……働きたくない……。世界終わらないかな……」
ナカシマはそう独りごちる。
スライムを掬いとる船上の一団に混じる彼は深いため息を吐き出し、ごった返している観光客や野次馬を「暇かよ、どっか行けよ」と口に出しながら眺める。
眺めると言っても決して直視はしない。
十分な睡眠をとっているが、隈ができやすい体質であるために疲れて見える目つきは必ず伏せる。
万が一にも睨まれたとクレームが入ってはコトだからだ。
ナカシマは目立つのが嫌いだ。
しかし、エーテルの影響によって鋼のメタリックカラーに染まっている髪は、光によっては虹色に輝くため、海から光が反射する船上では嫌でも目立つ。
今まさに港でカメラを向けている観光客に撮られているのではないかと、自意識過剰な考えが頭を巡り、疲れもあってナカシマの口は普段より数段悪くなる。
「物騒なこと言ってないで、手を動かしてくださいよ。ナカシマさん」
ぶつぶつと文句を垂れるナカシマを、隣で作業する新人のシグマが注意する。
「文句言ってても終わりませんよ」
「そんなんわかってるけどさぁ」
シグマ。期待の新人。
ナカシマがメンターを務める直属の後輩。高卒枠18歳の女子。
彼女は6年目になるナカシマよりもずっとしっかりしている後輩である。
正直に言って、ナカシマはこの10歳下の後輩が苦手だった。
人材不足でなければナカシマはメンターを断りたかった。
勘違いしないでほしいが、ナカシマはなにも自身よりも優秀だからシグマに苦手意識を持っているのではない。
性格が合わないのもあるが、1番の理由はシグマが美人だからである。
女性にしては長身で、スラっとした体格をしており、髪は黒を基調としながら、赤と青の毛が不規則に混ざって生えており、それを邪魔にならないよう、しっかりと後ろでまとめている。
整った顔立ちに、ぱっちりとした大きな瞳を持ち、まっすぐ相手を見据える眼力は非常に強く、その真剣な眼差しは初対面の相手にも強い印象を与える。
異性に免疫のないナカシマにとって、歳下の美人は何よりも恐ろしい存在だ。
「真面目だなぁ……。真面目に働いたって、俺たちの給料は増えも減りもしないんだから、ほどほどに手を抜こうよ」
「お給料は減らなくても、市民の信頼は減りますよ。何せ私たちは地域住民を守る公共の冒険者なんですから!」
意気揚々と胸を張るシグマをナカシマはうんざりした目で眺める。
そう、冒険者にも色々いる。
大概の冒険者は企業に所属し、依頼を受注する。
中には個人で依頼を引き受けるフリーランスも存在するが、ナカシマやシグマはそのいずれにも当て嵌まらない。
公共の冒険者とは、ギルドではなく国や地方自治体に所属し、冒険者業務を取り扱う技術職の公務員である。
俗に公務員冒険者と呼ばれる地域公共サービス——。
ケイホー市役所冒険部冒険課冒険2係、それがナカシマたちが所属する組織の名前だった。
「市民の安心と平和をモンスターから守るのが、我々冒険2係の仕事なんですよ!」
「何が、市民の安心と平和だよ。今どきそんな理想抱いて公務員試験受けてまで冒険者やる奴なんていないから……。公務員冒険者なんて、他人の安心より自分の安定しか考えてない奴らばかりだからね」
そう言いながらもナカシマはスライムを掬う作業へと戻っている。
文句を垂れるが、基本小心者であるため、人目の多いところで堂々とサボれる度胸など彼にはない。
しかし、今度はシグマが掬う手を止め、拳を握りしめながら、熱く語り出してしまった。
「いいえ!少なくとも私はそう信じて公務員冒険者になりました!ナカシマさんにもあったはずですよ!夢と希望に胸を膨らませて入庁した時のあの気持ちが!」
「いや、俺、探索も討伐も採取も嫌いだったから公務員になっただけなんだけど……。公務員なら全部業務委託だと思ったから……。結果、嫌いなこと全部やってるけど……」
本当に嫌になる——。
最初期の冒険者業はたしかに人々の安全を守る目的で生まれたのだろう。
しかし、いざエーテル資源の有用性が証明されれば、冒険者は営利目的へと移行していった。
だが、そうなると問題も出てくる。
民間の冒険者では、どうしても採算が取れないクエストは敬遠されてしまう。
金額と仕事内容が割に合わない、実りより出費の方が大きいクエストなど好き好んで受けるものはいない。
ナカシマはそれが悪いことだとは思わない。
生活を潤すためには利益を第一に考えるのは人間として当たり前だ。誰だって生きていかなければいけないし、生きるには金が必要だから——。
しかし、利益に繋がらないからと言って放置するわけにもいかないし、高額なクエスト料を支払えない住民を誰かが助けなければならない。
そんな時のために貧乏くじを引かされるのが、公務員冒険者である。
やることと言ったら専ら農作物や家畜を荒らす、三大雑魚モンスターであるゴブリン・オーク・コボルドや民家や公共施設に侵入するのが得意なスライムの駆除などだ。
現在、行っているゼリーフィッシュスライムの掬い取りもその一環。
地味で手間が多く、出来高制ではなくぜんぜん割に合わないが、その分給金が保障され、危険も民間より断然少ない。
(まあ、そのせいで世間での評価は冒険心じゃなくて安定を求めた冒険者もどきだけどな)
嫌だ、嫌だ——。
ナカシマは、この仕事に夢を見過ぎているシグマと働くようになってから、毎日のように耳障りの悪い理想という妄言を聞かされている。
とりあえず、なおも市民のためだのなんだの暑く語っているシグマのことは無視してナカシマはスライム掬いに集中する。
スライムを掬い取り、カゴに入れる。また掬い取り、カゴに入れる。掬い、入れる、掬い、入れる——。
「…………」
「………………」
「……………………」
船上に作業を始めた頃の和気藹々とした雰囲気は今は跡形もない。
ただ無言という圧力の中に波の音が垂れ流されている。
現在の時刻は13時。始業開始の8時45分から休みなく作業しているので、4時間以上は経っている。
根暗なナカシマにとって無言はさして苦にはならないが、この不要な物音を一切立ててはいけないような雰囲気には辟易する。
「ここらいったいを大規模魔法で焼き尽くすのじゃダメなんですかね?」
そんな雰囲気を物ともせずにシグマはとんでもない事を言い出した。
というか、さっきまでの真面目に作業をやれという発言をした本人が真っ先に投げやりな方法を提案するのはなんなんだろうか——。
ナカシマはシグマのことが苦手だが、嫌いではない理由はこんなところにある。
シグマは真面目ちゃんだが、たいへん大雑把な性格なのだ。
(というか、たぶんバカ)
もちろん期待の新人と呼ばれるだけあって、頭はいい方なのだろうが、勉強ができるできないの話ではなく、シグマのバカさは発想と行動力の方面で発揮される。
「ダメに決まってるだろ」
「なぜですか。こんなちまちました作業では日が暮れてしまいます。それに一気に焼き払った方が簡単ですよ!何よりも派手でカッコいいですし!私たちは公務員である前に冒険者なんですから、やはり派手さも必要だと思うんです!」
シグマの突飛な発言を聞いていた他の職員のうち数人は苦笑し、何人かはうんうんと頷く。
しかし、何も誰も何も発言しないので、新人への教育はナカシマに丸投げしているようだ。
しょうがないので、たまには先輩の威厳を見せることにしよう。
「じゃあ、なんでやらないと思う?」
「それは、ケイホー市役所内に大規模魔法の術式を扱える人がいないからとか?」
「半分正解……。でも、1番の問題は予算の問題」
「予算?」
「俺らの仕事はボランティア活動じゃない。緊急事態でもないかぎり、今年の業務には全部予算がついてる。俺たちはその少ない予算をやりくりしながら業務に当たらなきゃいけない」
予算の出所は市民の税金である。
シグマは自分たちは公務員である前に冒険者だと言ったが、冒険者である前にナカシマたちは公僕なのだ。
市民の血税を無駄遣いするわけにはいかない。
「大規模魔法で吹っ飛ばすには、何重にも術式を構築しなきゃいけないし、それはうちの市役所じゃ外注するしかない。ここらへん一帯を封鎖しなきゃだし、近隣に被害がでないように防護結界をはらなきゃいけない。それには、とにかく金がかかる。それよりも地道に掬って天日干しした方が、時間はかかるけど、圧倒的に安い。どちらでもスライムを一掃できるなら、安い方を選ぶ。選ばなきゃならない。それが公務員ってものだよ」
「そんな……うちってそんなにお金ないんですか?」
ないよ——。
ケイホーは少子高齢化の波を受けている。
ケイホーは確かに世界で最初の迷宮が発見された場所で、県内では最多の迷宮数を誇り、大迷宮の中でも広大な規模を誇る「巨大迷宮」が7つ存在する。
由緒正しいが、それは言い換えれば踏破され尽くした迷宮しかないということでもあり、冒険者の需要が薄い。
また、坂の街と呼ばれるように立地がとにかく悪く、家賃が都会並みに高い。
若者が離れていくのは当然と言えば、当然だ。
「まあ、金のこともそうだがな。1番の理由はゼリーフィッシュスライムの特性にあるんさ」
「マルコさん」
ナカシマの偏った物言いに笑いながら話に加わる男がいた。
ナカシマやシグマと同じ作業着をきた中年男性、マルコ専門官。
マルコ専門官は冒険2係で1番のベテランであり、ナカシマのメンターだった人である。
「ゼリーフィッシュスライムは体内にフグ毒であるテトロドキシンに似た毒を持ってるから危ないんだ。スライム種全般には物理攻撃が効かないが、それでも毒が飛び散らないように細心の注意をはらわなきゃならない。誰も有害な資材を除去せずに建物を爆破したりしないだろう?」
「なるほど」
「マルコさん流石っすね。それは思いつかなかったっすわ」
「うん……君は真っ先に思いつかなきゃダメだからな」
怒られてしまった——。
ナカシマは少しシュンとなり、スライムを掬ってはカゴに入れる作業を再開する。
「それにしてもゼリーフィッシュスライムって、そんな特性があったんですね。スライムなんて簡単に倒せるので、意識してませんでした」
「まあ、スライム全般が三大雑魚モンスターに比べて割と簡単に倒せるからね。忘れそうになるけど、脅威度レベル1のゴブリン達と違って、スライムは脅威度レベル5弱なんだよな」
人の気配に敏感なゴブリンやオークなどは、人里には滅多に降りず、対策された民家などに侵入などできない。
人里離れた場所で遭遇しても、数が圧倒的に有利でなければ襲ってこないため、脅威度は高くない。
一方のスライムは、モンスター対策がされた場所でも簡単に出入りができ、どこにでも潜むことができる。
物理攻撃は基本的に効かず、放っておくとすぐに増えてしまう。
建物の隙間に潜み、動物に飛びかかって窒息させてから酸性の粘液で肉を溶かし同化させていくというのが、スライムの常套手段だ。
中にはゼリーフィッシュスライムのように有毒のものも数多く存在する。
しかし実に厄介な一方で、乾燥に弱く、ドライヤーを吹きかければ割と誰にでも退治できるという脆弱さを持つ。
そのため、駆け出しの冒険者はゴブリンよりもスライムを下に見る奴は結構いる。
「…………ゼリーフィッシュスライムって、ほかにどんな特性があるんでしすか?」
「他に?自分じゃ動けないから波や海流に乗って移動して、通りかかった獲物を毒で麻痺させて同化するとか。たまに流されるままケイホーみたいな港に集合して、漁師泣かせだったけど、数年前に無毒なゼリーフィッシュスライムの養殖に成功して、珍味として高値で取引されてるとかかな?」
「ある程度集まったら合体してキングなスライムになったりしますか?」
「なるわけないじゃんゲームじゃないんだからさ」
いい加減に口ではなく、手を動かしてほしい——。
ナカシマは常日頃からサボりたいと思っているが、残業もしたくはない。
だが、このままのペースでは残業になってしまう。
自身が残業にならないためにシグマには頑張って貰わなければ困るのだ。
そう思い、ナカシマが注意しようとシグマの方へと視線を移す。
先程、注意された腹いせの気持ちもある。
しかし、ナカシマの思惑に反してシグマの管轄の海面にはスライム1匹たりとも存在していなかった。
すでに自分の担当区域が終わっているなら、こちらを手伝ってくれればいいのに——。
文句を言おうとしたが、そこでようやくナカシマは野次馬たちが騒がしいことに気がついた。
見れば、複数人がある一点を指さして何かを叫んでいる。
そちらに目線をやると、そこでナカシマが目にしたのは——。
「な!なんだあれは!!」
ナカシマが見たのは、海面が盛り上がっていく様子だった。
いや、よく見るとそれは海面ではない。
毒々しい黄と紫の線が混在し、液体ではなくもっとゼリーのように硬み、尚且つドロっとした形状を併せ持つ見た目には見覚えがあった。
「キ、キングサイズのスライムだ!!!!!」
海面から覗かせている部分だけでも4、5メートルは超えているだろう。
見上げるほどの大きさになったゼリーフィッシュスライムは、よく見るとノロノロと前進していた。
「な⁉︎動くぞコイツ!!」
「バカな⁉︎巨大な体積を得たことで重心移動を覚えたとでもいうのか!!」
「まずいぞ!国際ターミナルは国の、隣接する美術館は県の管轄だが、この先の公共広場はうちの管轄だ!!!!!」
「や、やつを止めろ!これ以上進ませるな!」
周りの職員がパニックでおかしなテンションになっている。
無理もない——。
ゼリーフィッシュスライムが合体して巨大化するなど前例がない。
しかも、それが動き出したのだから恐怖でしかないだろう。
「止めろって……こっちはまともな武器なんて持ってきてないんだぞ。しかし、これ脅威度レベル5弱どころか、レベル5強いくんじゃないか?」
これが民間の冒険者であるならば撤退という選択肢を取るだろう。
脅威度はあくまで推定であり、それは容易に変動する。
営利目的であれば、わざわざ自分の実力に見合わないモンスターを相手にするなんて割に合わない。
しかし、ナカシマたち公務員冒険者は違う。
たとえ、相手が自分の実力に見合わなくても立ち向かわなくてはならない。
なぜならそれは義務だからだ。
実は民間の冒険者の方が死亡率は高くても、離職率や休職率は公務員の冒険者の方が圧倒的に多い。
公務員の冒険者は普段の安定を手にする代わりに、理不尽から逃げないという義務を果たさなければならないからだ。
「いつまでも働かない働きアリでいたかったのに……」
そう独りごちながらナカシマは見上げるほどに巨大化したスライムを見据える。
船上では、誰もが慌てていた。
武器になるものを探す者、どうやって止めるかを話し合う者、小規模な魔法を試しに打ってみる者と様々だ。
しかし、誰一人として逃げようとする者はいない。
そんな中、先頭にて、キングサイズになったスライムを見据える者がいた。
シグマである。
ナカシマに猛烈に嫌な予感がよぎった。
「ナカシマさん!ナカシマさん!」
「ナンジャラホイ?」
「これって冒険者として活躍する絶好のチャンスじゃないですかね!」
物騒な発言をする彼女の目はキラキラと輝いている。
その手には市役所の支給品であるヒノキノボウ【だいたい攻撃力+10する気がする】が装備されていた。
「お前!そのヒノキノボウ【だいたい攻撃力+10する気がする】で何をするつもりだ!」
「そんなの決まってるじゃないですか!」
そういうが早いか、彼女は助走をつける。
「私は!冒険者です!」
叫ぶと同時に彼女はスキル《跳躍》を発動させ、船上を蹴り、キングサイズのスライムへと突っ込んでいった。
その手に持つヒノキノボウは今や幾千の光を集めたような輝きを放っている。
余談だが、世界にエーテルが蔓延ったことで人類は「空想を現実にする」という術を手に入れた。
それらはエーテル運用法と呼ばれ、人類がモンスターや迷宮を相手取るのにおおいに役立つことになる。
鍛錬を用いて超人的な身体能力を体得する運用法を《スキル》、知で紐解いた術式に当て嵌めることで空想とされた魔法を習得する運用法を《スペル》と呼称された。
しかし、それら二つとはまったく異なるエーテル運用法が存在する。
スキルやスペルとは違い、鍛錬を経ることも術式を紐解くことも必要とせず、過程を省略して結果のみを実現する運用法。
超能力、神通力、奇跡などと呼ばれる力。
それは上位存在と呼ばれる超常の存在から先天的あるいは後天的に与えられる贈り物。
故に《ギフト》と呼ばれていた。
シグマはキングサイズのスライムに突っ込んでいき、そのまま体内へと潜り込んだ。
たちまち、巨大なスライムの体は内側から輝きを発し始める。
「あれが世界で最もポピュラーと呼ばれる二大ギフトのひとつ……《聖剣》、か」
いつのまにかナカシマの隣にはマルコが立っており、そう呟く。
「《聖剣》……あれが。ギフトなんて初めて見た……」
「先天的にギフトを持つ者は50万分の一らしいぞ」
「宝くじの三等が当たる確率……」
「千の松明を集めたような輝き、斬れないものはなく、刃こぼれもしない。その刀身には聖なる力を宿し、浄化の力を持つという」
スライムの体が輝きに包まれる。
次の瞬間、弧を描くように光が迸り、スライムの巨体は真っ二つに両断された。
スライムの巨体は光と共に解け、跡形もなく天へと昇っていく。
「《聖剣》のギフト所持者が聖剣を扱う時、個性がでる。聖剣そのものを作り出す者や身体の一部を聖剣に変える者など。彼女の場合……手にした“なんかいい感じの棒”を聖剣にできるらしい」
「……男子小学生かよ……」
シグマは光になって登っていくスライムの巨体から離れ、「ドボンッ」という激しい水飛沫を上げながらシグマは海に落ちた。
「なるほど……テトロドキシンと同等の毒を無毒化するほどの浄化能力があるようだ」
「もう、最初からあいつ一人でよかったじゃないすかッ」
「んーゼリーフィッシュスライムの体内にわざわざ入ったのは、内側から浄化することで外部の被害をなくすためかな?直感的にやっていたようだが、意外に賢い子なのかもしれない……。ところで、ナカシマくん……」
「なんすか?」
これからの仕事をシグマにどう押し付けようかと邪な考えを巡らせていたナカシマに対して、マルコは自身の作業着の裾を引っ張りながらナカシマに告げる。
「あの子、毒の粘液の体に突っ込んだけど、この市役所の支給品の作業着【だいたい防御力+50する気がする】だけで、ゼリーフィッシュスライムの毒を防ぎきれると思うかい?」
「…………え?あッ⁉︎」
ナカシマはシグマが落ちた海面を凝視する。
スライムたちが一掃され、陽の光を反射できるようになったケイホーの海面にシグマはぷかぷかと浮かんでいる。
仰向けに浮かんでいるため、白目を剥き、体をビクッビクッと震わせながら、口から泡を吹いているのが確認できた。
「あいつやっぱ考えなしのバカじゃねえか!!」
ケイホーの港にナカシマの叫び声が響く。
******
「豚骨ラーメン、味噌トッピング、バリカタで」
「旨辛つけ麺中辛、大盛りで……あとライスください」
「ラーメン屋でつけ麺頼むとか……正気ですか?」
「いいだろう別に。メニューに載ってるんだから」
時刻は17時50分。
ケイホー市役所から徒歩15分の位置にあるラーメン屋のカウンターにて、ナカシマとシグマは並んで座っていた。
「それにしてもナカシマさんが《解毒》のスペルが得意だったんですね。すごく意外です」
「感謝してるならここは君の奢りね」
「後輩にたからないでくださいよー。せっかく、見直しかけたのに」
注文してから間をおかずにシグマが注文したラーメンがやってきた。
シグマはそれを嬉しそうに頬張る。
先程まで死にかけていたのが嘘のようだ。
ナカシマが頼んだつけ麺はまだ来る気配がない。
「ねぇ……なんでシグマさんは公務員冒険者になったんだ?ギフト持ちなら大手ギルドを選び放題だったんじゃないの?」
少々、手持ち無沙汰になったため、ナカシマはそんな当たり前の疑問をシグマに投げかけた。
「そうですね…………」
シグマは麺を啜るのをやめ、一瞬悲しい表情を浮かべた。
「私の理想の冒険者にもっとも近かったのが、公務員冒険者だったんですよ」
「は?何それ、理想?」
「はい。弱きを助け、強気を挫く……そんなヒーローみたいな。気兼ねなく人助けできる冒険者になりたいんです」
そういうとシグマはまた麺を啜り出した。
「それはさ……」
仕事内容を勘違いしてるよ——。
公務員冒険者は決してそんな仕事ではないと否定したかったが、ナカシマはでかかった言葉を飲み込んだ。
言いたかったが、彼女の少し潤んだ瞳を見て言いたくなくなったのだ。
「すいません!替え玉ください!」
「はやいな!もっと落ち着いて食えよ!」
「何言ってるんですか!ラーメンは速さですよ!」
潤んで見えた彼女の瞳は気のせいだったようだ。
きっと、ラーメンの湯気だったのだろう。
だが、ナカシマは今更悪態をつく気にもなれなかった。
「私いつか自分のギルドを持つのが夢なんです。困ってる人を率先して助けられるようなギルドを。ナカシマさんも雇ってあげてもいいですよ?」
「……嫌だね。俺のモットーは一生働かない働きアリでいることだから」
「それ……どういう意味ですか?」
ナカシマは人生という荒波を流されて、流れに身を任せて生きてきた。
流されて、流されて、流れ着いたのが公務員冒険者という最低な仕事だった。
好きになれない仕事だが、自分にはこの仕事以外、他にできる仕事なんてないとも思っている。
(ヒーローみたいな……ね……)
自分にとってはくだらない仕事でも、シグマには少女には違って見えているらしい。
「まあ、期待はしてないけど……応援はしてるよ」
「よくわかりませんが、ありがとうございます。がんばります」
ファンタジー対応地域住民向けR.P.G.。
ご利用はお近くの市役所窓口まで。
END




