君との舞踏会はオルゴールの調べに乗って
なろうラジオ大賞7参加作
作中にはキーワードの『オルゴール』『自転車』を使用してみました。
ハンチング帽の青年ハンスは、落ち葉を切るようにして、並木道を自転車で走り抜けていた。
冬間近だというのに、切なくなった太陽がまもなく落ちようとしているというのに、上着を前かごの中に丁寧に突っ込んだ彼の額には、うっすら汗まで滲んでいる。
並木の彩りが消える前に。まるで、そんな時を惜しむかのように。
ハンスは急ぐ頭を過去へと向ける。
ミオ……。
その名前がハンスの疾走に拍車をかけていた。
三年前のことだった。
下働きだった商家で、ハンスはその計算の正確さを認められ、経理をしてみないか、という話が出たのだ。しかも、その技術を身につけるために、隣町の学校へも行かせてくれるという。
それはハンスにとって、人生初の評価だった。
「へぇ、すごい」
ただそれだけ言ったミオは次の日に、女工として稼ぐなけなしの給金から上着を新調してくれたのだ。田舎者だと笑われないように頑張ってね、と。
ミオは幼い頃から王子様に憧れている少女だった。祖母の形見だとよく見せてくれていたものが、王子様とお姫様がくるくる回るオルゴール。
お姫様のドレスはフリル付き。王子様の上着は上等なベルベット。
こっちが私。
こっちが未来の王子様。
ミオはハンスによくそんなことを教えてくれていた。
綺麗なドレスはきっとミオに似合うだろう。
だけど、解れている袖口のものしか身につけられないハンスは、隣にいる王子様にはなれそうにもなかった。
ハンスが戻ってきた時も、ミオは「おかえり」と言っただけ。それから互いに互いの友人の波に攫われて、ハンスはそのまま商家へと帰った。
経理として忙しく働き始めたその折に、ミオの縁談話を友人から聞いた。
同じ町に住む裕福な、聞こえもいい男へ嫁ぐという。ミオがお姫様になるんだな、ハンスはただそんな風に、話題を流そうとしたが、ミオがその縁談を渋っているというのだ。
「どうして?」
その質問に、友人が目を丸くしてこう言った。
「お前、気づいてないのか?」
太陽が沈む前に。
期限は今日まで。明日には返事をするらしい。
並木道を越えた町はずれ。
一軒の庭先にミオの影が見えた。
倒した自転車から上着をつかみ取ったハンスと、驚くミオの視線がぶつかると、彼女の膝から小箱が落ちて、音が零れた。
「ハンス?」
流れ出したのは、お姫様と王子様がダンスをする曲。
「ミオ、……その…僕と踊ってくれますか?」
息を切らして叫んだハンスの言葉に、泣き笑いのミオが、その彼の手を取った。




