第一話 男は女神に再生能力をもらう
深夜、田舎道に車の走行音が鳴り響く。 高校生カップルが仲睦まじく、身体を寄せ合いながら歩いている。仕事終わりのサラリーマンが、スマートフォンを見ながらとぼとぼと歩く。 そして、一人の男がいた。 彼は盗んだ親の酒をポケットに忍ばせ、自転車を漕いでいる。
自転車に乗るこの男は、自分が世界から消えることを願いながら、頭の中ではやはり自分の居場所がわからず、苦しんでいた。「もういいや」と、男は考えるのを切り上げた。 髪の毛は綺麗に整えられ、顔立ちは平均より少し悪い。黒のTシャツに黒のズボン。身長は平均的で痩せ型の男。 この男は、今まさに自殺を決行しようとしている最中だった。 しかし、心の奥底では死に対する強い恐怖が襲ってくる。通り過ぎるカップルを見ても、死のうと決めているはずなのに、心が強く引き締められた。
しばらく自転車を漕ぐと、とあるマンションに辿り着いた。 自転車置き場にそれを止め、男は階段を上り始める。 そう、ここが彼が最期の場所と決めていた場所だ。 以前から、死ぬなら飛び降りで、と考えていた男。
階段を上る感触はなかった。ただ、コツコツと足音だけが響く。
ついに屋上に辿り着いた。もちろん施錠されていたが、柵を乗り越える。 屋上の縁に足を乗せ、下を見下ろす。
怖い。怖い。怖い。怖い。
自分がそう感じることを予想していた男は、ポケットに入れていた酒を二缶、一気に飲み干した。 これで恐怖心も和らぐだろう、そんな考えで飲んだ。 この男は十八歳。今まで一度も飲んだことはない。 もしかしたら自分にはお酒の耐性があるかもしれない。しかし、これしか手段がない以上、家の冷蔵庫に入っていた二缶に賭けてみるしかなかった。
効果は出始めた。 体がふらふらしてきたのだ。そのふらつきは徐々に強くなり、とうとう建物の屋上から足を滑り落としてしまった。
「うわあああああッ!!!」
田舎の夜中に響き渡る叫び声。 覚悟が半端だったため、落ちている最中に「助けて!!」と、みっともない言葉も飛ばしていた。心の奥底の声が漏れ響いた。
アスファルトの上に、ドンッ!!バシャッ!!
と、叩きつける音が鳴った。
その音を聞いた住居人が、窓から音の場所を見た。 しかし、住居人に見えたのは、普段と変わらないアスファルトの道だけ。そこに男の死体はなかった。
男は目を覚ました。 世界は真っ白。本当に何もない。 ここはあの世か?男は死んでもあの世で生かされてしまうのかと、自分の行動はいったい何だったのかと嘆こうとした。
その時、かすかな音が聞こえた。 スタスタと小刻みに、何者かが近づいてきている。
音のする方向を向くと、小さな女性が歩いていた。 その女性は、髪の毛が癖毛気味で、どこか異様な服を着ている。
男が女性を見ていると、「今回はあなたなのね。ムテラよ、私の名前は。よろしくねん」と、フレンドリーではない感じだが、距離感が近い調子で声をかけてきた。
男は「どうも……」と、やや困惑気味に返事をした。
「で、あなたの名前は?出身は?あなたって勇気も優しさも強さもなさそうだけど、どういう人なの?」
ムテラはいきなり男に質問攻めをした。 「えぇ……」と、困惑する男。
黙っていると、「あのね、いくら私でも相手の心は読めないの。早く答えて頂戴」と図々しい言いぐさに、男は少しイラッとしたが、埒が明かないので答えることにした。
「出身は言いたくない。というか、名前はもっと嫌だ。優しさとか意味の分からん質問はマジで意味不だからパスで」
答えている風だが、内容は全く答えられていない返事を男はした。
「私の力の精度もここらで落ちてきたな。完全に人選がミスってるもの……」
ムテラは目を下に向け、手のひらを見ながらつぶやいた。
男はさすがにイライラが溜まっていた。 「あの、ムテラとか言ったな?ここはどこなんだよ。俺は飛び降りて自殺して死んだはずなんだ。ここは天国かなんかか?教えてくれよ」と男はやや早口気味に聞いた。
女は目をそっと上にあげ、つぶやいた。 「あなたは死んでなんかないよ」
「え?死んでない……のか?俺って……」と困惑する男。
「そうよ。あなたは死んでなんかない。でも、落ちたとき体は痛かったでしょ?体の部位がグチャッとなった感覚あったでしょ?それでもあなたは死なないのよ」とムテラは話し、さらに続ける。
「あのね、私の力が数百年ぶりにあなたを選び、ここにもってこさせようとしたら、なんであなたは死のうとしてるのよ!!私がとっさにあなたに力を付与できたからいいものの!!これじゃ本当にあなたに渡したかった能力が渡せなくなったじゃないのよ!!!」
感情が昂ぶったムテラに、男は「ど、どういうこと?昼につけたドラマを見ても途中過ぎてわからない、あの感覚に似てるぞ」と、自分がわからないことをぼそっと伝えた。
ムテラは「はぁ……」と大げさな溜息をついた後に、人差し指を男の方に向けた。 指先から光る銃弾のようなものが放たれ、男の右腕にバチンッ!と直撃した。
「いったあああッ!」と叫ぶ男。
「大げさよ。落ち着きなさい」と、妙に落ち着きながらムテラはなだめる。
「落ち着いてられるかよ!!銃弾撃ちやがって!!!」 そう叫びながら右手を挙げ、男は怒った。
右手を挙げながら。 男は驚いた表情で自らの右腕を見た。 傷口はジワジワと塞がれ、十秒もたてば元通りの右腕に戻っていた。
「これは……一体どういうことなんだよ……」と困惑する男に向かって、ムテラは目を閉じながらそっとつぶやいた。 「私はね、あなたをここに連れてくるとき、あなたが高いところから飛び降りようとしていたから、死なせないために再生能力を授けたのよ。本当はそんなつもりじゃなかったのに……」と言った。
「なんで俺をここに連れてこさせようとしたんだ?」
「四千年前、地球を離れたものがまだこの世界で生きている。その世界はいま地獄より地獄の状況なの。その世界を救ってほしいの」
「救ってほしい?人類を襲う魔物狩りか?」
「そんなものはとっくの昔に終えたわよ」
「じゃあ何すんだ?」
「この世界の絶望を救ってほしいの」
「意味わかんねぇけど、ま、いいよ。いいけど、まず俺を殺してくれ」
会話の流れでお願いしてみたが、さすがに受け入れてくれなかった。 ムテラは「ふざけないでくれる?」という顔で男を見つめた。
「悪かった悪かった……。でもさ。急にそんなこと言われても、俺って最強の力とかくれないと無理だぜ?」
ムテラは答える。 「もーっ!!!大丈夫だから!あなたがひと蹴りすれば木だって一瞬で折れるくらいには強くなってるから!!再生もできて力も強いわよ!!」
もう面倒になったのだろうか、ムテラは大声で叫んだ。
「あーあ、でもさ、俺いまだに女の子ともろくに話したことないんよな」
「は?」と言う表情でムテラが見てくる。それでも男は続ける。
「あのさ、ムテラなら俺のことが好きで好きでたまらない女の子を作るなりして、俺に同伴させてくれないか?でないとやる気でないわーーー」
こいつはこんなに無能そうな俺を見放さずに会話を続けるということは、何か事情があるのかもしれない。もしその事情があるのだとすれば、ここで駄々をこねて要求をできる限り飲んでもらったほうが好都合だと男は思った。しかも相手は得体の知れない女だ。何かしらの手段で願いを聞き入れてくれるだろう。 男は自信満々でムテラに接した。
「そんなこと言われてもな……ま、いいっか」
このムテラの発言に、男は先ほどの考察に確信を得た。 このムテラとかいう女、だいぶチョロく願いを聞き入れてくれるぞ。
「今から、あなたのことが好きになりそうな子をつくるわね」
「今から作るのかよ!!すげぇなムテラさんよ」
そう言葉を交わした後、ムテラは手のひらから光る白っぽい石のようなものを出し、自らの腹の中に手を突っ込んだ。 手は腹の中に入っていき、ムテラは不気味な笑顔を浮かべていた。
「あ、来た」とムテラは発した後、姿を消した。
「え、なに?俺はどうすればいいんだ……」と戸惑う男の目の前に、またムテラが一瞬で現れた。
「おまたせ~」というムテラに向かい、男は「おう……で、その子は誰だ?妹か?」と、ムテラと手を繋いでいる九歳くらいの女の子を指さし聞いた。
「いや、あなたが女の子と話したいからもってこいって言ったんでしょ?」と、まんざらでもない表情で聞き返してきたムテラ。
「おい、俺は確かに女の子的なことはお願いした。でもな……」
「でも?」
『年齢がちげぇーだろッ!!!!!俺は○○できたり、○○をイチャコラできる女がいいんだよ!!そんくらい察しろや!!!!!』
男はまさかの出来事に激高する。
「お母さま、このみっともない男性は誰ですか?」と少女はムテラに問う。
「この子はね、自分の欲求がすべて満たされると勘違いした類人猿の生き残りよ」
まさかのムテラと少女による二対一が始まった。
「おいおい、ムテラさんよ!おまえさっきまで俺にそんな態度だったか!!なんだ、女特有の見方が来ると態度デカくなるあれか????」
「冗談よ(笑)でも君はこれからこの子と一緒に私の世界?と呼んだほうがいいのかしら。私の世界に行ってほしいの」
そう言い、少女の肩をそっと触りながらムテラは言う。 「名前とか言っときなさい」
「はい、お母さま。私はソラです。そういえばあなたのお名前は?」
そうソラという少女は男に向かって言った。 さすがに少女に対して名前を言わないのは違う気がした男は、「ハイクだ。俺の名前はハイク。苗字は……キシダで。だからキシダ・ハイク」と少女に言った。
それを聞いたムテラは「あなたハイクというのか。ま、いいわ。ハイク!もう私疲れたし時間ないから、お願いだけ伝えとくね」と続ける。
「この世界はほぼ詰みなの。暴力、搾取、差別ありとあらゆる地獄が蔓延しているこの世界で、英雄ハイクが救世主として世界を救ってほしいの」
「俺が?人選ミスだろ」
「えぇ、全くその通りよ……まったく……」
ムテラはハイクの言った人選ミスを認め、溜息をつく。 その会話を聞いたソラは、「お母さま、そんなことはございません。このお方はきっと世界を救える。私はこのハイクさんにそういったオーラを感じます」と、この状況でハイクを庇ってあげたのだ。
それを聞いたムテラはソラの話にこう返す。 「ま、あなたが言うならわかったわ。一緒にハイクといて、もし変なことをしていたら正しい方向へ導いてあげられる?」
「お母さま。このお方はすでに正しい方向へ進んでおります。ですので、私の役目はないに等しいです。ハイクさん一人でも十分すぎるのです」
ソラはいい子だ。こんな情けないハイクにですら、正しい方向にいると言ってくれた。
「私にはこの男が世界を救えるって到底思えないのよね。あなたがついてあげなきゃ、きっと自分の力を悪用したり、自分のために使うわよ」
相変わらずムテラはハイクに対してよい印象を持っていないようだ。
「おい、その能力っていうのはムテラが俺に与えたんだろ?なんだよその言いようは!!」
ハイクは少し怒りながら言った。
「もううるさい!!もう行きなさい!!そして人類の幸福エネルギーをしっかり高めておいて!」
そうムテラが叫んだ次の瞬間、あたりが真っ白になった。 あまりにも真っ白すぎて眩しかったため、ハイクは目を閉じていた。
十秒くらい経ち、耳から草木の音が聞こえ始め、動物の鳴き声が聞こえた。 そっと目を開けると……そこには草原が広がっていた。
ムテラ「じゃ!異世界でもがんばってね!」
ハイク「成人済みの女とイチャイチャしながら異世界に行きたかった...」
ムテラ「はいはい(呆)」




