第六話:私の愛が命綱なら、今夜こそあなたを抱きしめます
1. 愛の鎖と命の温もり
アメリアがエドワードを抱きしめた夜から数日。エドワードは、アメリアがそばにいることで、法則の修正力による消耗が大幅に緩和されているのを実感していた。彼は、アメリアに逆らうことなく、彼女の指示通りに休息を取るようになった。
アメリアは、エドワードにとっての懐中時計、つまり命の鎖となっていた。彼の隣で椅子に座っているだけだったが、その夜、アメリアは再び彼を抱きしめた。
魔導ランプの光が弱まる静かな夜。エドワードは、眠っているはずなのに、時折、苦痛に顔を歪ませていた。それは、懐中時計を手放しても、彼の潜在意識が未来の絶望と戦い続けている証拠だった。
飴細工のように繊細で、しかし狂気をはらんだ彼のプラチナブロンドの髪に、アメリアはそっとキスをした。
「エドワード……あなたは、私を殺した男だということを、私は忘れていません」アメリアは囁いた。
「だけど、あの時のあなたは、真実の私を知らなかった。あなたは、私を救うために命を懸けた、別の人間になった」
エドワードは、夢うつつの中で、彼女の言葉に応えた。
「……ああ。君がそばにいることが、私の唯一の救いだ。君を失った未来で、私は私自身を殺し尽くした。君への贖罪こそが、私が存在する理由なんだ」
アメリアは、彼の言葉が、もはや支配的な命令ではなく、切実な依存であることを知っていた。
「私の命が、あなたの命を繋いでいるのですね。では、私はもう逃げません。あなたの隣で、この運命を共有します」
彼女は、彼の腰に回された腕を、ぎゅっと抱きしめ返した。
「私の愛があなたの命綱なら、今夜こそあなたを抱きしめます。私の意志で」
二人の間の空気は、温かい蒸気のように満たされ、彼の心臓を打つ音と、懐中時計の微かな駆動音が、規則正しいリズムを刻んでいた。
彼らの間には、「支配」ではなく「救済」を起点とした、確かな愛の萌芽が生まれた。
2. 盗聴された秘密
同じ夜、宮殿の別の棟。
セシリア・フォスター伯爵令嬢は、自室で、買収した技術者が設置した「情報記録装置」を前に座っていた。その装置は、王子の私室の蒸気配管に仕込まれた魔導盗聴器から送られる信号を、記録していた。
技術者は、不安そうに部屋の隅に控えている。
「ふふ、よくやったわ」セシリアは、再生されたばかりの記録に耳を傾けながら、冷たい笑みを浮かべた。
記録装置からは、アメリアとエドワードの間の甘く、そして異常な会話が漏れ出していた。
「残り45日。彼の狂気は、私を救う命の期限だった」「法則が……収斂する……。私を殺した罪は、私が君の生涯をかけて償う」 「私の愛が命綱なら、今夜こそあなたを抱きしめます」
セシリアの薄いグリーンの瞳は、興奮と勝利の光に満ちていた。
「『時間法則の修正力』? 『命の期限』? エドワード殿下は、国の安定を脅かすような禁忌の術を使っていたのね!」
彼女の目的は、もはや単なる婚約者の地位ではない。この情報は、アルカディア帝国の根幹を揺るがすスキャンダルだ。
「技術者よ。この記録を、細心の注意を払って複製しなさい。特に、殿下が『未来』について言及している部分を抜き出せ」
セシリアは、立ち上がると、窓の外に広がるクロノス・ギアの夜景を見下ろした。
(アメリア。貴女の『愛の証明』は、殿下を救うかもしれないけれど、貴女の居場所をアルカディア帝国から永遠に奪うことになるわ!)
彼女は、エドワードの「狂気」を、アメリアの「悪行の証拠」として利用することを確信した。この機密情報を公表すれば、王子の王位継承権は剥奪され、アメリアは国家の敵として再び断罪されるだろう。
セシリアの陰謀の歯車は、命の期限が迫るエドワードとアメリアの二人を、最大の危機へと追い込み始めた。
11/13次回予告:
『第七話:告発は許さない。貴様の命を賭けた愛は、公衆の面前で晒される』
セシリアが、盗聴で得た情報を武器に、エドワードの公務を妨害し始める。異変に気づいたアメリアは、私室の蒸気配管の中に魔導盗聴器を発見!王子の命を救うため、アメリアは大胆な逆転の戦略を立てる。




