第五話:命綱の懐中時計を手放して。代わりに私の胸で眠って
1. 命の管理と新しい関係
魔導工房での出来事の後、アメリアとエドワードの関係は一変した。アメリアは、エドワードにとって「憎むべき罪人」ではなく、「命の管理者」として、自ら彼の私室に留まることを選択した。レオンハルトは、アメリアを危険人物としてではなく、「殿下を救う唯一の希望」として扱うようになった。
「殿下、今日の執務はあと二時間で切り上げてください。時間法則のペナルティによる過負荷で、心臓の魔力消費が増大しています」
アメリアは、工房で得たメモとレオンハルトの助言を元に、エドワードの健康管理を始めた。彼女のアンバーの瞳は、優しさだけでなく、責任感に満ちていた。
エドワードは、彼女の指示に驚くほど素直に従った。彼は、アメリアがそばにいるだけで、「未来の欠片」の懐中時計が発する激しい駆動音と、全身を削るような痛みが和らぐのを感じていた。
「アメリア……君が、私を支配しているようだ」エドワードは、自嘲気味に微笑んだ。
「支配ではありません。これは、命の契約です。あなたは私を救うために命を削った。今度は、私があなたを死なせない。その契約が破られれば、私の『死に戻りの努力』が無駄になるでしょう」
アメリアは、敢えて「合理的な契約」という言葉を使った。それが、彼の孤独な理性には最も響くと知っていたからだ。
2. 献身的な看病と最初の夜
夜、エドワードは疲労困憊で倒れるように寝台に横たわった。彼の手には、依然として「未来の欠片」の懐中時計が握られていた。それは、彼にとって彼女との時間を繋ぐ唯一の命綱だった。
アメリアは、彼にそっと近づき、冷たい手を重ねた。
「殿下。それを手放してください」
「できない……これを離せば、法則の修正力が私を一瞬で……」彼の声は震えていた。
「大丈夫です。レオンハルトから聞きました。私が側にいる限り、懐中時計の効力は持続する。でも、握りしめていれば、あなたの心臓の魔力消費が増えるだけです」
アメリアは、優しく、しかし強い意志をもって、彼の指を一本ずつ解いた。そして、光を失い、温度のない真鍮の懐中時計をデスクの上に置いた。
時計を手放した瞬間、エドワードの身体の緊張が解けた。彼は、アメリアの手を強く握りしめ、まるで溺れる者が浮き輪を掴むように、切実な眼差しを向けた。
「ああ、君が私のそばにいる。それだけで、法則の修正力に打ち勝てる気がする」
エドワードは、「冷酷な王太子」ではない、素の笑顔を見せた。それは、贖罪の喜びに満ちた、病的なほど純粋な笑顔だった。
アメリアは、彼が眠りにつくのを見届けた。そして、椅子に座って夜を過ごし始めた、その時。
エドワードが突然、苦しげにうめき声をあげた。彼の額には脂汗がにじみ、アイスブルーの瞳の奥で、何かに怯えているようだった。
「いやだ……もう二度と、私を一人にするな……!」
それは、未来でアメリアを失った彼の、深い孤独と心的外傷が呼び起こされた、夢の中の懺悔だった。
アメリアは、衝動的に彼の頭を抱き寄せ、自分の胸元に引き寄せた。彼女のアッシュブラウンの髪が、彼の頬に触れる。
「私はここにいます、エドワード。もうどこにも行きません。あなたは私を救うために過去へ来た。今度は、私があなたを救う番です」
彼女の温かい体温と、柔らかい声が、エドワードの苦痛を和らげる。彼の抱擁は、支配的な執着ではなく、純粋で切実な、命への渇望へと変わっていた。
二人の間に、過去の「処刑人」と「罪人」という鎖ではなく、「互いを必要とする、命の契約」としての、初めてのロマンスが生まれた。
3. 燃えるような嫉妬と魔導盗聴器
同じ夜、宮殿の別の棟。
セシリア・フォスター伯爵令嬢は、自室で怒りに震えていた。エドワードが、自分ではなくアメリアを奥の棟に隔離し、異常なほど執着しているという事実は、彼女にとって最大の屈辱だった。
(あの女、また私を出し抜いたのね! 殿下の最近の異常な行動は、全てあの女のせいよ!)
彼女は、買収していた宮殿の技術者を前に、冷酷な命令を下した。
「王子の私室周辺の魔導蒸気配管に、傍受用の小型の魔導盗聴器を仕込ませる。奥の棟はセキュリティが厳重だが、蒸気の流れに乗せて情報を取得するのだ」
技術者たちが恐る恐る頷く中、セシリアの薄いグリーンの瞳は、激しい嫉妬と陰謀の炎に燃え上がっていた。
「あの女が『死に戻り』と叫んだ意味、そして王太子の『異常な執着』の根源を突き止める。そして、その秘密を、王位継承権の剥奪とアメリアの完全な失脚のために利用する!」
彼女の陰謀は、まさにアメリアとエドワードの「愛の契約」が結ばれた、その瞬間から動き出していた。
11/12次回予告:
『第六話:私の愛が命綱なら、今夜こそあなたを抱きしめます』
アメリアがエドワードを抱きしめ、初めて愛を誓う夜。しかし、その甘い会話は、セシリアの仕掛けた魔導盗聴器によってすべて傍受されていた!セシリアは、王子の「命の期限」と「未来の知識」という、国家機密を武器に、最後の反逆を企てる。




