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【完結】「死に戻りました」と叫んだけど、王子に嫁いで良かったです  作者: ましろゆきな


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第一話:断罪の夜会で私は叫んだ。『死に戻りました』と

 クロノス・ギア、アイゼン・シュロス宮殿。


 真鍮の巨大な歯車が組み込まれたシャンデリアが、煌々と光を放っていた。その光は、王太子エドワード・フォン・クロノスの冷徹なアイスブルーの瞳に反射し、無機質な輝きを宿している。


 会場を包むのは、華やかな香水と、壁に張り巡らされた複雑なパイプラインから漏れる、微かな魔導蒸気の臭い。蒸気機関の音が、このアルカディア帝国の合理主義と、貴族たちの緊張感を象徴するように響いていた。


 アメリア・ヴェルス・グレイブは、スポットライトのように彼女を照らす魔導ランプの下で、ただ立っていた。


 エドワード王子の冷酷な声が、宮殿に響き渡る。


「アメリア・ヴェルス・グレイブ公爵令嬢。貴様の数々の悪行は、この国の法と秩序を乱した」


 彼の隣には、控えめに、しかし勝利に満ちた笑みを浮かべたセシリア・フォスター伯爵令嬢がいる。セシリアの薄いグリーンの瞳が、歓喜に揺れていた。


 ――ああ、知っている。この展開を。


 アメリアの心臓は、蒸気機関よりも早く、激しく脈打った。この瞬間、この場所、この言葉。すべてが、一度目の人生の処刑台に至る、最初の歯車だった。前回は、絶望と恐怖で何も言えなかった。ただ震え、涙を流し、そして冷たい石床に散った。


 しかし、今は違う。


 アメリアの脳裏には、アンバーの瞳を持つ自分自身の無残な最期が、鮮明に焼き付いている。そして、その記憶は、彼女に「生き延びろ」という強い衝動を抱かせた。


 エドワードが口を開く。最後の宣告の言葉。


「よって、私はここに貴様との婚約を破棄し、……」


 その瞬間、アメリアの限界が訪れた。彼女は、これまで押さえつけられていた未来の記憶と絶望が爆発し、まるで糸が切れたかのように、会場の静寂を切り裂いて叫んだ。


「あ、すいません。私、死に戻りました!」


 会場が、静寂に包まれた。貴族たちの顔に、困惑と嘲笑が浮かび上がる。彼女のアッシュブラウンの髪が、その場に似つかわしくないほど勢いよく揺れた。


「だから、あなたとの婚約はなかったことにしてください!今度こそは、あなたに殺されない人生を歩むので!」


 アメリアは、これ以上の議論は無意味だと判断し、踵を返した。ドレスの裾を翻し、出口目掛けて全力で走り出す。心の中で「じゃあね!」と叫んだ。


 そのとき、エドワードのアイスブルーの瞳の奥が一瞬、深い絶望と安堵に揺らめいたのを、アメリアは知る由もなかった。


「……捕らえろ」


 王子の声は低く、しかし、全身の蒸気圧を上げた機械の唸りのように響いた。


 次の瞬間、夜会の四隅に設置されていた真鍮製の巨大な自動人形の目が、禍々しい赤色に点灯した。


 キィィィィィィ……カタッ!


 耳障りなギア音と共に、時空拘束兵(クロノ・ガーディアン)が、蒸気を噴き上げながら起動する。


「……なっ!?」


 アメリアは、その光景に息を呑んだ。こんな兵器は、一度目の人生には存在しなかった。私が知るこの世界は、もう、私が死に戻った過去の世界ではない。何かが狂っている!


「対象、アメリア・ヴェルス・グレイブ。捕獲モードへ移行します」


 無機質な電子音声が、冷たい宮殿に響き渡る。アメリアは、金属の巨体が迫り来る光景に、得体の知れない恐怖を覚えた。これは、私の知っている世界ではない。逃げなければ。


 彼女は必死に逃げるが、ドレス姿の非力な身体では、金属の巨体には敵わない。あっという間にその巨大な金属のアームに捕らえられ、腹部に食い込んだ瞬間、アメリアの視界が一瞬ホワイトアウトした。


 ――冷たい石床。鋭い刃の輝き。見下ろすエドワードの冷酷な瞳。


 処刑される直前の、あの絶望と激しい痛みの記憶が、機械のアーム越しに脳へ直接流れ込んでくる。


「……っ、やめて! 殺さないで……!」


 アメリアの悲鳴は、会場のざわめきを切り裂いた。時空拘束兵(クロノ・ガーディアン)は、無慈悲な電子音声でエドワードに報告した。


「対象を確保しました。引き渡します」


 硬質なアームが緩み、アメリアの身体が床に投げ出されそうになった、その寸前。


 ドスッ、と重い音を立てて、エドワードが駆け寄った。


 彼は時空拘束兵(クロノ・ガーディアン)を押し退け、アメリアの身体を自らのプラチナブロンドの髪が触れるほど強く抱きしめた。彼の抱擁は、愛というよりも、溺れる者が掴んだ浮き輪のような、切実で、支配的な力に満ちていた。


「よく叫んでくれた。……よく、戻ってきてくれた」


 エドワードの声は、会場に響いた冷酷な王太子の声ではない。張り詰めて、弱々しく、そして激しい安堵に震えていた。


「二度と、私から離れようとするな」


 彼のアイスブルーの瞳が、アメリアを覗き込む。そこにあったのは、彼女が知る冷酷な王子の像ではない。それは、何か巨大なものに打ちのめされ、孤独に狂い続けた男の絶望と、彼女への病的なまでの執着だった。


 アメリアは、恐怖と困惑の淵で、自分自身と同じ「死に戻りの呪い」に苛まれている、孤独な狂人の姿を、エドワードの中に見ることになった。


 王子の体から、「未来の欠片」の懐中時計が発するカチカチという異常な駆動音が聞こえてくる。


「逃げるな!君を処刑した過去の罪は、私が君の生涯をかけて償う。もう誰も、君の命にも、自由にも触れさせはしない」


 エドワードは、アメリアを抱き上げたまま、会場を一瞥した。偽の悪役令嬢セシリアが、信じられないものを見るように口をポカンと開けて立ち尽くしている。


「セシリア嬢には悪いが、婚約破棄は取り消す。私はこのアメリア嬢と、本日ただいま、仮の婚約を結ぶ。異論は認めない」


 彼は会場を見渡すことなく、時空拘束兵(クロノ・ガーディアン)を従え、宮殿の奥へと歩き出した。


 王子の異常な行動、時空拘束兵(クロノ・ガーディアン)の不気味な起動、そしてアメリアの「死に戻り宣言」。全ての出来事が、このクロノス・ギアに、新たな運命の波紋を広げた瞬間だった。

11/8次回予告:

『第二話:貴様を殺した罪は、生涯をかけて償う。二度と離すな』

エドワードの私室に監禁されたアメリア。王子の口から語られる、「未来を裏切って過去へ来た」という衝撃の告白。そして、異常な愛の支配が始まる。

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