引越しと蕎麦②
ダンボール箱2つ。
これが、涼音の引越しの荷物の全てだ。
前に住んでいた所の家具家電は、同居していた人の持ち物で、涼音の物と言えば、自分の身の回りの物だけだった。
引越しが楽だった、と言えばそうなのだが、25年生きて来て、自分の物がコレだけだと思うと、寂しいような、惨めなような、何とも言えない気持ちになる。
冷たい目で床に置いてあるダンボールを見つめ、溜め息を一つ着いた。
あまり中を、見たくない。
出来るだけ、引越し前に捨てて来たけれど、それでも持って来た物の中にも、思い出がある。
思い出したく無い思い出の方が、多いのだ。
とは言っても、中の物を整理して、必要な物を買い足さ無ければならない。
気だるそうに、ダンボールを留めているガムテープを剥がし、蓋を開けた。
見慣れた自分の荷物の中に、カップの蕎麦が入っていた。
「そうだ。引越し蕎麦、入れてたんだった。」
どういう由来なのかは知らないけれど、引越しの日には蕎麦を食べると聞いたことがあったので、入れておいた。
「後で食べるかな。」
そう呟いて、荷物を片付けていく。
出来るだけ、感情が動かない内に、終わらせてしまおう。
一度、思い出に飲み込まれてしまうと、きっと浮き上がるのに、時間がかかる。
手を止めないように、一気に片していった。
ダンボールの中身を全て出し、箱を潰していると、風圧で机の上に置いてあった紙切れが一枚、フワリと床に落ちた。
拾い上げて見てみると、さっき大咲から貰った連絡先だ。
(さっきの会話、変なこと言わなかったかな。名前の話してくれた時、別に聞いてないけどとか言っちゃったけど…。感じ悪かったかなぁ。連絡先くれたけど、コレって連絡していいのか?ウザいって思われない?でも、お礼くらい言わなきゃだし。渡されたのに、何も連絡しない方が、失礼じゃない?でもな…)
あ、始まってしまった。
自分の悪い癖だ。誰かとの会話の一人反省会。
考え出すと、止まらなくなってしまう。
クドクド考えながらも、やっぱりお礼を言うために連絡しよう!と、スマホを握りしめた。
『おはようございます☀︎涼音です。さっきは朝ごはんありがとうございました。とても美味しかったです。』
こう打って、ちょっと硬いかなぁ〜とか、絵文字とか、馴れ馴れしい?とか、また考え出し、気が付くと30分以上時間が経っていた。
更に熟考して、ようやく送れた頃には、何だか疲弊して床に寝そべる涼音がいた。
それからまた、あの文面で良かったかな。変な文章じゃなかったかな。とか、ネガティブが止まらない。
頭の中をグルグル、グルグル。
止めたいのに、止め方が分からない。
グルグル考えている間に、大咲から、返信が来た。
『ええよ。美味しく食べてもらえて良かった。母さんに言っとくわ。
で、買い足すもんあったか?』
案外、あっさりした返信に、さっきまでのネガティブは考えすぎだったかな、と安堵して、返信を送った。
『タオルとか、マットレスとか、買いたいのと、食料を買いたいのですが、どっかありますか?
そんなことより、休みの日に車出してもらっていいんですか?
なんか申し訳なくて。』
『ええよ。車なきゃ、どこも行けんし、この辺分からんやろ。
今日は用事ないしええよ〜
1時間後に迎えに行くけど、ええか?』
『大丈夫です。お願いします。ありがとうございます。』
『じゃ、後ほど。』
レスポンスの良い返事に安心して、画面を見る顔が綻ぶ。
それから、画面左上の時計を見て、急いで準備をしなきゃ!と、焦るのだった。




