引越しと蕎麦①
朝ご飯を頂き、畳の上でゴロンとしながら、天井を眺め、あぁ〜本当に来たんだな、と実感が湧いて来た。
これから、ここで暮らすのだ。
望んできた訳ではない。
選択肢が、ここしかなかったのだ。
部屋をぐるりと見回す。
長いこと空き家だったと聞いていたけれど、とても綺麗だ。手入れも行き届いていて、寸前まで誰かが住んでいたんじゃないか、と思うほどに。
ここの家の前の持ち主は、母のお兄さん、涼音の叔父さんに当たる人だ。
この山が気に入り、別荘地に家を建て、一人でこの山奥に住んでいたらしい。
数年前、病気を患ったことで、入院することになったとかで、山を下りて、そのまま亡くなってしまったと聞いていた。
異性の兄妹だったせいか、母も徐々に疎遠になり、あまり連絡を取っていなかったようだが、亡くなった後、高齢の祖母では、この家の管理は出来ないと言うことで、母が管理していたらしい。
そして、今回、涼音に回って来たのだ。
叔父さんは、少し変わった人だったらしい。
確かに、若くして、こんな山奥の何も無い所に、一人で移り住んでしまえる人だ。
だいぶ変わっている。
涼音は立ち上がり、お風呂場、洗面所、トイレ、キッチン、2階、それぞれの部屋を確認していく。
どこも綺麗に使われていて、掃除も行き届いている。
男の一人暮らしの家と聞いていたので、かなり汚い家を想像していただけに、これは有難い誤算だ。
家電も、古いけれど、コンセントを入れたら、どれも電源が入った。
きっと、ちょっとの入院で、すぐに帰って来て、またここで暮らすつもりだったのだろう。
食器なども、全て揃っている。
この家も、主人の帰りを待ち侘びていたのだろうか。
やっと帰って来たと思ったら、見ず知らずの女がやって来て…さぞ、戸惑ってることだろう。
そんなことを思いながら、家の中を見て回っていると、ふと、暖炉に目が止まった。
テレビや映画で観たことはあったけれど、本物を見るのは初めてだ。
海外の映画に出てくるような、レンガで囲われた物ではなく、黒い四角い鉄製の箱型で、正面には硝子の扉がついている。そしてその箱からは、鉄の筒状の煙突が天井まで伸びているような作りになっている。
扉を開けてみると、綺麗に掃除されてはいるが、使用したことがある感じはする。
でも本当に使えるのだろうか。
全く使える想像が出来ない。
そうこうしていると、また玄関の扉を叩く音がした。
外から、「すいませーん。宅急便でーす。」と声が聞こえて来たので、急いで玄関に向かい、ドアを開けた。
「お待たせしました。」
「原田 涼音さんで間違いないですか?」
「あっ、はい。間違いないです。」
「じゃあ、コレ。ここにサインお願いします。」
「はい。」
サインを書き、荷物を受け取った。




