朝のおにぎり②
こんな時間に誰だろう。
そう思いながら、涼音は息を潜めていた。
出るべきか、出なくていいものか。
本音は出たくない。
寝起きのスッピンで、誰かも分からない。その上、昨日は風呂にも入っていないのだ。
そんな状況、誰だって出たくないだろう。
布団の中から、耳をそば立てて、外の様子を伺っていると、ドアを叩く音は収まり、今度は電話で話す声が聞こえて来た。
山の中の別荘地はとても静かで、外の音もよく聞こえる。
(あ、俺。出ないんやけど。うん、うん。でも出ないもんは仕方ないんやないか?まだ寝とるかも知れんし。・・・・うん。まぁ、、、そーやけど。。。うん。これ、置いてっちゃいかんの?えっ?あーはいはい、分かりましたよ。手渡しね。へいへい。ちゃんと渡しますよ。はい、はーい。)
聞いたことのある声に驚き、急いで布団から出て、上着を羽織った。
声の方に近いカーテンの隙間から、そーっと外を確認すると、そこには昨日『ダイサク』と呼ばれていた大男が荷物を持ってウロウロしていた。
暖かそうな上着に、足元は裸足に突っ掛けと言う、何ともアンバランスな格好である。
ウッドデッキのある窓を開けた所で、大男と目が合った。
「おぉ、良かった。おはようさん。」
「おはようございます。早いですね。」
山の朝は冷え込んでいて、吐息は白く、靴下を履いてない足が悴む。
家の中にあったサンダルを履き、ウッドデッキに出た。
「こんな朝から、何かありましたか?」
「いや、何もないけど。これ渡しに。」
キョトンとした顔で、顔の前に出された保温バックを見た。
「何ですか、これ?」
「朝メシ。」
目を見開いて、大男の顔を見た。
「昨日の店の、おばちゃんから。」
涼音が不思議そうに、大男の顔を見ていると、
「アレ、俺のかーちゃん。」
と、答えた。
「あ〜、道理で。」
涼音は、合点がいったとばかりに、人差し指を立てて、頷いた。
「でも、いいんですか?昨日もお金払わず、ご飯頂いちゃったし。」
「いんじゃない?なんか心配しとったから、食べてもらった方が安心するんやないか?」
「心配…ですか。」
「んー。昨日、思い詰めた顔しとったって言っとったぞ。
もしものことがあったらいかんから、持って行って手渡しして来いって。
朝の7時半に叩き起こされた。」
そうだったのか。そう思いながら、有り難さと申し訳なさが、同時に浮かんでくる。
「じゃあ、遠慮なく。ありがとうございます。」
そう言うと、大男の手から、バックを受け取った。
「買い出しとか、大丈夫なんか?」
「あー…まだ家の中、見てないんで、よく分からないですけど。何とかなるんじゃないですかね?」
「いや、何ともならんやろ。ここ、車ないと、どこにも行けんぞ。」
よく考えれば、そうだ。
この別荘地の中には、管理事務所があったけれど、人が居るのか、居ないのかも、分からない。
自販機があったのは分かったが、他に何かが売ってる様には見えなかった。
食べ物を買うにしても、一番近いのは、バスを降りた小さな村の中心のとこだろう。
そこまでも、おそらく車でも20分位はかかりそうだ。
歩くにしても、山道だから相当掛かるだろうし、何より、野生動物が出るかもしれない。危険すぎる。
そんなことを考えて、固まっていると、
「とりあえず、今日、明日は仕事ないから、車出してやるから、なんかあったら、連絡して。」
そう言って、紙を渡された。
メモ用紙を破ったようなソレには、携帯の番号とLINEのID、そしてダイサクと名前が書かれていた。
「ダイサク…。」
「・・・・なんや?」
ちょっと照れた様に、ぶっきらぼうに返事をした。
「大きい作物の作じゃなくて、花が咲くの咲くだから。」
「ふふ…聞いてないけど、そうなんですね。」
「で、あんたの名前は?」
「あ、スズネです。涼しいに音で涼音。」
「ふーん。」
「聞いといて、ふーんって何ですか。」
ちょっと不貞腐れて、言った。
「まぁ、よろしく。」
「あっ、よろしくお願いします。朝ごはん、ありがとうございました。」
「おぅ。じゃ。」
そんなやり取りをして、部屋に戻って来た。
暖かいご飯と、久しぶりに交わしたであろう人とのコミュニケーションに、楽しさと嬉しさで、足が寒かったことも、すっかり忘れていた。




