引越しと蕎麦④
大咲の行きたいと言う店の中は、見慣れた風景だった。
都会に居た時は、よく行っていた中華のチェーン店だ。
まさか慣れ親しんだ味のお店に来るとは思いもしなかったので、少し拍子抜けしてしまった。
目の前の大咲は、美味しそうに餃子を頬張って、チャーハンを食べている。
それにしても、美味しそうに食べるな、と見惚れてしまう程、いい食いっぷりだ。
そう言えば、誰かとご飯を食べるのは、いつ振りだろう。
以前は、友達と行ったり、彼氏と行ったり、会社関係の人と行ったり、実家に帰れば、家族と食べていた。
なのに、最近、誰かと食べた記憶が、思い出せない。
思い出せないと言うよりも、誰かと食べる機会がなかったのだ。
特に何かを話している訳ではないけれど、美味しそうに食べてる人を見ながら、一緒に食べていると、こちらまで、美味しく食べられてしまう不思議を感じずには、いられなかった。
そんなことを思いながら、箸が止まってるのに気付いた大咲が、話しかけてきた。
「餃子、頼まんで良かったんか?ここ来たら、餃子やろ。」
「えっ?あっ…大丈夫です。」
不意打ちにビックリしてしまう。
「そーなの?そんだけじゃ、足らんやろ。」
涼音はチャーハンを単品で頼んでいた。
「足りると思います。たぶん…。」
「俺の餃子、あげるわ。ホント旨いから、食べといた方がええよ。あっち帰ったら、またなかなか食べれんから。」
そう言うと、涼音のチャーハンの上に餃子を2つ、乗せてきた。
戸惑っている涼音をよそに、大咲は続ける。
「ホント旨いから。食べてみ。」
そう言って、餃子を箸で掴み、タレにつけて、ひと口でパクッと餃子を食べて見せた。
そして、ニカっと笑った。
ここの餃子が美味しいのは、知っている。
でもこんな美味しそうに、目を輝かせて餃子を食べている大咲を見ていると、いつもより数倍美味しそうに思えて、涼音も餃子を箸で掴み、食べてみた。
「…美味しい。」
口元を押さえて、小声で言った。
大咲はそれを聞き逃さず、
「だろ?」
と言って、またニカっと笑った。
食事を終え、車に戻ると、大咲が真面目な顔で俯いていた。
涼音は特に気にすることも無く、車のシートベルトを締めた。
「ご馳走様でした。」
あぁ、これをいつ言うか迷ってたのか、と思い、
「いえいえ、美味しかったですね。」
と、無難に返すと、
「なんか…すいませんでした。」
急に、大咲に謝られて、涼音は困ってしまった。
「え?なんで?」
「なんか、ほら、こっちに来たばっかなのに、チェーン店やし。ここら辺の名物でも連れてってやれば良かったかなとか。お洒落なイタリアンとかの方が、良かったんやないかなとか。」
「あ〜…全然、大丈夫ですよ。美味しかったし、金欠なんで、お財布にも優しかったし。」
「そうか?ほんなら、良かったけど。」
「ホントに、気にしないで下さいね!」
「うん、ありがとう。美味しかったです。ご馳走様。」
「はい。お粗末さまです。……って、私がお粗末って言うのも、おかしいか。」
買い物を手早く済ませ、山に戻ると、大咲は手慣れたように、荷物を下ろしたり、灯油を入れてくれる。
本当に頼りになる。
そして、何故、こんなにも親切にしてくれるんだろう。
田舎の人は暖かい、と聞いたことがあったけど、全くの他人だ。近所の人とかなら、まだ分かる。
昨日まで、全く知らなかった人に対して、ここまで出来るのだろうか、と不思議になってしまう。
「これで大体大丈夫か?」
ぼーっと考えていた涼音は、驚いたことを隠すのがやっとだった。
「あっ、はい。大丈夫です。何から何まで、ありがとうございました。」
「おぉ、気にすんな。餃子、奢ってもらったしな。」
「すいません。安いもので。」
「いいの、いいの。好きな店連れてってもらったんやから。
あと、これ。ばあちゃんから。」
目の前に、また保冷バックが出された。
「何ですか?」
涼音は中を覗きながら答えた。
「蕎麦。ばあちゃん、もともと蕎麦屋で。引っ越して来たって聞いて、蕎麦打ってた。」
「蕎麦…。」
なんでこんなに、知らない人に、優しく出来るんだろう。
「アレルギーやないか?」
「…大丈夫です。」
「なら良かった。何で引越しの日に蕎麦食べるかは、知らんけど、ばあちゃんの蕎麦は旨いで。」
「ありがとうございます。いただきます。」
溢れるものを抑えるのに、必死だった。
「じゃ、帰るからな。なんかあったら、連絡して。」
「ありがとうございます。おやすみなさい。」
「はーい。おやすみ〜。」
帰っていく大咲を見送り、蕎麦に目をやった。
何だか胸の辺りが暖かくなって、口元が自然と綻んできた。
カップの蕎麦は今度にして、今日は手打ちの蕎麦を頂こうと、手元の蕎麦をギュっと抱きしめた。




