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泰山庁幽鬼調査課  作者: 十弥彦
仮面編
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第三十二話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その二十四

「さて、次の課題は何を手に入れるかですね」

 燕の巣三昧の料理の余韻を締める古白茶の蜜香の中、卓に顎を預けた悠抄がむにゃりと口火を切った。

「残りの宝物は、龍の首の珠と尊者の御石の鉢と火鼠の皮衣か。問題は、どこから手を付けるかだな」

「どこからと言うと、順番を間違えると悪影響が出るとかですか?」

 緊張にごくりと喉を鳴らす青年に、異形面と猫面の少年が厳かに頷いてみせた。

「良いですか、彩藍くん。物事とは、順番を間違えると面白さが減ると言う悪しき側面があります」

 まことに由々しきことであると嘆く悠抄に、常識の守り手たる青年が冷たい視線を注ぐ。

 言うなれば、どうでも良いと言う心境だろう心の持ちの青年の視線を感じ取ったか、ふむと軟体異形面が何事か思い付く。

「ちなみに、彩藍くんはどれが良いですか?」

「うぇ? 僕の希望ですか?」

 脈絡と言う概念を持ち合わせない理不尽生物の唐突な指名に、彩藍が一瞬奇妙な声を立てて腕組み頭を悩ます。

 一通り比較してみるが、あまりの判断材料のなさに皆目検討つかぬとそろりと手を挙げた。

「判断をする前に、残る宝物の特徴を教えてもらえますか?」

「そうだな。端的に言うと蛇と石と、あとはもふもふだ」

 厳かに告げる天猫の言に世界は静寂に包まれ、悠抄の寝息と玄女が茶を啜る音が長閑に響いた。

「なんですか、そのもふもふって」

 小柄な体躯であるも常に背筋の伸びた所作を欠かすことのない少年から発せられた似つかわしくないことこの上ない言に、彩藍が戸惑いもあらわに疑念の声を上げる。

「お前、もふもふを知らないのか? いいか、もふもふとは毛ないし羽毛の密集した、もふもふふかふかした生物や物体の総称だ」

「定義は聞いていないです。僕が疑ったのは、天猫さんの頭の回線具合です」

 信じられぬとばかりに頭を振り説明を試みる推定不審者の猫面少年に、彩藍も人差し指を方相氏面の額に当てて首を振り応戦する。

「並びの順からして、もふもふとは皮衣のことですよね。先程の問答からみても、天猫さんのお勧めは火鼠の皮衣と言う事で良いですか?」

 雑な推測に対して調査官二人組が感心の拍手を送ってくるのは、けっして煽りを入れているというわけではないとは理解している彩藍だが、愉快な心地のしようはずもない。

「一層のこと、悠抄さんが着物に仕立て上げたら、姫君も感動するんじゃないですかね」

「なんと剛毅な。付人殿は異界との接点を常世に出せと仰せられまするか」

 当人にとってはやや投げやりの小粋な冗談に過ぎない彩藍の軽口は、しかし女仙の顰め面と小型霊獣よる総毛の威嚇を以て迎え撃たれた。

 想定外の拒絶反応に狼狽える青年の気を、白磁の茶杯を指で弾いた天猫が引き寄せる。

「よく聞け、彩藍。悠抄は、手先はともかく本質は不器用だぞ。そんな奴に縫い物なんて頼んだらどうなると思う?」

 予想だにしなかった天猫の暴露に、彩藍が話題の中心人物に視線を向けるも、当人はどこ吹く風と卓に面の額を付け居眠りを続ける始末。

「名状し難い呪われた産物を世に送り出したいなら、止めはしないがな。とは言え、何か効果があるでなし、見る度に気力が削れるだけだ」

「で、でも、符の文様とか凄く丁寧ですし、不器用なんて程度の差ですよね?」

「そうですよー。天猫は几帳面なので評価が辛いのです」

 なぜか彩藍が必死に庇い立てをし、本人が顔を伏せた状態で面倒くさそうに拳を回して援護射撃をすると言う謎構図であるが、対戦者三人の空気が緩む気配は微塵もない。

「現世の神界には、多面多臂の神族さんや小人の神族さんもいるので、多少腕を通す穴が多かったり小さかったりしても問題はないのです」

「わかりました、安全確保のため、ほかの案を検討しましょう」

 本人による何よりの主張を鑑みた彩藍が、きっぱりと宗旨変えをして反悠抄派の先頭に立ちはだかる。

 仕切り直しの対策会議の共として各人に配られた麻花と炒米茶を確認した彩藍は、議長役を買って出たことを既に三割程後悔しながらまずはと呼吸と気持ちを整えた。

 余談ではあるが、悠抄の前に余分に配された麻花は、できるだけ余計な混乱の種は蒔いてやるなと言う天猫なりの親切心と思われる。

「素朴な質問で申し訳ありませんが、皮衣を作るのに、火鼠の皮ってどの程度必要ですか?」

「そうですねー、火鼠さん一匹で使える皮と言うと精々が二寸半位なので、ちゃんとした衣を仕立てようとすると、多めに見積もって大体二千枚くらいですかね」

 あっけらかんと答える悠抄の言葉に、青年が参ったと天を仰ぐ。

「どこにいるかもわからない妖怪の皮が二千枚ですか。さすがの悠抄さんも今度ばかりは白旗を上げざるを得ないですよね」

 下手人に出頭を勧める捕縛吏の如く慈悲すら滲ませる彩藍の言に、何を世迷言をとばかりに悠抄が首を傾げる。

「いえ? 幽世の布問屋さんなら在庫があるはずですよ?」

 正体不明の妖怪の在庫を抱える布問屋とは、いくら浮世離れに定評のある悠抄の言葉といえど無茶にも程があろうと歯止め役の猫面を振り返ってみる彩藍であるが、期待の人物は揚げ菓子で霊獣と会話を取るに忙しい状況にある。

 青年にとっての肝心な時に限って役に立たない実力者に自然ため息が漏れるのは仕方ない反応と言えよう。

「悠抄さんの負けず嫌いもわかりますが、世の中潔く不可能を認める事も大事なんですよ」

「彩藍くんは何か誤解しているみたいですが、火鼠さんは幽世だと畑の野菜を狙って農家さんと日々戦ってますよ?」

 いささか失礼な哀れみの視線を向けてくる事務員に、悠抄は気にした風もなく人差し指を立てるいつもの講義の格好を取った。

「いいですか、火鼠さんとは耐火性に優れた火の性を持つ齧歯類の仲間です」

「なるほど、常世に由来を持つものと元より断じられているわけではないと言うことにありまするか」

 だから、農家が目の敵にするのも理に敵うことなのだと言う括る異形面と女仙の言葉に、聴講生たる青年が問い立てをすべく挙手をする。

「農家と齧歯類の接点はどこにあるんですか?」

「齧歯類と言う事は要するに鼠さんの仲間ですね。鼠さんは雑食のうえに多産なので放って置くとどうなると思いますか?」

「確かに鼠だとすると、農家が躍起になるのはわかりますけど、だとすると現世でも問題になる筈ですよね」

 悠抄の語る理屈に対して彩藍が常識で盲点を指摘してみせるが、青年の指摘を先回りで予想していたのであろう天猫がひらりと軽く手を振り玄女に視線を移す。

「玄女、こっちで火鼠の大量発生を聞いたことがあるか?」

「左様にございまするな、紅塵に戦の気満ちたれば陰火の化生現るは世の常なれど、火鼠群れて人を襲いたるは寡聞にして存じ上げませぬ」

 玄女による非常に回りくどい知らない宣言に悠抄と天猫は満足げに胸を張り、彩藍は難解語を浴びせられ机上に沈む。

「何の呪文ですか、今のは」

「火鼠さんが現世に沢山出た例は聞いたことないよ、と言う回答ですね」

 少年型理不尽による簡潔極まりない回答に、それならそうと素直に言えと言う感想を抱く青年の感性は非常に妥当と言えよう。

「つまりは、現世に現れる火鼠は、幽世から偶然転移した際の衝撃を運よく生き残った単品か小さな集団で、観測はされたが馴染む前に淘汰されただけだな」

「いや、でも現世からすると妖怪ですよね? そんな簡単に淘汰されるものですか?」

「何を言う。妖怪だから強いとは限らんだろ? むしろ、多産と言うことはほかの生き物より弱点が多いということだ」

 世界は違えど世とは世知辛いものと言う真理は似通うものらしい。 

「火行の性質を持つだけあって、火鼠さんの毛皮は朱色で手触りもよく暖かいですよ」

 緩やかに青空を渡る雲を眺め哀愁を漂わせる事務員に、悠抄があどけなくも容赦なく追い打ちをかける。

「そういや、二百年前くらいだったか火鼠の外套が流行ったけど、あれ何回目の流行だ?」

 さらりと人外の記憶を披露する猫面少年に、判断材料が尽きたと彩藍が両手を挙げて降参の意を示した。

「わかりました。例によって準備できるものなので心配はするな、と言うことですね」

 憮然であるも素直に負けを認める彩藍に、調査官二人組が勝利の実感もなく不思議そうに青年を見返す。

 感性のずれを意識しないままの天猫が卓の表面を人差し指で軽く叩くと、それはそれとして、と余計な情報を付け加える。

「あとは、秋祭りの時期になると、泰山庁前の大通りでも火鼠料理が並ぶだろ?」

「え? でも、あれって火兎って言う兎料理ですよね?」

 今時の青年らしい素直な反応をみせる彩藍の言葉に、茶杯を置いた玄女がぽつりと呟く。

「人の耳に入るを憚り名を偽るは、人の世も異界の常も変わらぬようでありまするな」

 淡々と独りごつ女仙の言葉に、まだ理解が及ばないらしい事務官が面の奥から不承服の気配を滲ませてみせる。

「あのですね、火兎さんのお肉は要するに火鼠さんのお肉のことですよ」

「いわゆる隠語と言う奴だ。鼠と言う字に拒否反応を示す連中はそれなりにいるからな。火性の肉は臓腑から温めるから、冬に向けての養生食にもってこいだろ」

 想定以上に日常生活に食い込んでいた妖の利用方法に、継げる語をなくした彩藍が微妙に視線をずらして現実から逃避をする。

 まだまだ食べ盛りの青年としては、季節の名物料理に舌鼓を打った記憶は否定し難いのだろう。

 くだらなくも苦悩する青年を脇目に、さあ議論の仕上げだと悠抄が楽しげに声をあげた。

「それでですね、仕立てをお願いする職人さんですが、僕の仮面の修理もありますし、隠れ里の職人さんで良いですかね」

「悪くないな。この際、皮衣の縫い合わせは梅花にも手伝わせるのはどうだ? 針仕事は集中力を養うから、道士の基礎修行にぴったりだ」

「さすがです、天猫。あとは前にもお話した通り、羿さんから火烏さんの羽を貰って羽毛に仕立てましょう」

 あれよと広がる他人への被弾計画に、玄女は涼しい顔で茶を啜り、くろさんは悠抄の前に積まれた揚げ菓子に狙いを定め、そして真面目を体現する青年は

「決まりだな。皮衣は打掛に仕立てて中に冬用の火烏の羽毛だな」

「はい。八洲には春になると衣の中綿を抜いて手入れするそうなので、綿の代わりに火烏さんの羽毛にするとお日様の熱を蓄えて次の冬は暖かく過ごせますね」

 名案だと自賛をする悠抄の言は、理屈は通れど生活に即した嫌がらせである、と言われても反論のしようもない。

 鼻歌混じりに文箱を袖から取り出すと、迷惑を確定すべく信の準備を始める悠抄であった。

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