第二十九話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その二十一
「八洲の月の姫が求めは、仙境の玉の枝にありまするか。それに対し仙山の枝で応えんとは、お二方ともお人が悪いに程がありましょうに」
中腹に向け緩やかな傾斜を描く山道を、先陣を切る玄女がどうでも良さそうな口調でぽつりと呟いた。
悪口以外に他意はないと言わんばかりの性格悪い宣言に、続く天猫が鼻を鳴らして喧嘩を薄価で引き取った。
「人聞きの悪いことを言うな。平地にあろうが山間にあろうが仙境蓬島の玉の枝に変わりないなら、より良い物の方が有り難みが増すだろ」
返す言葉の内容は、いちゃもんはつけ入る隙を塞ぐに越したことはないという、身の蓋もと言うものであった。
清らかな仙境にあって相応しからぬ俗論の極みを繰り広げる女仙と猫面の横から、常識人代表をもって任じる青年が恐る恐る嘴を挟む。
「そもそもなんですが、玉の枝とはどういう物なんですか?」
「玉の枝はですねー、銀根金幹白玉枝緑玉葉赤玉実を以て成ると言う豪華な樹の枝ですよ」
「えっと、銀の根に、金の幹ですか……。念を押しますけど、木が、ですよね?」
「はい、玉枝樹とでも言えますかね。中でも山間に生える物の白玉は色相が良く、特に羊脂玉の枝はそれは見事ですよー」
頭上に小型神獣を乗せ、歌うように説明をする仮面生物に、いくらなんでも流石に浮世離れが過ぎるとでも思ったらしい事務官がゆっくりと横に頭を振った。
「いえ、それは山ではなく細工屋さんで手に入れる代物ですよね。悠抄さん、現実逃避は良くないですよ。僕も一緒に謝るので、姫君に正直にお詫びをしましょう」
良識の極致を発揮する彩藍の言葉に、理外存在達が数拍沈黙を守った後、示し合わせたかのごとく顔を逸らしていっせいに噴き出した。
「え? あの、今笑うところありました?」
「失礼を。なれど付人殿の、この場は常ならぬを常とする仙境にありまする」
ごく真っ当に戸惑った反応を見せる青年事務官に、袖で笑いの顔を隠した玄女が詫びるとともに場の合わぬをそれとなく指摘をする。
一度不思議そうに顔を倒した彩藍であるが、鉄面皮を以てなるとでも言えそうな女仙らしからぬ反応に、僅かに状態を逸らした。
「つまりは、非常識に思えても普通に存在する、と言うことですか?」
まさかと言う内心を隠さず問う青年に、ほか三人と一匹が厳かに首肯する。
常識の反転と言う不可抗力の恥に思わず仮面を押さえる彩藍の腕を、歩を詰めた悠抄が小さな手で叩いた。
「ついでに聞きますけど、彩藍くんは人参果や蟠桃という仙果を知っていますか?」
後ろ手を組み、ひょこりひょこりと上体を揺らして問うてくる悠抄に、振り子生物の動きを止めたい欲求を我慢した彩藍が、同じ轍は踏まぬと中空に視線を向け慎重に記憶を探る。
「蟠桃と言うと、確か食べると長寿になる桃ですよね。人参果は、どこかで聞いた覚えがありますが、名前以外はまったく知りません」
素直に降参を表現する青年に、背伸びをした天猫が傍らからなでくりと髪を撫で混ぜる。
「名前だけでも知っているだけ大したものだ。要するに、この手の仙果は五畏の性質を持つと言うのが論点だ」
猫面少年の飛躍に乗り切れなかったのか、頭上に大きな疑問符を掲げる青年の周囲を、混沌の招き手が軽い足取りでくるくると回り始めた。
「人参果の採取法ですよ。人参果は木に枯れ、火に焦げ、土に沈み、金に落ち、水に流れます。なので、手に入れるにはどうするか、と言う問いですね。ちなみに、金気で落としても地面は土、草は木です」
「えっと、それってどう考えても入手不可能案件ですよね」
ぶすくれた声を出す青年の顔は、仮面がなければ声並みに膨らんでいるだろうことは想像に難くない。
どこからどう見ても立派な不可能案件に、彩藍が早々に思考を放棄する気配を感じたのか、仕方がないとばかりに天猫が一歩踏み出す。
「彩藍、受け取れ」
ぽいぽいと天猫が袖口から取り出した干し果物を放り投げると、青年が落としそうになるも何とか受け止めた。
「急に何を……あ、そうか、受け止める、か!」
不審から一転明るい声を張り上げる彩藍に、悠抄が軽やかな拍手を送った。
「はい。人の手あるいは人が加工したもので受け止めることが効能を損じる事なく入手するための手段ですね」
よくできました、との惜しみない解説魔からの賛辞を気分よく受け取り照れる青年事務官に、先の展開を見越した玄女とくろさんが生温い視線を注ぎ、天猫は次に備えるべくさりげなく相棒から距離をとった。
ちなみに、と異形面の少年が聴衆たる青年の注意を引くべく、立てた人差し指をくるりと一周させる
「この際、何故金気で落とすのが正解に近いかと言うと、五行を避けると言うことは五行で成り立つと言うことです。だから、金剋木で影響を最小限に抑えることができるのです」
さらには、金の行は人の手が加わりやすい要素を持つので、落ちる際に人への影響を最小に抑えることができる、と続ける。
「でも、それって人参果に限っての話ですよね?」
「そうでもない。蟠桃が仙果足り得るのも、王母の手によってもぎ取られるからこそだ」
要するに、正しい手段を用いることこそが肝要だと言う天猫の言葉に、悠抄がぱちりと両手を打ち鳴らす。
「天猫の解説の通りです。仙果仙木とは、自然にあるものではなく、自然の理によってあるもの、ですね。謎解きとしてはわかり易く難しすぎます」
困ったものですと言う問題外存在であるが、実際に困ったものがどちらかは火を見るまでもない、言うところであろう。
「抄幽官。以前にも申し上げましたが、理を解くと謎解きは同じと言うには地平が違いまする」
「そうですか? まぁ、楽しければ、ぼくはどちらでもいいですよ」
全の側に立って嗜める玄女であるが、我に立つ悠抄が意見を翻すはずもない。
優劣があるでなし、解釈の差に過ぎぬ上で平行線なのは百も承知なのか、双方言い募ることもなく黙して歩を進める。
しばしの間土を踏む音が響くのみであったが、歩む先に何やら眩い気配が立ち昇るのが一向の視界に飛び込んできた。
「到着ですよ、彩藍くん。八洲の人達は玉の枝とそのまま読んでいましたが、この光景を見ると、正しくは"たまのえだ"であり"ぎょくのえだ"でもあると思いますねー」
悠抄が示した先に広がるのは、貴金に宝玉が陽光にきらめく仙木の林であった。
圧巻の光景に呆ける彩藍の肩を、前方を相棒と並んで歩いていた天猫が振り返り軽く小突く。
「せっかくだ、この林がどう言う条件で成立しているか、当ててみろ」
軽く笑いを含んだ猫面少年の言葉に、彩藍が唸り声を上げて思案する。
ひとまず手近にある黄金色に輝く幹に触れてみる青年であるが、指先に伝わるのは硬く冷たい感触のみであった。
「どう考えても鉱物にしか見えないので、土ですよね?」
いかにも予想のうちの素直な回答に、調査官組が満足げに顔を見合わせ掲げた互いの手を音高く打ち合わせた。
「いや、その動作はなんだか腹立つので、違うなら違うではっきり言ってくださいよ」
口調に僅かな棘を生やす若者の抗議を、厄介の塊のうちの小さい方が、ふふんと胸を張って受け止めた。
「では、彩藍くんのご要望の通り詳しく解説をしますねー」
意を得たりと詳しくを強調して張り切る異形面を付けた小型災難に、事務官は動きを止め女神は諦めの息をつく。
「悠抄さん、後生ですからせめて簡単に……!」
「付人におかれましては、病は口から入り禍は口から出ずの金言を献じまする」
手を虚空に伸ばして縋る彩藍に、玄女が諦めろと首を横に振る。
そして、禍の先と遠回しに表現された悠抄はうきうきと息を吸い込んだ。
「えーとですね、まず土より生じて周囲に広がり天に伸びるものは木剋土で木気となります」
簡潔にと言う彩藍の心よりの懇願は、残念ながら始まりのひと言から打ち砕かれた。
「五行に優劣はありませんが、強弱は起こり得ます。この蓬島もそうですが、莫大な水気である海の真ん中にある島は土剋水で土気の塊であり、隆起する山は土気の勃興と言えます」
したが、仙境の故あって地に満ちる五気も諸共に吸い上げられて、結果霊妙たる仙木として形を成すのだ、と個人的には極めて簡潔に纏めたつもりの迷惑の権化が彩藍の方相氏面を覗き込み、覗き込まれた事務官はそっぽを向いて大きく息を吐いた。
「大体、五行の陰陽のとややこしいのが良くないですよね」
青年の真っ当なぼやきに、調査官組と女神、そして神獣が顔を見合わせて一斉にため息をついた。
「彩藍、それは驕りだ」
「さよう、付人殿の言は、縁に恵まれた御仁の驕りと申せましょう」
「ちょっ、そろって何を……、と言うか今、くろさんがどさくさに紛れてため息をつきましたよね!」
なんで自分ばかり、と落ちる彩藍の肩を小さな手が軽く叩く。
しょげかえりながら振り返ると、見慣れて尚至近距離では思わず引いてしまう悠抄の異形面が視界いっぱいに広がる。
「彩藍くんは悪い子ですねー。悪い子にはお仕置きが必要です。なので、玉の枝の採取係は彩藍くんなのです」
朗らかな声で小鬼が螺鈿細工の小刀を手渡してくるのは、まさしく鬼の所業であった。




