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泰山庁幽鬼調査課  作者: 十弥彦
仮面編
28/32

第二十八話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その二十

「ひどい目に遭ったのです。やっぱり、有給とは相性が悪いですよ」

 のしっとゆっくり四肢を動かし泰山庁幽鬼調査課棟の前庭を歩く通常形態のくろさんの背の上、滑らかな毛皮に包まれた首に手を回した悠抄が万感の不満を込めて大きく溜め息をついた。

 八帯魚を連想させるその姿勢は、骨休めをした人物のものとはとてもじゃないが思えたものではない。

「ずいぶんとお疲れですが、僕が反省文を書いている代わりのお休みの間、お二人は課長のお宅に招かれていたんですよね?」

 神獣の右脇に付き添い歩を進める彩藍が、くろさんを挟んで反対側の天猫に些かの皮肉を込めて問うも、返ってきたのはやはり常の精細を欠く相槌であった。

「別棟の客棟を与えられたのは良いんだがな、俺達が来たことに勘付いた課長のちび達が突撃を仕掛けてきたんだよ」

「はぁ、それは大変お疲れ様で……ちび達!?」

 珍しい天猫のぼやきを曖昧に流そうとした彩藍だが、聞き捨てならない単語に慌てて狻猊に取りすがり、不快を感じたくろさんに低く吠えられる。

「なんだ、知らなかったのか? 課長は既婚者だぞ。屋敷に行くと、もれなくちび達の歓迎つきだ」

「そうですか。……ところで、課長はその、どちらなんでしょうか?」

 ごくりと喉を鳴らし世界の真理に触れんとする面持ちで疑問を呈する彩藍であるが、真実の保持者達は意外そうに顔を見合わせた。

「どちらもなにも、なぁ?」

「はい。一目瞭然でしかないのですよ」

 はぐらかすでもない様子の調査官組にとって、疑問に思うまでも事柄なのであろう。

「そこをもう一声!」

「課長の事はどうでもいいです。問題は、この先のお仕事ですよ」

 食い下がらんとする二等事務官の言を、やや気を持ち直したらしい悠抄が悪気なく切って捨てる。

「おさらいです。なよ竹の姫様の求める宝物は、尊者の御石の鉢、仙境の玉の枝、燕の子安貝、火鼠の皮衣、龍の首の玉ですね」

 指折り数え上げる悠抄の声に、彩藍が首を縦に振ることで同意を返す。

「本来人には手に入らないものですね」

「本質を見誤るな。只人が手にするには難しいもの、だ」

 言葉の持つ幽遠にはまだ足らない青年のざっくりとした表現に、天猫が微妙な言い回しで修整するが、彩藍ははぁ、と曖昧な返事を返すばかり。

「彩藍くんの認識はゆっくり埋めてもらえばいいとして、論点は宝物の入手順番ですね」

「はぁ、宝物の入手順は格の高さに関係あるとかですか?」

 ごく一般的な価値観を持って想定する青年の言葉に、悠抄がゆるりと否定を示す。

「彩藍くん、物事の価値とは面白いか否かで決まるのですよ」

「いえ、そんな常識は世に存在しません」

 世間とずれること甚だしい価値基準を披露する理不尽の固まりに、彩藍が躊躇うことなく打ち消す。が、

「お前の言うことももっともだ。ただ、少し考えてみろ。やる気は効率に直結するだろ」

 二対一ではいかな常識とて叶うはずもなし。

 な? と首を傾げる天猫に、議論の不毛さを悟った彩藍が適当な返事をして会話を強制終了させる。

「言いたい事は分かりました。それで、まずはどこから向かうつもりですか?」

「まずは蓬島からですね。玄女さんとぼくはお友達なので、喜んで手伝ってくれるのです」

 間違いないと胸を反らす悠抄に、言葉の説得力を見つけられなかった彩藍がそっと少年から視線を外した。

「まぁ、友人かどうか知らないが、悠抄を敵に回した方が面倒くさいのは確かだな」

 天猫が言い切るが早いか、緩く腕を振るった悠抄が異郷に繋がる道を開いた。


 〜〜


「こんにちはー。泰山庁の方から来ましたー。誰かいますかー」

 桃源府と書かれた扁額の掲げられた大門の上に現れたくろさんのさらに背の上、悠抄の張り上げた甲高い声が、百花咲き誇る仙島の峰々に尾を引いて響いた。

 いますかー、ますかーと順次溶け込む声のあと、静寂が戻るも反応を示す相手の現れる様子はない。

「誰も出てきませんねー」

「ああ、相変わらず緊張感の欠片もないな」

 首を倒す異形面少年の言に、猫面の相棒も呆れたように鼻を一つ鳴らして足元の瓦屋根に腰を下ろした。

「それよりも、なんでこんな屋根の上なんですか! いくらなんでも良識って言うものがあるでしょう!」

 狻猊の後ろ足にしがみつき必死に抗議の声を上げる彩藍を、良識の外の存在がひょこりと覗き込む。

「そうは言いますがね、彩藍くん」

「聞きたくないですが、用件は手短に願います」

「世の中とは不思議なことに、他所様の結界を破るとお説教をしてくるのですよ」

 意味不明な理不尽に憤る理不尽に、一拍置いた彩藍が方相師面の向こうから盛大な文句を上げ始めるのと、泡を食った出迎えが駆けつけてくるのはほぼ同時のことであった。


 蕾持つ梅の枯木の下、椿に山茶花の赤と緑の対比が荒涼たる風情に彩りを添える寒風の庭。

 対応係を連れてくると、氷張る池の際に立つ四阿に通された悠抄達が今回の対応天仙を待つ事しばし。

「さて、今回は誰が呼び出されたんだろうな」

「今回もきっと玄女さんですよ。八仙さん達は僕達が来ると忙しくなるそうですから」

 袖口より何やら茶器を取り出し皮肉げに鼻で笑う天猫に、悠抄が庭を駆け回るくろさんに手を振りとともに応じ、彩藍は呆れに緩く頭を振る。

「お二人とも、どれだけ周囲に迷惑をかけているんですか」

 彩藍の非難は正当だが、正当が枠外二人に届けば青年が今ここに座っているはずもない。

 若干二名が客人らしくなく自由に振る舞う中、土を踏む音と控えめな話し声が響き、男女の人影が二つ本館の方向から一同の元へと近づいてくる。

 

「こんにちは、玄女さん。今日は随分ゆっくりですねー」

「抄幽官におかれましては、道理を弁えられたが宜しかろうと僭越ながら苦言を呈しまする」

 案内の仙に先導された玄女が開口一番で無自覚に煽って来る悠抄に、ほぼ反射で軽口を返す。

 他人事のように手招きする悠抄と、何やら茶器の準備に勤しむ天猫、そして自分が叱られたかのように小さくなる彩藍と、まさしく三者三様と言う語の見本とも言うべき光景である。

 言うだけ無駄、と言う具現化の状況に形ばかりの不穏な空気を纏ったまま、静かな衣擦れを伴い四阿に足を踏み入れた玄女が覚えた違和感に軽く眉を上げる。

「わたくしが知る限り、ここは冬の庭園でありまするが?」

 犯人の誰何をすることなく視線を向けてくる女神に、規格外少年が得意げに胸を張った。

「はい、案内さんがここに連れてきてくれたのです。綺麗なお庭ですけど、ぼくも天猫も寒いのが嫌いなので、ここだけ春に書換えました」

「なるほど、暖も手配せずに冬の園に案内と。末席とは言え仙のしでかしたこと、代わりましてひとえにお詫び申し上げまする」

 言葉では低頭しつつ実際はふんぞり返ると言う器用な矛盾を披露した玄女に、悠抄はひらりと手を振り、天猫はどうでも良さそうに首を縦に振った。

「大丈夫ですよー。見分けはつきませんが、仙人さん達の意味の分からなさは今に始まったことではないのです」

「あぁ、客人いびりしか楽しみのない連中だからな、いちいち目くじらを立てる方が喜ばすだけだろ」

 三者三様のいびり返しを受け、嫌がらせ当人か否かは不明であるもの、暇な仙人代表と言う立場に置かれた案内役がしどろもどろと言葉を返すと、逃げるが勝ちとばかりに

「いや、悠抄さんが普通の訪問方法を採用すれば、いびられる筋合いもなくなりますよね」

 本来ならば人の世にあって高徳の賢人と讃えられるはずの人物が肩を落とし立ち去る様を目で追い呟く彩藍だが、世の常識であるが故に我が道の採用率の高さでもって鳴る同行者の耳に届いた確証は限りなく低い。

 その代わりと言うわけでもなかろうが、袖で口元を隠した女神の些か芝居じみた咳払いが響いた。

「付人殿、身内の非を認める平等は美徳なれども、平等を以て接すると見誤る場もありましょうほどに」

 悠抄に非があるのは自明の道理、だからと言えど仙の行った相手を貶める為の当て擦りは見逃せるものではない、と席に付きつつ女神が釘を刺すのに、彩藍がいまいち得心のいかない反応を示す。

「気にするな。お前は事務官だからな、そのままの感覚でいればいずれ分かることだ」

「まぁ、仙人さんのことは割とどうでも良いので早速本題に入りますが、燕の子安貝と仙境の玉の枝が必要なので一連の採集許可ください」

 彩藍への天猫の気遣いと仙人連中への評価をさっくりと過去へ押し流すと、異形面少年が簡潔にして遠慮の欠片もない要求を提示した。

「先日彼方へ立たれてわずか数日で何故に然様な事になるのか分かりかねる故、まずは説明を所望いたしまする」

 さぁ吐け、と言わんばかりの詰め寄り様は、唐突に呼び出された側の要求としては妥当と言えるだろう。

 優美なる圧を受け、腕組み思案する悠抄と申し訳なさに縮こまる彩藍の傍らで、天猫が炉で炙り続けた器に茶葉と塩に竹筒の湯を放り込みけたたましい音を立てた。

「まぁ、まずは茶にでもしろよ」

 天猫より茶杯を受け取った玄女が、立ち昇る湯気とそこに混じる荒々しい香気に僅かに顔を綻ばせかけるも、すぐに無表情へと戻す。

「春に書き換えたと聞き及びましたが、烤茶とは些か風情に合わぬではありませぬか?」

「だからだよ。暖の中にいながら寒を楽しむんだから、これこそ粋ってものだろ」

 寒がりの屁理屈に今度こそ表情を緩めると、冷めぬ内にとお茶に口をつけた。

「それでその後の状況説明ですけどね、要するに人助けの手間が増えたのです」

 だから許可をください、と場が和らいだからというわけではなかろうが、詳細説明をと言う玄女の要求に対して簡素にも程のある要点で許可を求める悠抄の要望は、庭園の寒風もかくやの冷たい視線で迎え撃たれたのは言うまでもないことであった。

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