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泰山庁幽鬼調査課  作者: 十弥彦
仮面編
27/32

第二十七話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その十九

「ひーまーでーすー」

 泰山庁調査課棟調査課課長室の、差し込む陽光を独り占めした悠抄の一声。

 勝手に窓辺へと移動させた天鵞絨張りの長椅子でうねうねと蠢く見た目は幼い少年に、執務机に陣取る部屋の主が長々と溜め息をついた。

「課長、有給終わりました。お仕事ください」

「なんでそうなるのよ。受付を離れてからまだ四半刻くらいしか経ってないわよ。大体、有給は明日からよ」

 うるさげに事実を告げる上司に対して、先程まで軟体生物であった少年が衝撃の真実を聞いたとばかりに長椅子の背に顎を乗せた姿勢で固まる。

「聞きましたか、天猫。課長がひどいのです。虐待ですよ」

「そうだな。この際、有給は返納制度を採用すると良いと思う」

 上司を指差して訴える悠抄に、天猫も蓋碗の蓋をずらして菊花の香りを楽しみながら自らの要望を交えて即答する。

「ほら、天猫もああ言っていますし、有給はなくしてしまいましょう」

 善は急げ、とばかりに紙と筆を取り出し有給消滅申請なる謎の書類の作成しだす部下に、課長が付け爪を付けた指先で机の表面を叩いた。

「あんた達みたいな問題児だらけだから、総務に目をつけられるのよ、うちは」

 自らの規格外を棚上げにした管理職のぼやきに、天猫が空々しいとでも言いそうな気配を纏い顔を上司に向ける。

「ですが、このまま放っておいてもずっとうるさいですよ、こいつ」

 天猫が懐から懐紙に包まれた小さめの桃酥餅を取り出すと、一つつまみ上げて相棒へと放り投げた。

「調査課棟の掃除くらいなら任せてもいいけど、あんた達掃除できるの?」

「いや、さすがに俺達を甘く見過ぎでしょう。不用品の削除くらいはできますって」

「天猫の言うとおりです。剪紙成兵に任せれば、簡単ですよ」

 疑惑の視線に応えて天猫が安請負をし、相棒の安請負を受けた悠抄が即座に自滅の胸張りを披露する。

 流れるような自滅連鎖に、泰山課長が想定内と肩を竦める。

「そうね、うちの庁舎の改築予算がついたらあんた達に声を掛けるわ。それよりも、今は有給前なんだから働きなさいな」

 付け爪の人差し指で悠抄を招き寄せると、自らも立ち上がって天猫の座す応接場所へと足を向ける。

 天猫は立ち上がることなく上司を迎え、悠抄は符を張ると長椅子をうねりと四つ足で歩かせた。

「さて、あんた達は仮面の修繕と漁師の落魂解決のために出かけた。その業務中に八洲の姫君を納得させるための宝探しが派生した、でいいかしら?」

 相互の認識の共有を図るために切り出した上司の言葉を、調査官組が揃って頷いて肯定の意を返す。

「漁師さんの魂はですね、条件が整いすぎて半分夢界に入り込んでいるので、無理が利かないのです」

 景門より此岸を離れて夢現に遊ぶ魂は、異界における幽鬼である、と悠抄が断じる。

「自覚もなければ耐性もない。本人が離れていると思わないのに帰れるはずもないな」

 続く天猫の補足説明も一筋縄では行かないと面倒くさに太鼓判を押す。

「なるほどね、漁師に自覚を促すためにも姫には帰って貰わないと行かない、だからこそ、文句もつけようのない宝物が必要というわけね」

「悠抄の煽りもそれこそ無自覚ですからね。真面目な奴ほど掛かりますよ」

 肩を持ち上げて皮肉でもなく評する悠抄に、天然挑発装置とのお墨付きを得た悠抄が不思議そうに頭を倒した。

「ぼくは必要だなぁと思うことをしているだけですよ?」

「ええそうね、悠抄だものね。補陀落縁の寺で自覚なく見られている計算くらいするわよね」

 相棒に加えての上司からの容赦ない信用に、諸悪の根源少年が長椅子の上で転がる事で不服の意思を表現した。

「それで? まさか悠抄の駄目さ加減の再確認が用事のはずないですよね」

「それこそまさかよ。いくら私でもそこまで暇じゃないわ。問題は、悠抄が補陀落に繋ぎを取った、という事ね。何か言い訳はあって?」

「ふーんだ、ぼく知りません」

 圧はないものの問いの形を取った上司の断定に、散々な評価をつけられた悠抄がへそを曲げて天鵞絨の上で丸くなる。

 猫のように転がって抗議の意思を示す相棒に、天猫が仕方がないと蓋碗を置いて溜め息をついた。

「どうせ暇だから有給の間に蓮蓉の酥皮月餅を作ってやる。だからさっさと機嫌を直せ」

「あゔぁろーきてーしゅゔぁらさんは姫様がお寺さんにいることを黙認しているのです。と言うことは、さっさと解決してほしいとも思っているはずなのです」

 先程までの不機嫌は何処やら、ころりと態度を変えて座面より起き上がる。

 悠抄曰く、観自在は人を導く尊者であるからこそ、人の思念の結晶体であるなよ竹の姫の怨念込み停滞をにこやかに眺めながらも受容しているはずはないと論ずる。

「要するに、聖域で名を連呼すれば観自尊者が耳を傾けないわけがない、と踏んだわけね」

 すらりと人差し指を立てて要点を纏める課長の言葉に、悠抄がこくりと首を縦に振った。

「なるほど。そういう事なら、私のところに観自尊者からの思念が届くのも合点がいったわ」

「観自在から課長のところに、と言うことは了承の返事ですか」

「ええ、万事了承したので、良き鉢を容易しますですってよ。ご丁寧に笑みを含んだ念が届いたわ」

 笑みの内訳は親切八割面倒くさいことを押し付けた当て付け二割だろう、と管理職が尊者の内心を推し量って頭を横に振るった。

 上司の推測を受け、現況が腕を組んでうむむと芝居じみた様子で唸る。

「あゔぁろーきてーしゅゔぁらさんも真面目なひとですねー。ぼくに直接返事をくれれば話が早いですよ」

「あんたに直接返すと余計な事をしでかすと思ったから、私を通しての返事でしょうが。まったく、境界を踏み越えるのも大概になさいな」

 軽く自らの頭を叩いてくる上司に良い子のお返事を返す悠抄であるが、良い子なのは返事のみで反省のかけらもないのは、天猫ならずとも

承知の事実である。

「何にせよ、これで五宝の内三つまでは段取りがついたわけか。振り回される営業猫鬼その一と行商人もどきの泣きっ面が目に浮かぶな」

「そうね、その猫鬼の子には気の毒だけど、行商人もどきには、机上の空論に頼ると痛い目を見ると言う良いお灸になるわね」

 些か意地の悪い言葉を口にする天猫に、課長が悠抄を構うのを切り上げて腰に手をあて姿勢を正した。

「五宝のうち三つまでは分かったけど、残り二つは目処がついているのかしら?」

「はい。彩藍くんにも軽く説明しましたけど、羿さん経由で火烏さんの羽毛を沢山譲ってもらって、織女さんに火鼠の皮を糸にしてもらって織り込むのです」

「待ちなさい。その計画は今初めて聞いたんだけど」

 部下のあまりの自由人ぶりに思わず待ったを掛ける上司であるが、止められた非常識は何が悪かったのだと口を噤む。

「ちょっと天猫、大概になさいって言った先から破らせるんじゃないわよ」

 監督責任を問う声に知ったことかと顔を背ける天猫の内心は、止めて止まるなら苦労はないと言う建前の、何をしでかすかわからないからこそ見ていて楽しい、であろう。

「課長、良ければ詳しく説明しますよ?」

 善意のほか何者でもない申し出ではあるが、管理職的危機回避能力を発揮した麗人が耳のないふりで通した。

「まぁ、良いわ。状況は分かったから、根回しの期間くらいはせめて大人しくなさい」

 ひらり、と手を振ると、麗人が踵を返して鉄刀木の自らの本丸へと歩を進める。

「そうそう、有給の間の話だけど、客人として持て成してあげるから、二人とも私の屋敷に泊まりなさない」

「嫌です。お休みは天猫に沢山おやつを作ってもらって仏跳醤も作ってもらうので、天猫の家に泊まります」

 執務机に戻った上司の爆弾発言に数瞬動きを止めた悠抄が即座に再起動をして駄々をこね、相棒からの爆弾発言に面倒くさそうに天猫がひっそりと息をついた。

「あら、残念ね。うちの使用人は優秀だから、客人を厨に入れるなんて有り得ないわね。というわけで、これは業務命令よ」

「課長ひどいです。だから課長は化粧お化けなんですよ」

 頬に手の甲をあて重低音の高笑いを披露する上司と再び軟体生物に進化してごねる相棒により齎される騒音を横目に、袖口から新しい茶器を取り出し、世は並べて事もなしとあくびを噛み殺す天猫であった。

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