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泰山庁幽鬼調査課  作者: 十弥彦
仮面編
24/26

第二十四話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その十六

第二十四話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その十六

「さて、子安貝の方は良いとして、他の宝物の段取りはどうしましょうかね」

 大型になり海面を滑るように進む狻猊の背中の上、天猫と背中合わせに座った悠抄が飛魚の群れを眺めながらぽつりと呟く。

「どうも何も、これから仙境に渡って子安貝を手に入れるんですよね? ひとつひとつ順送りでいいのでは?」

 なにを今更と言う感情を隠そうともしない青年に、悠抄が立てた左手の人差し指でくるりと円を描く。

「彩藍くん、ぼく達はお役人なのです。お役人は手を抜くこともお仕事なのですよ」

「はぁ、なるほど、その理論でいくときちんと有給を取るのも仕事の内ですかね。分かりました、帰庁したら申請書をきっちりと準備しておきます」

 わかっていないなと言わんばかりの声音の悠抄の言に彩藍が正論で返すと、天猫と揃って明後日の方角へと視線を送った。

 しばしの間空の青さを堪能していた二人組だが、互いの袖を引っ張り合うとちらちらと彩藍の方にわざとらしく視線を送りながらひそひそと言葉を交わす。

「天猫、どうしましょう。彩藍くんがどんどんとしっかりしてしまっています」

「あぁ、ぴーぴー泣きついてきていた頃の可愛げが嘘のようだな。頭を打てば元に戻るか?」

 一応潜めてみせてはいるものの絶妙に聞えよがしの外見子供組の内緒話に、彩藍が大きくため息をついて片手を振るった。

「はいはい。しっかりした僕に免じて十数える間に本題に入ってくださいね。じゃないと調査課長に泣きついて有給入れてもらいますよ? はい、いーち、にーい……」

 言うが早いか間延びした口調で数を読み上げ始める事務官に、調査官二人組が互い肘でつつき責任をなすりつけ合う見苦しい闘いを繰り広げる。

「きゅーう、じゅ……」

「この前のお仕事で、ちょっとした面白い伝手ができたので、そちらを頼ろうと思うのです」

 締め切り寸前でするりと何食わぬ様子で言葉を滑り込ませる悠抄に、横を向いた彩藍が多少露骨に舌打ちの音を響かせた。

「この前の仕事と言うと、勝手に拾った梅花さんと言う人の教育費請求の処理なんて余計な仕事が経理に届いた事柄に関連した件ですか」

「はい、そうなのです。その件で妖さんに接触できる行商人さんがいると聞くので、であれば力を貸してもらおう、と言うお話なのです」

 青年の言葉の内に埋め込まれた小さな棘には反応を示さず、悠抄がごく軽い口調で肯定の意を返した。

「外注ですか。できるかどうか分からないですけど、何を委託されるつもりですか?」

「火鼠の皮衣と尊者の御石の鉢ですよー」

 問いに対し悩む素振りもない回答に、妥当か否かの判断がつかないのだろう彩藍が気の抜けた生返事を返す。

「お二人がわざわざ頼まれると言う事は、それだけ難しいと言う事ですか?」

 首を捻っての追加の質問に、別に、と肩竦めたを天猫が口を開く。

「大したものではないが、手に入れるのに手続きが面倒くさいだけだ。それに火鼠の皮衣と浄界の尊者の御石鉢はそのまま手に入れてもつまらんからな。より価値を付けて渡せば、なよ竹の姫も喜ぶだろ」

「喜ぶって言うか、文句言うなが本音の案件ですよね? それ」

 方相氏の面の奥で半眼になっているであろう青年の言葉に、そっぽ向いた天猫がつまらんとでも言いたげに鼻を鳴らした。

「観自在は菩提薩埵でありながら多陀阿伽陀だからな、いちゃもんのつけようもないだろ」

「庵主様のところで聞いた説明と違う気がするのは僕の気の所為ですか?」

「気の所為だな。単純に解釈が必要理解度が一段上がっただけだ」

 非難の雰囲気を隠そうともしない青年に説明をしようと息を吸い込んだ天猫であるが、途中で面倒くさくなったのか背中を合わせて座っている相棒の肩をつついて説明権限を委任する。

 解説役を委任された悠抄が気軽に引き受けると、足場たるくろさんの背中を軽く二度ほど叩いて口を開いた。

「えーとですね、姫様が欲しいから持ってきてねと言った物のうち尊者の御石鉢の尊者とは、乗座教における衆生を導く救済者です」

 そして案の定説明を乗せた船は出だしから極北を目指して出港するが、例によって漕ぎ手の自信は揺らぐことがない。

「あの、欲しいから持ってきてねって、姫君はそんな可愛いことを言っていないですよね?」

 やれるもんならやってみろや、だった気がすると真っ当に反論する青年であるが、残念ながら問い合わせ先の感覚が真っ当であるという保証はない。

「そうですか? 若い子はみんな可愛いですけど、感性は人それぞれなので別に良いです」

 仕方ないなと言わんばかりの言葉に腑に落ちない感覚を覚える彩藍であるが、ここで話の腰を折っては余計にややこしくなると黙って続きを促す。

「えーと、お話は尊者が何か、でしたよね」

「いえ、宝物をどう手に入れるかです」

 余計な脱線はするなと釘を刺す彩藍に、悠抄が任せろと根拠なく胸を張る。

「尊者とは悟りを得た覚者を示す言葉ですが、一般的にはさーきや族のしっだったさんを指します。ただ、しっだったさんは既に涅槃していますね」

「脱線しないでくださいと言ったばかりですけど、そこは無視ですか」

「悠抄が今言ったように、瞿曇悉達多は悟りを得て輪廻から解脱をしているから、基本的に現界の事柄は見守るだけで関与はしないな」

 万事にのんびりと平坦な悠抄の解説に、最低限の要点だけに特化した天猫の補足が加わるが、双方聞き手への配慮を欠いていると言う点で、混迷を深める役割しか果たしていないと言わざるを得ない。

「尊者が涅槃に入って来世救済のたたーがたさんが顕現するまでの間現世救済が滞るので、あゔぁろーきてーしゅゔぁらさん他がぼーでぃさっとに留まったまま頑張っているのです」

「詳しい内容は相も変わらずさっぱり意味不明ですが、要は先程の子安貝と同じように経緯は違っても本物は本物と言うことですか?」

 どうせと言う副音声が聞こえそうな八割非難で構成された青年の言葉に、悠抄がゆるりと首を横に振った。

「似て非なる、ですね。子安貝は姫様のおねだりを受けて後に本物として昇華しましたけど、あゔぁろーきてーしゅゔぁらさんはたたーがたさんでありぼーでぃさっとさんなのでぽたらかにあるその辺の石は尊者の御石になります」

 それを持って加工した鉢は謎かけ前より存在した本物がより本物となるのだ、気負うことなく言ってのける悠抄に、彩藍が膝を抱えてそこに面の額を押し付ける。

「それって、やっぱり騙りじゃぁ……」

「違いますよー。ぼくの認識と姫様の認識が違うのはぼくの責任ではないです。その上で、ぼくはぼくに可能な範囲で姫様の要望に応えようとしているので詐欺には該当しないのです」

 あまりの展開に、もう嫌だとぼやく青年の肩をいつの間にか近づいていた天猫軽く叩いた。

「言い分があるなら、お前が補陀落に行ってみるか?」

「は?」

「一度、浄土を実際に見るのも社会勉強になるからな。紹介状と申請書は書いてやるぞ?」

 極めて本気の猫面少年の申し出に、数拍視線を彷徨わせた彩藍が、ひとつ深呼吸をして手を打ち鳴らす。

「業者を信用して任すのが総務役人の仕事ですね。さぁ、次の議題に移りましょう」

 時間は待ってくれません、と役人らしく凛々しく宣言する若者に、年下に見える先輩二人が両脇から頭を撫でてくる。

「御石の鉢に関してはわからないことがわかりましたが、火鼠の皮衣はちゃんと僕にもわかりますよね?」

「はい、多少難しくても彩藍くんならちゃんとついて来られるので大丈夫です」

「ありがたいですが、過大評価なので今すぐ適正に改めてください」

 誠心誠意の要望に大して気を払うでもなく、それでですねーと悠抄がむにむにとくろさんの背肉を掴んで揉みほぐす。

 巨大化した神獣には相対的に小さな手の感触が気持ち悪かったのか、ぐるると軽い不満の声が上げられた。

「姫様は今しょげているので、天猫の言う通り豪華な贈り物がいいと思うのです」

「鬱々しているときこそ、ぱーっと気晴らしが大事だからな」

「いえ、おそらくは非常に大きなお世話になると思うので、そっとしておくのが最善です」

 彩藍の言は常に振り回される我が身を顧みての心よりの忠言ではあるが、残念ながら真っ当な意見とは聞き流されるが世の常である。

「姫は月人だからな、派手にと言ったらやはり太陽か」

「はい、姫様は玉兎に置き換えても不自然ではないので、火烏さんに手伝って貰うと喜びますよね」

 猫面の相棒との意見の一致を見た異形少年が、改めて青年に相対すると、かたりと首を倒した。

「と言うわけで、火烏さんに羽毛をもらうにはですねー」

「差し出がましいですが、手段はもちろん穏当ですよね?」

 希望的観測を多分に含んだ青年の念押しに、不条理の使いは良い子のお返事でさらなる不安を付け加えた。

「華原には、沢山いた火烏さんを次々撃ち落とした凄腕の天官さんがいるので、その人から頼んでもらえば平和に手にはいるのです」

 想像以上に斜め上な回答に思わず言葉を失う彩藍であるが、

「わかりました、今は頭が追いつかないので、皮衣の講釈は次の機会でお願いします」

 意気揚々と青年の要望通り次の議題に入ろうとする悠抄の呼吸の合間を縫って、青年が深々と華麗なる土下座を披露した。

 せっかくの話の腰を折られて幾分面白くないのか、うつ伏せに転がり艶やかな毛をいたずらする悠抄に構うことなく狻猊が足元にも瑞雲を巻き海面を滑るように進む。

 些か居心地が悪そうに遠ざかる陸地を眺めていた青年がとある事に気が付き猫面の剣士を振り仰いだ。

「ところで、先程の話だと華原に帰るんですよね?」

 段々と近づく太鼓のような海鳴りに引き攣った声で疑念を表してみるも、調査官二人が気に掛ける様子はない。

「安心しろ。ちょっとした近道だから、多分そんなには危険はないはずだ」

 指差し促された先に見えるは、どう好意的に取ろうと安全とは懸け離れた、めり込むがごとき渦巻く荒波。

「近道はわかりましたが、この渦巻きは無関係ですよね」

「渦巻く海流は多元の入り口でもあるからな。道を捕らえれば、瞬きの間に華原に着くぞ」

 自分達以外に通る人間もいないが、と付け加えられた余計なひと言に、まかり間違っても安心のできようはずもない。

「あの、時間がかかってもいいので普通の道でっ……」

「しっかり目を閉じていてくださいねー。落っこちて渦に飲まれたら、知らない世界に流されますよー」

 懇願を遮る異形面少年の明るく元気な掛け声のもと、尾を引く青年の悲鳴を伴奏に、神獣が上機嫌に泡立つ渦潮に突入していくのであった。

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