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泰山庁幽鬼調査課  作者: 十弥彦
仮面編
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第二十二話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その十四

「姫様に宝探しをお願いされたので、早速作戦会議なのです」

「何を言い出すかと思えば、食事時に作戦会議ですか。姫に宝物を持って来いと言われたのは数日前でしたが、随分と遅い早速ですね」

 磯の香り漂う膳を前に、食前の定型句を口にした直後に宣言する悠抄に、青年が的確な呆れの反応を示した。

 言外に今更かとはっきり漂わせるが、非常識の権化に響くはずもなし。

「彩藍くん、頭と言うものは美味しいものを食べている時に一番良く働いてくれるのですよ」

「その通りだ。いいか彩藍、この蛸を使って炊き込んだ飯料理は、この地方の名物料理だ。名物料理を食べずして旅が語れるはずがない」

「ええ、そうですね。まったくもって関連性がないのでさっさと本題に入ってください」

 青年のとげとげとした言葉に悠抄が軽く頷くと、茶碗を掲げ矯めつ眇めつ蛸飯を観察する相棒の脇腹を軽くつついた。

「天猫、本題だそうです」

「わかった。蛸はな、手間のかかる食材だからまずは塩と大根のすりおろしでもみ洗いをして、下茹する際には足先から熱湯に……」

 大真面目に真蛸の処理を語り始める天猫に、額であてた指先でもって頭痛を堪える彩藍が残る手で無駄説明を押しとどめる。

「なんで本題が蛸なんですか。姫君指定の宝の調達が題材に決まっているじゃないですか」

 そもそもが実際に存在しているのか? と言う事務官のもっともな疑問に、箸休めの柚子と大根の香の物に箸を伸ばしていた悠抄がわずかに顔を上げて頷いた。

「ありますよ。正確に言うと、人の世には存在しないで存在するものです」

 返る悠抄の言葉は、いつもと同様より一層の謎を呼び寄せるものである。

「現世にはない、ですか?」

「現世の中の人の世にはない、です。幽世から見る現世とは大きな入れ物の中に小さな物がたくさん入った袋のようなものなのですよ」

 このお膳を使って説明しますね、と悠抄が自らの箱膳を指先で軽く叩く。

「ぼく達がわかる範囲での一番大きな世界を箱膳としますね。その上でぼく達が本来暮らす幽世を今ぼくがお箸をつけていたお漬物の器とします」

 くるりと箱膳全体を指で描いた円で囲ってから、香の物が乗せられた小鉢を指さす。

 その後、別の鉢の飛竜頭の煮物に指を移す。

「対して、現世はこの飛竜頭のように本来はまったくの別世界と言えます」

「幽世と現世が別世界と言うのはわかりましたが、この煮物を現世とするのはなぜですか?」

「なぜか分からないのは、お前が飛竜頭の表面だけを見ているからだよ。飛竜頭を箸で割って断面をみてみろ」

 天猫に促されて飛竜頭をひとつ割って見ると、断面からは崩した豆腐の中に人参やひじきに枝豆と言った様々な具材が混ぜ合わせているのが見て取れる。

「な? 見てみればよくわかるだろう」

「意図はわかりましたが、面倒くさいからと言って説明を省く理由にはなりません」

 これ以上説明をすることはないとばかりにくろさんに蛸の身をひとつお裾分けする天猫に彩藍がすかさず冷たい視線を送る。

 その上で割った飛竜頭に目を戻ししばし観察すると、なるほどと呟いた。

「外側を現世全体だとすると、緑の豆が人の世ひじきが他の世界に置き換えられる、と?」

「はい、そうです。もう少し正確に表現すると、人の世の国にも置き換えられるし、多層世界にも置き換えられる、です。現世の世界の概念の把握は上級職の試験にも出される受験生泣かせなので、今覚えておくと来年が楽ですよ」

 拍手で褒める悠抄にいささか得意げな様子を見せる彩藍だが、迂闊にも上級職試験が来年と言う物騒な言葉は見落としてしまう。

「ぼくがさっき言った宝物がないのにあると言う言葉はですね、要するに枝豆にはないですがひじきや人参にはある、と言うことです」

 仙境や浄土であれば普通に存在するものであるが、認識に限界を持つ人の世の存在に触れられるものではない、そう繋げられる言葉に彩藍が億劫そうに嘆息する。

「単純に八洲の外にあるもの、と言うのもいっぱいありますが、つまらないので除外します」

「つまらない物ですか」

 想定が根本からずれているらしき青年の反応に、蛸飯を嚥下した天猫が膳に箸を戻して首を振った。

「お前な、当時の姫の求婚者がどれくらいいたと思っているんだよ。物語に残る五人は代表的な阿呆で、実際は桁がひとつ足らんぞ」

 有力者と平民に同じ難易度の難問を出したところで面白いはずもなし、相手にあわせて振り分けてこその妙であると力説する猫面に、彩藍が口答えするでなく曖昧に聞き流す。

「姫君はなんだってそんな面倒くさい宝物を指定してきたんですかね」

「それはですねー。最初に姫様が困っていた時にぼくと天猫が教えてあげたのです」

 いかにも善行をしたとばかりに朗らかに白状をする悠抄であるが、姫の反応から察するに振り回された事は確実と思われるだけに多少余計な事をしでかしていたとて驚くには値しない。

「飯依比古と大宜都比売命からなよ竹の姫が脳内花畑連中の求婚に振り回されて帝位継承者が接触するのを待っているどころではないと聞いてな、それなら無理難題を吹っ掛けるのがが手っ取り早いと助言したと言うわけだ」

 まぁ、あの通りの性格の姫だから、これ幸いと憂さ晴らしを兼ねて鬱陶しい連中は煽りに煽ったみたいだがな、と付け加える天猫の言葉から雅でありつつ雄々しいその姿を連想した彩藍が説得力の強さに深く納得をする。

「あの姫君でしたら、公達なんて躊躇うことなく蹴散らしそうですよね」

「最初は姫と言うに相応しい内気な性格だったらしいけどな、育ての親があの二人の時点で、自立心が別方向に育つのはまぁ仕方ないな」

 結果として残った逸話に思いを馳せると、物語とは美しくないものを美しく見えるようにする改竄が本質であると言えようか。

 青年が世の無常噛み締めていると、背後よりかたりと軽い音が響いた。

「随分と懐かしい話をしているわねー」

 張りのある声とやや重みのある香りを遡ってみると、窓の桟に腰を掛け紫煙を燻らせる麗人の姿があった。

「課長、ただでさえ圧が強いので、予告なく現れると彩藍が驚きますよ」

 誰あろう調査課課長が天猫の苦情に見せかけた茶化しに乗ることなく悠抄に歩み寄ると、警戒に毛を逆立てるくろさんをひと撫でする。

「いえ、今更課長の突飛さに驚きはしませんが、現世渡航に素顔って、管理職が自分から規則を破るってどうなんですかね」

「固いことは言いっこなしよ。私は監査官資格も持っているから、これは抜打監査よ」

 若手からの真っ当な追及を重低音の高笑いで軽やか交わすと、悠抄の背後に立ちその肩に両手を置く。

 食事の邪魔をされるのが不快だったのか身を捩って逃げようとする異形面の少年だが、見た目以上に重心が掛けられているのか課長は抵抗をものともしない。

「あんた達に任せれば程よく大ごとにしてくれそうな感じがしたけど、中々どうして行商人ぽい連中も出やすい状況になっているわね」

「連中、仮にも行商人を名乗ってますしね。手際の良さが売りなのに悠抄が頼って対応できないなら、名折れもいいところですね」

 鼻で笑う猫面の発言は上司の意に沿ったのか、機嫌よく手を振るとそのまま悠抄の頭をかいぐりと仮面越しに撫で混ぜる。

「流石悠抄よね。無意識に迷惑をかけさせたら天下一品だわ」

「どうでも良いですが、ご飯の邪魔です。あと、白粉臭くて紅臭いのでやっぱり邪魔です」

 遠慮会釈なく悠抄に手を払い落とされる課長であるが、気落ちすることなく天猫に移ろうとして空中で妨害され、最終的に彩藍の頭に両手を落ち着かせる。

「彩藍、邪魔なら邪魔ではっきり言った方が良いぞ。この人は放置すると増長するからな」

「そうですよ、彩藍くん。化粧臭いのはご飯の敵です」

「はぁ、確かにかなり煩わしいですが、実家の姉や弟と比べるとまだ多少はましかと」

 庇っているように見せかけて誰よりも言葉で抉ってくる新人に、上司が堪らず顔を横に向けて吹き出した。

 ひとしきり笑いを堪能すると、話題を戻すべく拳でもって青年の後頭部を軽く小突く。

「それで、あんた達はどうするつもりかしら?」

「最難問の宝物全部だな」

「はい、全部姫様にあげるのですよ。ついでに、この前貰った干物もおまけしてあげます」

 即答ではた迷惑な気前の良さ加減を見せる調査官二人組に上司は満足気な笑みを浮かべ、部下は待ち受ける自らの苦難にうめきの声をあげた。

「あの、姫君はひとつ持ってくればと言っていたので、ここは難題の中でも手に入りやすいものを狙った方が良いのでは?」

「彩藍ちゃん、若い子がけち臭い事を言うんじゃないわよ。現場を引っ掻き回してこそ調査課冥利に尽きるってものでしょ。せいぜい気張りなさいな」

 言うが早いか、開け放した窓から躍り出ると、そのまま虚空を歩いて場を後にした。

 台風一過、課長登場から退場までの展開の速さに目を白黒させる彩藍と、その青年を愉快そうに観察する調査官二人組。

 さて、と悠抄が手を鳴らして視線を彩藍から少し横へずらして虚空に呼びかける。

 疑問に思った青年が同じく自らの横に顔を向けてその場を確認すると、おぼろげな人の姿があぐら姿で座っていた。

 意表を突かれて声を上げかけるが、半瞬早く天猫に目線で制されて寸でのところで驚きを押し殺した。

「そういう訳でですね、漁師さん。ぼく達は次の目的地に移りますが、お家に帰るために漁師さんもついて来てくださいね」

 いつの間にか彩藍の隣に着座していた半透明の人影は少年の言葉にゆらりと頷くと、ろうそくの火が掻き消えるように再び姿を消した。

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