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泰山庁幽鬼調査課  作者: 十弥彦
仮面編
21/26

第二十一話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その十三

 さくりさくりと草を踏み境内のさらに奥へと足を運ぶことしばし。

 竹林と池を従え構えられた茅葺の草庵は、世俗にあって異郷のような佇まいでもって来訪者を出迎える。

 漂う厳かさに身構えることなく歩み寄った悠抄が、袖口から取り出した大符に小さく息を吹きかけ戸口に貼り付けると、符全体が柔らかな白光を発し、次いで庭木の桑より葉を一枚摘んで息を吹きかけると、無数の光の糸が離れ全体を包んで一瞬だけ光輝く。

 少し離れた場所で、くろさんを頭に乗せた天猫が揃えて立てた二本の指先に灯った光でもって何やら升目を描くが、より派手な方に目を奪われた為に残念ながら青年はそちらに気づく事なく仮面の少年に首を傾げてみせた。

「悠抄さん、今の術は?」

「符は家内安全の霊符ですよ。桑の葉は絹の元なので、お蚕さん要するに繭で包んでお外からの影響を避けるための細工ですね」

「つまり、姫の逃げ道を事前に潰したと?」

「違いますよー。お姫様は優しいけど繊細な子なので、ぼく達を見ると心配を掛けないようにお外に出てしまうかもしれないのです」

 若い子と言うものは色々と難しいものなのです、と小さな体躯でわかった風な雰囲気を醸し出す仮面少年だが、その姿には当然のごとく説得力が宿ろうはずもない。

 彩藍がちらりと一度悠抄に視線を流し再度離れに顔を戻すと、何故か気の毒そうに合掌して黙祷を捧げる。

「手なんて合わせて大げさな奴だな。大丈夫だよ、大分捻れた性格になったみたいだが、鬼女でもなしとって食われることはないぞ」

「いえ、方向性の問題と言いますか……、まぁ、そうですね直接お会いした方が早いですね」

 不思議そうな少年型人外二人の様子に説明の無駄を悟った彩藍が、何故か囚われの身となってしまった姫君との対面を果たすべく、率先して重い一歩を踏み出した。


 〜〜〜


 からり、と軽やかな音を立てて引き開かれた障子戸の向こうには、単衣に裳姿の女性が上座に端座し床の間より立ちのぼる香を楽しんでいた。

 恐らくは、想定の外であろう闖入者に品定めをするかのごとく目を眇めるが、闖入者たる悠抄が構うはずもなくひょこりと手を上げて元気なご挨拶をおくる。

「なよ竹の姫様、こんにちはー。お久しぶりですねー」

「そなた、泰山の小鬼! 厄じゃ、厄介の塊がなにゆえ参ったか!」

 一瞬で我に返ったのであろう、手の内の数珠を袖捌きの音と共に力に任せに投げつけるも、悠抄に命中する直前で天猫により空中で掴み取られた。

「無沙汰を詫びる相手に祓いとは、効かないまでもご挨拶だな、姫。何も悪い話で来たでなし、少し落ち着け」

「あ、ぼく達で用意するのでお茶の心配は良いですよ。お外に太上神仙鎮宅七十二霊符を貼ってあるので、ゆっくりとお話ができます」

「ついでに九字護身法も施してあるから、来たくても来れんな」

 ずかずかと、と言う擬音に相応しい無遠慮さで入室すると、着座を勧められるでもなく腰を下ろした。

 直視は嫌だとばかりに檜扇を広げて顔を背けてみせるも、他称災難が気にするはずもない。

 天猫が煎茶具と文房飾りを袖口より取り出す合間、悠抄が再度挨拶を口にし一方的に旧交を温める。

「あいも変わらず遠慮のなきことじゃ。厄災の化身が何用で参った?」

「はい、姫様が困っているらしいので、それをお手伝いしたら竹妖怪さんが筍の皮をくれるのです」

 悠抄の説明した事情は、あくまでも悠抄にとっての正確な情報である。

「わけが分からぬが、そなたらを焚きつけたはじじさまの庭の竹か。なれば、じじさまの方はこなたのことを覚えておって忘れておったか」

 諦め半分呆れ半分と具合でしょうもなさそうに嘆息する姫の姿からは、親しみのようなものを感じなくもない。

「失礼ですが、じじさまとはどなたですか?」

「飯依比古だよ。寺に来る前にも言っただろう。飯依比古と大宜都比売命が物語で言うところの翁と媼の役割をしたって」

「そう言えばそうでしたね。ついでに基本的な確認で申し訳ありませんが、地上派遣の人員がこちらの姫だった理由はなんなんですか?」

「たまたま目についたのが、なよ竹のお姫様だったかららしいですよ」

 神代より沈黙を守る月が送り出す人材だけにきっと深遠な意味があるはず、と方相氏面の奥で目を輝かせる青年の期待を、悠抄の和やかな声が遠慮会釈なく打ち砕いた。

 予想をはるかに超える浅い理由に、彩藍は固まることで理解を拒否し、隠したい過去を白日のもとにさらされた姫君はぎりっと砕かんばかりに檜扇を握り締めた。

「あの、すみません。今偶然と聞こえましたが、空耳ではないですよね?」

「はい、ちゃんとあっているので大丈夫ですよ。月の君曰く、誰にしようか悩んで散歩しているときに、偶然たまたまあまり見覚えのない若い子がいたので、丁度良かったそうです」

「無駄にくどく強調するでないわ!」

 本人に聞いたので間違いありません、と自信を持って回答する小型迷惑に、恨みの晴れやらぬ姫君が扇を振り回し憤激する。

「大体、こなたを覚えておらぬとはどういう了見じゃ!」

「姫様姫様、覚えていないんじゃなくて、見覚えがないんですよ」

 言葉は正確に使わないと損しますよ、と純度の高い善意でもって人外が追い打ちをかける損害はどのように処理をすべきか。

 雅に荒れ狂う姫君から距離を置くべく膝でずり下がった彩藍が、こっそりと悠抄の上着の裾を引いて説明の追加を求める。

「そもそもですが、主神が眷属を知らないなんてあるんですか?」

「八洲では珍しくなく普通にありますよ。姫様は若い子だから仕方がないのです」

 声量を落とす気のない悠抄の回答は、いつもながら回答であって回答になっていない。

「すみません、社会人として質問には人語で回答してください」

「わかりました。姫様は若い子なので、気がついたらなんかいたのです」

 短くそして簡潔に纏められたひと言は、混迷の度合いを深める役割のみを果たして響いた。

「微妙にわからないので、気がついたらいた、の部分をもう少し詳しくお願いします」

「素直に質問できる子はいい子なのです。そうですね、ここは彩藍くんの期待に応えてもっと詳しく説明しますね」

 珍しく食い下がる青年の頭を届かない手で撫でる仕草を見せてから、言葉を纏めるべく悠抄がくるりと左手の人差し指を回した。

 微妙な言い回しの差異に天猫とくろさんが顔を見合わせるが、身を乗り出す青年が気がつくきざしはない。

「まず最初に、ひとの見る神様はですね、手で触らせてくれるものから始まるのですよ」

「神様なのに触れる、ですか?」

 青年のごく自然な反応に軽く首肯した悠抄が、ぺたりと小さな手を青畳の上に置いた。

「このお部屋をお外と見立てましょう。それで、ぼくが今触っているものはなんですか?」

「なるほど、地面ですね」

 即答する彩藍の察しの良さに満足した悠抄が仮想地面を叩く傍らで、同じく狻猊が爪を立てずに畳を掻く。

「地面はお家をくれてご飯のもとをくれるとてもありがたいものなので、一番大きくて古い神様とされます。なので、世界が開かれる時は必ず地面が先に現れます」

 柔らかくしかして引く気配もなく語を繋げる悠抄に、やや押されながらも青年が理解の素振りを見せる。

「地面は草木を支えて獣の駆ける足場となります。そしてひとは自分達の手に余るこれらに自然の霊を見ます」

 これが古い神様たちの意識の表れですね、と徐々に坂道がきつくなる語りに彩藍が己の失態を悟るが、時すでに遅し。

「火や水と言った自然の現れは危険で美しく優しく厳しいので神秘を目前に示し、日月星辰は時を夜と昼を往復して季節を巡らせます」

 高く幼い声ながらも起伏のない言葉が紡がれる度、障子より陽光差し込む室内がゆらりゆらりと揺らいで見えるのは青年の気のせいであろうか。

 慌てて他の同室者の対応を伺うも猫面の少年はあぐらに頬杖で船を漕ぎ、なよ竹の姫は薄くたなびく香の煙にあくびを噛み殺すばかり。

「ひとは心の内から霊性を見出し、もって現世は神のあふれる世界となります」

「すみません、詳細を求めた僕が間違っていました」

 ひとしきりの説明を終え満足の様子を見せる悠抄に、彩藍と彼を真似したくろさんが華麗な土下座を披露してみせた。

 要するに、と青年の後頭部に手を置き説明のまとめに入る。

「二名島の神様たちなんかは、既に在って居た典型ですし、八洲の三貴神はどちらかと言うと概念が切り分けられたひと達ですね」

 最初から一言で纏めれば話は早かったであろうが、撃沈する彩藍にその点を指摘するだけの余裕があろうはずもない。

「ちなみに、なよ竹の姫は仕分けすると飛天や天女信仰からの変異や派生、つまりは人の生み出した神格に分類されるんだよ」

「黙りゃ、ひとを珍奇な獣のように品定めするでないわ」

「あとは、妖のひと達も姫様と似たような理屈で生まれる人でないものですね。前のお仕事で会った猫鬼さん達が典型です」

 前の仕事、と言う言葉に何がしかの記憶を刺激されたのであろう彩藍が短く声を上げて両の手を打ち鳴らした。

「そう言えば、蓮蓉洞の邑貂真人から梅花さんという方の養育費請求書が届いたとかで、経理課の友人がどう処理するかで、頭を抱えていましたけど」

「変えろって言ったのにまだその名前使ってるのか、あいつ」

 棘はなくも憮然とした口調で悪態をつく天猫の横で、悠抄がのほほんと煎茶をすする。

「道人ですねー。前のお仕事のときに面白い子がいたので、道人に預けたのですよ」

 書類の処理が面倒なら自分達の小遣いを回せばいいと伝えるように、と告げる悠抄に彩藍が今ひとつ分かっていない表情で曖昧に返事をする。

「それはそれとして、姫君が主神である月の君に知られていなかった、と言う理由は何ですかね?」

「それは彩藍が姫視点で考えるから分からないだけだ。なよ竹の姫は天人信仰から降誕した派生形の神なんだよ。あの時点で百そこそこでしかないから、普通なら月の君の視覚に入るはずもないだろ」

 常人は誤解しがちだが、上層世界とて組織に違いがなく組織の頂点が派生したばかりの存在に意識の払いようがないと言うのが天猫の言だが、対する姫は袖を払い衣擦れで不満の意を表明する。

「こなたはひとの思いの実じゃ。貴き御方々とは格の違いがあれど、この身の軽かろうはずがなかろう」

「はい、そうですね。お仕事がなくてもありがたさは変わらないですよ」

 去勢を張る姫君を素直に肯定する悠抄であるが、あまりに素直すぎるが故に却って傷口に塩を塗り込んでいる事実に少年だけは気がついていない。

 表情を変えぬように努力をしつつもわずかに口元に哀愁を滲ませる姫君に彩藍が同情の視線を向けはするものの、努めて冷静に浮上した疑問点を解消すべく口を開いた。

「すみません、僕の気のせいかもしれないですが、姫に月の君の血筋は流れていないですよね? それだと姫と帝が結ばれても意味はあまりなかったのでは?」

 これまでの苦難を省み恐る恐る問う事務官に、天猫が今更とばかりに肩を竦めることで容赦なく事実を返答する。

「もしかしてなんですが、茶店と茶室の長々とした話は実は全く無意味だったりしますか?」

「ん? あるに決まっているぞ? あれは物事の表面と本質だ。そこを知らないと現実は見えてこないだろ」

 あとはそうですねー、と仮面の下半分を手で覆い思考を挟んだ後に言葉を繋ぐ。

「忘れていましたけど、漁村で会った魂が異界に彷徨っている漁師さんは、このままだと神格を得てしまうか、海の妖怪になってしまうのであまりのんびりとすることはできません」

 対策は十分だが早いに越したことはない、と言葉ほどに焦る気配のない悠抄の言葉に、傍らの猫面相棒も反対側の膝に頬杖を移し鷹揚に頷いてみせた。

「言っておくがな、姫。今の時代、誰もあんたの入内なんて求めていないぞ?」

 そもそもが、最初の時代より宮中の権威が制限されているからさほど血統的補強は望まれていないか、むしろ積極的にありがた迷惑と思われているのが現実であると天猫が説くが、説かれた側は顔を背けて鼻を突き上げる始末である。

「言わずもがな承知の上じゃ。月の君も申されておったが、なればこそあてつけにもなろう」

 古伝の姫と言う気高気な連想は何処やら、負けん気の強さを隠そうともしないその姿は、なよ竹どころか積もった雪を跳ね除ける孟宗竹の勢いそのものである。

「理由はわかりましたので、お姫様はお家に帰りましょう」

「帰らぬ申したはずじゃが、そなた、こなたの話を聞いておったか?」

 これまでの事情をまるで無視した一足飛びの要求に、思わずあきれた顔で見返す姫である。

「聞いていますよ。でも、今回は姫様のお籠りは庵主さんにご迷惑なので、お家に帰るのがおすすめです。あとは、その方がぼく達も楽なので、ぜひ帰りましょう」

 いけしゃあしゃあと、懐より符を取り出しながら要求を押し通す悠抄の傍ら、天猫も袖口から引き出した緑なす黒縄の点検を始める。

 待ちゃとなよ竹の姫が手で制すると、檜扇を翳して口元を隠した。

「力に訴えるは無粋じゃ。この地より退いてほしくば其方らが手に入れられぬと言うた異界の宝物でも一つ持って来てみよ。さすれば月に往んでやるわ」

「わかりました。誓約成立ですねー」

 得意げに鼻で笑う姫君に対し、畳で転寝するくろさんを掲げた悠抄が上機嫌に即諾する。

 傍らで控えていた彩藍がもの言いたげに顔を向けるも、気にしたような感じはない。

 いそいそと退去の支度をする仮面の少年が手を止めると、くるりとからくりじみた動きで振り返った。

「ちなみに言っておきますけど、宝物は現世の人には手に入れられなくても、ぼく達には可能ですよ?」

 付け加えられた容赦ない一言に固まる姫を尻目に調査官二人組は意気揚々と立鳥跡を濁し、事務官は気の毒そうに一礼をして場を後にした。

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