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泰山庁幽鬼調査課  作者: 十弥彦
仮面編
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第十一話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その三

「ここが夢に囚われたまの漁師さんがいる、と受付嬢さんからもらった調書にある村ですか。なるほど、地相術としては南に湖沼ではなく海となっているので、霊験はやや落ちますが、それでも他の土地より地相としては安定していますね」

 切り立った崖の先に立ち、眼下の漁村を視認した悠抄が相を読み取り評した。

「えっと、四神相応と言われる地相ですか? 地脈の安定により集落が栄えるにしては、随分と規模が小さくないですかね」

 金でできた四つ目の方相氏の面を装着した人物が、悠抄の隣に立ち同様に眼下を覗き込むと、拍子抜けしたかのような調子で呟いた。

「それは思い込みですよ、事務官くん。地相術と言うのは、見方があるものなのです」

 もっとよく見ましょう、と二等事務官の腕を引きもう一歩先に進もうとする少年であるが、怖気ついた相手の全力の抵抗によりその場に縫い留められる。

「悠抄さん! 危ないので、この場で、この場で説明をお願いします」

「そうですか? もっと先のほうが見やすいですけど、まぁ、見れればどこでもいいです」

 必死さを窺わせる懇願に、不思議そうながらも了承の意を返す悠抄。

 引かれたままの腕をそのままに、反対側の腕を持ち上げると、すっと先を指し示した。

「北の山脈、東の大河、西の大道、南に湖沼をもって四神相応とする、と言うのは地相術の基本です。ただ、相の規模に応じて受けられる加護が変動するのが、この見立て術の特徴です」

 まずくるりと腕を動かし漁村を囲むと、北と南を指さす。

「この村は北に防壁の山を持ち、南は動きのある富をもたらす海に面しています。これは大きな福ですね」

 次いで、村の東に伸びる街道と、西に走る河川をそれぞれ指でなぞって見せた。

「反して、東の街道は細くここからだと隣の村が見えるほど短いですね。それに西の河川は大河と言うには頼りなく、氾濫の危険はないにしても穏やかに過ぎます」

 滔々と流れる説明に、事務官が腕を離し静かに逃亡を試みるが、逆に手首を捕まれ離脱を阻止されてしまった。

 説明を求めたならば最後まで聞けと言うことであろうが、方便とは言え青年自らが聞くと口にしてしまった以上は自業自得と言うより他ない。

 綱引きを演じる二人の背後で、松の木にもたれ掛かった猫面の少年が、くぁ、とあくびを漏らした。

「以上から、海からの益を活かし切るには道の送り出しが弱く、また波の気まぐれは安定性に欠けます」

 だからこそこの漁村は村落としては栄えるが、地脈の加護としては上限を抱えると説明を締めくくる。

「えーと、つまりは?」

「つまりは、漁村としては活気があるので、子供は元気でお嫁さんにも困らず、ご飯も沢山食べれるのでお年寄りはひたすらに長生きです」

 大仰な解説に対して付けられた結論に、事務官が何とも煮え切らない反応を示す。

 拍子抜けしたと言う感想がそのまま伝わったのか、悠抄が仮面の奥でけらけらと軽く笑い声を上げる。

「世の中そんなものですよ。占術なんていうのは、より不安なく過ごすための模索術です」

 説明から受ける印象の壮大さと現実との落差に納得が追いつかないのであろう、恐る恐る崖下を覗き込む事務官を見やった悠抄が、何事かを思い出したように両手を鳴らした。

「地相術は、事務官昇進試験にも出ますよ」

「え!? 今のややこしいのがですか!?」

「出ます。筆記と演習の両方とも受験者泣かせだそうです」

 基本を抑えれば簡単なんですけどね、と宣う悠抄の言であるが、それは苦労したことのない人間の考えであろう。

 ひとしきり蘊蓄を並べて満足したのか、悠抄が頭を抱える青年の面をじっと見上げ、ところで、と頭を軽く倒した。

「事務官くんは支給の面で良かったんですか? もしつまらなければ、もっと面白いのがあるので、良ければ貸してあげますよ?」

 そう言って袂より取り出したのは、尖った口に団栗眼、頬に紅の丸と言う、見るものにどこか可笑しみと親しみを感じさせる異相の面。

「……それを僕に、ですか?」

「はい。今回の目的地の一つにもなっている島国にいる友達にもらった、火の神様の有り難いお面です」

 はいどうぞ、と改めて差し出されるも、規則を盾にどうにか回避に成功する。

 思ったよりはすんなりと引き下がった悠抄が、なにを思ったか面を返して正面からまじまじと眺める。

 異形の仮面を身に着け異相の面とにらめっこをして首を傾げる少年、と言う断続的に顔面の筋肉と精神を苛む光景に、二等事務官が正気を保つ為、必死に顔の向きを変え口を開いた。

「そ、そう言えば、泰山庁職員の現世での仮面装着義務は、意味があってのことなんですかね?」

「ん? 新人研修で習わなかったか? 一言で言えば、存在の固定だよ」

 込み上げる笑いの衝動に抗うため、以前より面に関して気になっていた点を猫面の少年に問うてみたが、返ってきたのはやや呆れを含ませた答えであった。

 もたれ掛かっていた松の木から身を起こした天猫が、腰に手を当てると言葉を纏めるためか、数度爪先で地面を叩いた。

「良いか、俺達は現世の住人じゃない。だから、この世界での根本となる存在基盤がない」

 相棒に引き続きの、最初の時点で既に高難度の説明に、これ以上は我が身が持たないと悟った二等事務官が慌てて帳面を取り出して要点の書き取りを始める。

「基盤がないから基本的に現世の人間には俺達の認識は難しいし、俺達も物一つ触るにしても意識の集中をしなければいけない状況になる」

 もっとも、現場に出る人間ならその辺は半ば無意識に行うが、常に集中し続ける事は咄嗟の反応にも影響が出る、と整然と言葉を繋げると、青年の筆の動きが止まるまで様子を伺う。

「限られた人間にしか認識がされないと言うことは、それを逆手に取って悪さをする連中が現れても不自然ではない、と言うことだ」

「逸話だと、幽世の人間が不老不死を吹聴して、真に受けた権力者により方士が東の果てに派遣された、ていうのがありますねー」

 軽くはないはずの内容を、悠抄ののほほんととした口調が聞くものの耳に真綿をかぶせる。

「まさかとは思いますけど、唆し犯か方士のどちらか、あるいは両方とも可変型の人だった、なんてことはないですよね?」

 本人としては小粋な冗談のつもりだったのだろう笑いを含んだ軽口は、しかし調査官二人の沈黙をもって応じられた。

「あ、あの、まさか、ですよね……?」

「天猫、説明の続きをした方が良いですよー」

 筆を持つ手を彷徨わせて挙動不審気味に問い直す青年に対して、仮面の少年が空々しい口調で相棒に続きを催促する。

「まぁ、なんだ、存在の固定化による余計な労力の削減と、悪行防止の為の行動記録の保存、あとは接触する人間を最低限に絞るための術式が刻んであるわけだな」

 天猫曰く、調査官にとっての現世の人間とは大きく3つに分けられる、らしい。

 すなわち、まるで縁のない者、素養のある者あるいは接触の必要となる縁のある者、事件の当事者に分かれて、それぞれに見え方が異なる、とひとつずつ指を立てて天猫が説明する。

「つまり、縁のない者には影も見えず、最低限接触が必要な商人や宿屋、情報を持つ奴には普通の人間に見えるわけだな」

「で、事件の関係者にはそのままの姿で見えるわけですか」

 なるほど、と覚書帳に書き込みをする二等事務官の背中を、背伸びをした悠抄が軽く叩く。

「事務官くんは真面目ですねー。その意気で沢山お仕事を持って来てくださね」

「あの、気になっていたんですが、ずっと事務官呼びなのには何か意味が?」

 事務官による当然と言えば当然の問に、質された調査官二人が揃って首を傾げた。

「お前、名前あったのか?」

 一拍の沈黙の後、思わずと言った風の猫面の言に、方相氏面の事務官も疑問符を全面に押し出す。

 互いにとっての衝撃の一言に、超えることのできない溝が可視化された瞬間である。

 信じられない、とばかりに一歩下がった悠抄が、ゆるゆると腕を持ち上げると、震える指先で青年を指した。

「事務官くん、自分で”僕は事務官くんです"って自己紹介してたのに、ぼく達を騙してたんですか?」

「言ってませんよ! 何が哀しくて役職を名前にしなきゃいけないんですか!」

「個性を消すことで個性を押し出す作戦と思っていたけど、違ったのか」

 こちらはこちらで理由のわからない呟きを漏らしつつ、腕を組み唸り声をあげる始末。

 喜劇としか捉えられない惨劇に、事務官が一度小型非常識どもから視線を外して深呼吸をした後、改めて向き直る。

「改めて、僕の名前は彩藍です。今後事務官呼びした場合は返事をしないので、肝に銘じてください」

 可能な限りにこやかかつ圧を掛けての自己紹介の仕切り直しに、調査官二人が不安の残る良い子の返事で応じた。

「あと、僕には僕の権限もありますので、今回の仕返しとしてお二人には帰庁後に三日間の有給を取ってもらいますね」

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