傷
高校二年のときにいじめられていた。
理由は、今でもよくわからない。
LINEグループから外され、無視され、
机には油性ペンで「キモい」と書かれた。
靴がなくなったことも、
体育でわざと当てられたボールの痛みも、
担任に話しても、
「思春期だからな」「気にしすぎかもな」と笑われた。
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その後、加害者の転校で、いじめは“終わった”。
…周囲は、そう思っていた。
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「今はもう平和でしょ?」
「前のクラスより今のほうがいいじゃん!」
「忘れて、前向きにいこうよ」
その“優しさ風の言葉”が、
なにより鋭かった。
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彼女――真帆は、今、大学のカフェでバイトをしている。
接客は得意。
明るい笑顔は、「もういじめは終わった人」の顔。
でも、レジの横で、後輩の笑い声が聞こえると、
脳が勝手に“昔の音”を再生する。
誰かがヒソヒソ話す声、
自分の名前だけが浮いて聞こえる空気、
心がね、ずっと警戒してるんだ。
平気なふりをした筋肉だけが、どんどん鍛えられていった。
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ある日、店に高校の同級生が来た。
「真帆ちゃん? 久しぶり〜!元気してた? あの頃はいろいろあったけど、
結果的にあんた強くなったよねぇ!あたしもいろいろ悩んでたんだ〜笑」
にこにこ笑うその人の顔に、
真帆は思わず“笑顔”を貼りつけた。
手が勝手に震えていた。
でも、声はちゃんと出た。
「うん、いろいろあったね。今は元気だよ」
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夜、帰宅後のシャワー。
水の音にまぎれて、
こぼれたのは、久しぶりの泪だった。
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いじめは、もう終わった?
じゃあ、この夢は?
夜中に目が覚めるのは?
笑ったあとに吐きそうになるのは?
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あの日、教室で捨てられた心は、
まだ拾われてない。
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傷は、終わってくれない。
「忘れていいよ」って言われるたびに、
思い出すように、泪がにじむ。
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だから今日も、誰にも見られない場所で
泪がこぼれる。
それだけは、まだ終わってない証拠だった。