義
俺が告発しようとしていた、会社の不正。
経費の横流し、データ改ざん、隠蔽体質。
何度も悩んだ。証拠も、書いた報告書も、ずっと引き出しの奥にしまってた。
けど、見られてたんだな――
先輩に。
---
高城さんは、無口で頑固な人だった。
妻と二人の子どもがいて、住宅ローンと学費に追われてた。
それでも遅刻も手抜きも一度もなく、
「仕事に私情を持ち込むな」が口癖だった。
そんな人が、
俺の代わりに、
“正義をやった”。
月曜の朝、会社はざわついていた。
「高城が…? なんで?」「クビだってさ…」
聞きたくない言葉ばかりが飛び交っていた。
上司は会議室から出てこず、
同僚は全員、見て見ぬふりだった。
俺は知ってる。
報告書も、証拠のコピーも、俺のじゃない。
あの人が、
自分の名前で全部提出したんだ。
俺がやるはずだった。
でも、
――あの人がやった。
>「お前は前だけ向いて生きろ」
高城さんに会った日の去り際、背中を向けたままそう吐かれた……
瞬時にあの言葉の意味を理解し、俺の心は音を立てて崩れた。
---
会社を出た高城さんの背中を、
見送ることもできなかった。
口下手なあの人に、
「なんで俺の代わりに」なんて聞けるはずもなく。
---
翌朝、先輩の机の引き出しの中に、
俺の書いた告発メモのコピーがあった。
日付は、二日前。
きっと、俺が出せなかったときのために
「先に持っておいてやるか」くらいの気持ちだったんだろう。
何も言わずに、
全部持って、
全部背負って、
黙って去った。
---
昼の喧騒の中、誰も気づいてなかったけど、
自販機前のベンチに、俺は座ったまま動けなかった。
缶コーヒーを開けたのに、ひと口も飲めなかった。
目の奥が熱くて、
胸の中だけ、ずっと冬みたいに寒かった。
泪は、流れなかった。
でも、あの人が置いていった“正義”は、
心の奥にずっと、熱を持って燃えてた。