軍備拡張?と米の輸出 鷹山58歳~
『露西亜の脅威に備え、軍備を充実させよ』
その通達は幕府から、奥羽地方の全藩に申し渡される。
当然、米沢藩にもその通達は届く。
前世の記憶では、『江戸時代にロシアからの侵略?ペリーが浦賀に来るまでは、出島にしか外国船は来なかったのでは?』と思いながらも、歴史に詳しくない鷹山は自信を持てず悩んでいた。
注)1806年(文化3年)、露西亜は幕府が貿易を拒否した報復として樺太島、択捉島に攻撃を仕掛けます(文化露寇)
これを重く見た幕府は、鎖国の強化を目指し海岸線の防備を各藩に通達しました。
『やっと借財の返還が少しずつでも進みそうなのに・・・軍備って生産性ゼロなのに、莫大な金がかかるからなぁ』と通達された文章を恨めしげに睨みつける。
『しかし、万が一のこともあるから備える必要はあるか』と自信なく呟く。
『幕府からの通達なので無視はできないし、上杉家は武功の家でもあるから、家臣のやる気にもつながるからな~』と仕方なく軍備を考えることにした。
そこで、ふと名案を思いつく。
「誰か、莅戸政以を呼んでくれ」と下座の小姓に声をかけた。
鷹山の元を訪れた政以に対し、幕府からの通達を伝え「馬を集めよ」と指示する。
「馬にございますか。魯西亜への備えに軍馬を増やすと言うことでしょうか?」と聞いてくる。
「幕府にはそのように説明せよ。だが、ただ馬を遊ばせておく訳にもいかぬ故、集めた馬は農村で育てよ。開墾に使えば無駄にはならんし、いざという時は軍馬に借り受ければ防衛力も上がろう」
「加えて、鉄砲も準備しておけ」と万が一の露西亜の脅威に備えておく。
こうして米沢藩では、農地の開墾が更に進むことになる。
特に北条郷では、黒井堰によって水理がよくなり水田が広がった影響や、農民の増加もあり、米の生産量が増加することになる。
※※※※
ある日、餐霞館に政以が「大殿様にご報告させていただきます」と訪れた。
「我が藩の米にございますが、余剰分の処理に困っております」と天明の大飢饉の時には考えられないような相談を受ける。
聞けば、馬を使った開墾により農地が広がったことや、他藩からの農民の受け入れ、藩士から農民への転身などもあり、農村の生産性が飛躍的に上がっていた。
特に黒井堰の功績は大きく、北条郷の発展は目を見張るものがあった。
加えて、米沢藩は盆地のため他藩への出荷が困難なことに加え、飢饉などの備えで出荷の制限もおこなっていた。
このため、藩内の米の価格が暴落し、いわゆる豊作貧乏の状況が続いていた。
「そんなに米が余っておるのか?」と過去の米沢藩の状況からは考えられない相談に、鷹山は驚いて問い返す。
「はい、凡そではございますが10年前に比べますと、3割以上は収穫が増えております」と政以が答える。
「ありがたい事ではございますが、藩内で米が捌き切れず米余りとなっております」
正直、信じられない思いであった。
初めて米沢入りした時の、板谷村の惨状が脳裏を過ぎる。
しかし、そのような感傷に浸っている場合ではない、と言うことで早速手立てを考えることにした。
「藩内で余っているのであれば、国外に売るしかないな・・・」と政以に指示をおこなう。
「米の領外の販売を許可する故、そのように手筈を整えよ。また、陸路での輸送は困難であろう。最上川から水路で輸送するように、船の建造を急がせよ」と指示する。
「輸送船は藩で管理し、米の持ち出しと販売は藩が取りまとめて行うようにせよ。また飢饉の際には出荷済みの米も取り戻せるように」と万が一の備えも忘れずに注意する。
鷹山は縁側から北条郷のある北の空を眺め、今は亡き黒井忠寄を偲ぶ。
『忠寄よ、この米沢藩が米余りとなっておるそうな。これも全て且方の手柄じゃ』と新堰の普請工事を強く求めてきた時のことを思い出す。
『飯豊山の穴堰は、まだまだ時間がかかりそうだが、こちらも工事は進んでおる・・・』
『且方と善政の作った16年の借財返済計画は、幕府からの普請工事や軍備のため思い通りではないが、これも確実に成し遂げられよう。全ては且方の御蔭じゃ』と涙ぐむ。
その空は、今年の豊作を約束するかのように晴れ渡っていた。
鷹山の年齢をタイトルに入れてしまったため、いろいろと齟齬が出ていますが、フィクションのご都合主義ということでお願いします。
一応あと2話で完結となります。




