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養蚕のすすめ 治憲48歳~

(かいこ)

それは5000年以上も昔から人の手で育てられてきた。

自力では桑の木を探すこともできず、成虫となっても飛ぶこともできない。

人が世話をしなければ生きられない。

自然界では生存できない儚い生命(いのち)の生物。


だが、その吐き出す糸は光沢を放ち、その(まゆ)から作りだされる糸は(シルク)と呼ばれた。

そして、その糸で織られた七色に輝く滑らかな生地は、世界中の権力者や女性を(とりこ)にする。


それ故に、人は蚕を大切に守り育ててきた。





「おっ母、そろそろ繭を作りそうだよ」と蚕の世話をしながら農家の娘が嬉しそうに笑う。

その目の先には、格子状に組まれた木枠に入り糸を出す蚕の姿があった。


「世話の方法を教えてもらえたから、元気に育ってよかったね」と娘が笑いながら「卵から孵った時は、真っ黒の蟻みたいだったのに、こんなに大きくて白くなるなんて」と嬉しそうに話す。


「何とか繭が取れそうだねえ」と母親がほっと溜息をついた。



「中殿様から『蚕を育てて繭を納めよ』と言われた時は驚いたけど、桑畑も整備していただいて、何とかうまくいってよかった」と、娘と喜びあう。


「養蚕にかかるお金は、勧農金(かんのうきん)で借りられるし、餐霞館に足を向けて寝られんね」と笑う。



「それで、おっ母。繭は全部納めるの?少しは家で糸に(つむ)ぐ?」

「そうだねえ。糸で納品したら高く買い取ってもらえるから、出来るだけ糸に紡ごうか」


・・・と、同じような会話が米沢藩のあちらこちらで聞かれるようになっていた。



「善政よ、絹糸の集まり具合はどうじゃ?」と治憲が訊ねる。


「はい、順調に伸びております。繭で納品されたものは、藩士の妻などが内職として糸に紡いでおりますし、糸での納品も多くあります」と明るく答える。


「また、御国産所に納品される絹糸の評判を聞き付け、藩外の者も多く集まり、青苧や和紙など絹糸以外の物の売れ行きも上がっております」と笑いが止まらない。



「時に善政、この絹糸を反物にしたら、買うのはどこになる?」と問うと

「江戸の大名なども買いましょうが・・・やはり京が一番の買い手になると思います」


「ならば・・・京の職人の指導を受けて、京でも売れる反物を工夫しようか。京の職人に認められる出来であれば、江戸でも売れよう」と以前、漆の蠟燭(ろうそく)が市場から淘汰された時の事を思い出す。


「京の動向をつかんでおけば、蠟燭の二の舞となることはないだろう・・・」と過去の失敗を教訓として対策をおこなう。



そして、御国産所の評判を聞いた治憲は前世の記憶から

「善政よ、江戸で米沢藩の御国産所を開く準備をせよ」と指示する。


「江戸に御国産所でございますか?」と尋ねる善政に

「米沢の物産品を江戸でも売るのじゃ。売れ行きの良いものは生産を増やしてどんどん送り込め」



前世の記憶から思いついたアンテナショップであった。



「良いか、商品を売るのも大事じゃが、江戸の御国産所で売るのは『米沢藩の名』じゃ」と力強く伝える。

「江戸の民に『米沢藩』の名を知らしめることで、商売を有利に進められよう」


「そして…江戸で流行れば、米沢藩の名は全国に広まる」と野望は広がる。



これが、治憲が兼ねてから考えていた『米沢藩ブランド計画』だった。





治憲の手腕により、米沢藩は借財返済にむけて大きく前に進みだした。




※※※※


「大殿様が逝去(せいきょ)されましてございます」と餐霞館に知らせが届く。

「そうか・・・重定公が逝かれたか」と亡き養父ちちを偲ぶ。



思えば自由奔放な藩主であった。

『節約』ができない性格で困らせられたが、七家騒動の時は本当に助けられた。


藩主としては凡庸、いや不佞 (ふねい)と言っても良いほどではあるが、困った時にはきちんと助けてもらえる人であった。




安らかに眠られよ…と空を仰ぐ治憲であった。




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