経(たて)の糸は蚕(かいこ) 治憲46歳~
治憲は、いつものように莅戸善政を餐霞館に呼び話をしていた。
治憲の手には、御国産所に納められた反物があった。
「善政よ、我が藩で織られた反物だが評判はどうじゃ?」と尋ねる。
「はい。反物の産地としての認知度も上がり、三谷屋を通じて江戸などでの販売も増えております。また、経糸を絹、緯糸を麻にするなどの工夫も加えております」と答える。
治憲はそれを聞いて「ほう、この反物などは風通しがよいから夏物によさそうじゃ」と手に持った反物を嬉しそうに褒めた。
「善政様。仕入させていただきました反物ですが・・・」と納品の確認に訪れた善政に三谷屋の番頭が言いにくそうに告げる。
「申し訳ございませんが、この品質であれば二束三文にしかなりません」
それを聞いた善政が「何と?二束三文にしかならんとは、一体何故じゃ」と慌てる。
「この反物を見てください」と米沢藩から持ち込まれた反物を広げる。
「ここの糸が切れて歪みが出ております。こちらの物はここに歪みがございます」と技術不足による反物の不備を指摘する。
「これだけ不良品が多くては、申し訳ありませんが信用して買い付けが出来ません故、値段を引き下げさせていただきます」と申し訳なさそうに、だが決して譲らぬ気概を見せて通告される。
善政は返す言葉も無く三谷屋を後にする。
米沢藩に帰った善政は、「中殿様申し訳ございません」といきなり治憲に頭を下げる。
「一体何事じゃ?」と尋ねる治憲に、
「高値で売れると報告致しました我が藩の反物ですが…技術不足につき不良品が多く、二足三文の値段にしかなりませんでした」と項垂れながら報告をおこなう。
治憲は、善政より三谷屋での経緯を聞いて『なんだ、その程度のことか』と安心する。
「善政よ、よく考えてみよ」と笑いながら話しかける。
「もともとは高値で売れると言われたが、技術不足で不良品が多い故二束三文となったのであったな」と笑う。
善政が恐縮しながら頷く。
「ならば、技術を高めて不良品がなくなれば、高値で売れるということじゃ」と笑う。
「招致した職人が少ない故、なかなか指導が行き届かぬようだが、婦女子たちの修練の場を更に整備して品質を上げることを優先させよ」と指示する。
にやりと笑いながら「焦らずとも、品質が安定すれば高値で売れることは約束されたようなもの」とほくそ笑む。
しばらく後・・・
「善政よ、反物の品質は上がっておるか?」と問う。
「職人たちの努力に藩士の奥方たちも応えており、かなり質は上がってきております」と手応えを掴んだ善政が明るく答える。
「ならば織られた反物は全て御国産所に集めよ」と指示を出す。
「今後我が藩から出荷する反物は、全て御国産所で検品し、一定以上の品質のものだけを『米沢藩の出荷品』として扱い、品質の悪いものはその他の取引とせよ」
「其方は三谷屋に赴き、『米沢藩の出荷品はこの反物と同じ品質を保証する』と確約し交渉を行え」と見本となる反物を渡す。
「よいか、『米沢藩』の名が付いた反物であれば、間違いなくこの品質のものが届くという『信用』で取引をするのじゃ」と語りながら、今は亡き竹俣当綱を偲ぶ。
『当綱よ、いつやら傘を高く売るにはどうする?と問うたが・・・これがその答えの一つ(品質保証)じゃ』と空を見上げる。
『そして・・・(希少性)と(ブランド化)もいつかは叶えてみせる。見ておれよ』と当綱の面影に誓った。
※※※※
その夜、餐霞館の奥でお豊の方と並べられた箱を覗き込む治憲の姿があった。
「どうじゃ、順調に育っておるか?」とお豊の方に問いかける。
「治憲様…順調に育っております故御安心ください」と箱の中を覗き込みながらお豊の方が答える。
「初めは気持ちの悪いものと思いましたが、育ててみると愛嬌があって実に可愛いですよ」とお豊の方が笑う。
治憲は若干ひきつりながら「そうか・・・可愛い?可愛いの…か?」と箱の中を何度も見返しながら苦笑いする。
お豊の方が愛おしそうに見つめるその箱の中には、庭に植えられた桑の葉が敷き詰められており……真っ白な芋虫がその桑の葉を元気に食べる姿があった。




