赤湯温泉と風紀の改善 治憲45歳〜
その日は、治憲は莅戸善政を引き連れて赤湯温泉に湯治に来ていた。
「おお、善政。これは良き湯であるぞ」と治憲が喜び
「赤湯と言うから湯が赤いと思っておったが、色は付いておらんな?」と尋ねる。
「中殿様、この湯は源義綱殿の手勢が湯治されると、たちまち傷が治り、代わりに湯が赤く染まったとの伝説がございますれば、それから赤湯となり申した」と説明をしてくれた。
『源義綱・・・誰?』と歴史に詳しくない私は頭をひねる。
善政に聞いてみると、源家初代頭領の源頼義の子供とのこと。
残念ながら、平家物語で義経しかわからない私であった。
「源泉が3つあり、万病に効くと言われております故、湯治に訪れる者も多く、温泉街として賑わいもございます」と説明を受ける。
「実に良き湯であった」と温泉を満喫した二人は湯を出て少し歩くことにする。
温泉町らしい歓楽街で、酒場や宿場が軒を連ねているが・・・ふと気になるものが目に入る。
「善政、あの店先に屯している女子は何じゃ?」と尋ねる。
「恐れながら、客引きの遊女かと思われます」
『遊女って・・・そう言う仕事の女性よね。まあ歓楽街には有りがちだけど・・・』と別に初心でもない年齢の私は考え、
「善政、我が藩は未だに女子が身体を売らねばならぬほど貧しいのか?」と問う。
「いえ、今では糸や機織りの仕事など、女子の仕事はございます故、そこまで貧しいことはございません」と答える。
「ならば善政よ。遊女を禁止しても問題はないか」と問う。
善政はしばらく考え込んで「二つ懸念がございます」と切り出した。
「一つは遊女が居なくなって湯治客が減りますと、税収が下がる懸念がございます」
「もう一つは、遊女が居なくなれば、狼藉者どもが婦女子を襲うやも知れません」
と答えた。
私は先程入った赤湯の素晴らしさを思い出して、「この温泉であれば、遊女など関係なく湯治客は来るであろうし、治安が良ければ女性客も増えるだろう」と呟く。
「しかも、我が藩にそんな狼藉を働くものが多いと申すか」と少し憤慨しながら、善政の目を見据え
「米沢の領民は我が子に同じである。我が子が身体を売って得る税収など必要ない」と切り捨てる。
善政には言わなかったが、性病の蔓延の問題もある。
この時代では、治癒が出来ない性病は怖い。
昭和、平成の倫理観からも、売春への忌避感もあり遊女の禁止を決めた。
餐霞館に戻った私は再び善政を呼ぶ。
「善政よ、もう一つ其方に考えてもらいたい件がある」と話しだし
「賭博を行うと死罪との刑罰をどう思う?」と問いかける。
「厳しいとは思いますが、賭博にのめり込んで仕事を疎かにされては困りますので…」と答える。
「ならば、賭博で捕まえた者は全て死罪としておるか?」と再び問うと
「全てを死罪としますと、働き手が足りなくなります」と答える。
「決めた法であれば守らねばならん。守らぬ法であれば無い方がマシである」と善政を諭す。
「一方で罰し、他方では見逃すでは法が成り立たぬし、政がなし崩しとなる因となる。禁を破ったら必ず罰する。ただし、その罰は罪に相応しいものでなくてはならん。博打での死罪は見直すように」と申し付ける。
「徒に厳しい罰を定めるのが御政道ではない。罪に相応しい罰を定め、定めた罰であれば厳守して履行する事で、藩の風紀も良くさなるであろう」と善政を見据え、赤湯温泉での問答を思い出す。
「なお、婦女子への狼藉は屹度厳罰に処す故、それを周知させよ」
と指示をする。
この時代の女性の地位は低い。
幸姫、この米沢は女性でも生き良い藩になっておるだろうか?と天に問いかけてみる。
そこには一筋の雲が流れるだけであった。




