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莅戸善政と夜長の寝言 治憲40歳~

お豊の方の一言から思いついた『目安箱』の設置を早速おこなうことにした。

ただ、こちらでは上書箱と言うらしい。


城門の前に『上書箱』と記し、藩士から町民、農民まで広く意見を集めることにした。

毎月1日と15日に上書箱を開封し、出た上書はすべて一度治広の手元に届けるように手配する。


あくまでも米沢藩のトップはお屋形様(治広)である、との意思表示でもあった。

また、役人等の不正への密告もあり得ることから、一切開封せずに治広に届けることを徹底させる。


上書は匿名ではなく記名式とする代わりに、出た意見には必ず何らかの返事をすることを治広にも徹底させることとした。


これは前世での記憶だが、前世でもこのような意見募集がされることはあった。

意見を聞いた…とのアリバイ作りのガス抜きだが、余計に不満が溜まる行為だった。


そもそも、出た意見やアイデアが検討や実行がされることはなく、意見書を読んだのかすら不明であり、あっという間にこの意見募集は立ち消えとなった。


『意見を聞く』だけであれば誰にでもできる。だが、誰にでも出来るからこそ難しいとも感じていた。

『意見を聞いた者には、聞いた責任が生じる』ことを理解する者は少ない。


意見を聞いて、アクションにつなげないのであれば聞かない方がよほどマシである。

出来ないのであれば出来ない理由を、検討するのであれば前提条件や期限を相手に伝えて始めて『意見を聞いた』と言える・・・と前世を思い出し、書いた方にも責任を持たせる記名式とした。




予想以上に上書箱に上書があつまり、あっという間に300通を超える意見が届けられた。

治広が目を通した上書を預かり、読み進めると多くの上書に同じ内容が書かれていた。


「莅戸善政殿に再び活躍して頂く以外に、藩の立て直しは叶いませぬ」


と、莅戸善政の復職を求める声が多数を占めていた。




この噂を屋敷で聞いた莅戸善政は、直ちに治憲に封書を送りこれを固辞する旨を伝えた。

善政は中級武士の生まれであり、竹俣当綱の補佐として藩政に係わっていた。


善政は本来の家格から言えば、藩政に係る身分ではなかった。

このための固辞であり、また米沢藩の藩政の大変さを身に染みて知っており、固辞も止む無しと言えた。




餐霞館(さんかかん)の奥座敷で、善政は治憲からの話を聞いていた。

「善政、本日且方に来てもらったのは他でもないが・・・」と治憲から話が切り出される。



「中殿様、お話は聞いておりますが、(わたくし)めには分不相応なお申し出であり、藩政が混乱いたすやもしれません故、何卒ご容赦をお願いいたします」と固辞の姿勢を崩さない。


「まあ、そう言わずにこれを見てくれぬか」と上書箱に提出された藩士たちの上書を見せる。


「どの上書をみても善政の復帰を望んでおる」と上書を見つめる善政に声をかける。

善政はその上書を愛しそうに1枚づつ読み進める。


私は善政の姿を優しく見つめ、懐から別にしておいた封書を取り出す。

「これは?」と問う善政に「先ずは読んでみよ」と封書を手渡す。


その封書を読み進める内に、善政の目もとから涙があふれ出す。

「これは、竹俣当綱からの上書じゃ」と善政に告げ、「やはり当綱は米沢の地を深く愛しておったわ」と、にこやかに笑いかけた。




「『長夜の寝言』にございますか」と当綱の上書を読み終えた善政が感想を漏らす。

「寝言と言うには具体的な藩財政の再建策にございますな」と治憲を見る。


「中殿様は、この当綱さまの寝言を、如何なされるおつもりでしょうか?」と問いかける。



「寝言・・・とは言えぬ内容である故、この寝言を夢物語にせぬようにしたいものよ」と善政の目を見据え、「どうじゃ、これでも否と申すか」と再度問いかけ「先ずは役人の見直しを行う故、手伝ってもらいたい」と願う。



「役人の見直しとは如何に?」と問う善政に、「役人、特に藩政に係る重臣は、家格に関係なく能力のあるものを登用する」と宣言する。


これは、治憲の実父秋月種美から受け継がれ、前世の経験にも沿うものであった。




しばらく沈黙した後、善政は治憲の目を見据えて「中殿様にお願いがございます」と決意した言葉を告げる。


「御無礼を承知で申し上げます。お屋形様に願い、今後の米沢での藩政に関しましては中殿様の一存にて決定していただきとうございます」と捲くし立てる。


「恐れながら、参勤交代で米沢を離れることが多いお屋形様を立てていては、藩財政の再建は困難と言えます。ここは中殿様の差配で改革は進めていただきとうございます」と思いの丈を伝えてきた。



参勤交代による弊害は私と同じ思いであった。

「相分かった。治広からも同じことを頼まれておった故、且方の言う通りに進めてまいろう」と善政に笑いかけ、「ならば、再び藩政を手伝ってもらえるな」と念を押す。




善政はしばらく私の目を見つめた後、筆を取り出して一筆示した。







《立ち帰りまた踏みそめし丸木橋 行方はしらず谷の白波》

※またこの丸木橋を渡ることになろうとは 今度はどんな波が襲ってくることやら 

注)意訳です





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