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治広の葛藤 治憲37歳~

養父治憲から家督を受け継いだ治広であったが、治憲のこれまでの功績に委縮してしまい、思いきった改革を打ち出せずにいた。


同じく、側近となった志賀祐親も、竹俣当綱や莅戸善政の闊達(かったつ)な改革路線に重圧を受け、また当綱の迷走を()の当たりにしたことで、保身的な行動しかとれなくなっていた。


そして、時を同じくして江戸や大坂(阪)を中心に全国で大規模な打ち壊しが発生する。

これは田沼意次の政策の失敗により、貧富の差が広がった上に天明の大飢饉の影響が重なり、民衆の怒りが噴出したものだった。


この天明の打ち壊しにより田沼意次は失脚し、松平定信が老中筆頭となり寛政の改革が始まる。


この江戸の打ち壊しを江戸屋敷で経験した治広と祐親は、これまで以上に政策の失敗を恐れるようになってしまう。


加えて寛政の改革では厳しい倹約令が取られたことから、祐親の政策もこれに(なら)ってしまったと言えるかもしれない。


結果的に『失敗を恐れて何もしない(出来ない)』と言う為政者として最悪の失敗を犯してしまうことになる。




当然であるが、そのような藩主と側近に対して領民からの風当たりは強くなる。


「今のお屋形様では明るい未来など見えない」

「藩の借財を返還する道筋が消えてしまった」

「志賀殿はやっと形を成してきた藩の事業を潰そうとしておられる」


等の辛辣な意見が治広と祐親の耳にも聞こえるようになっていた。




『このままではいけない。何とかこの状況を打開しなくては・・・・』と治広は焦りを見せていた。








その頃、治憲は実父秋月種美の容体がかんばしくないことから、江戸に来ており足繁く高鍋藩江戸屋敷へと通っていた。


秋月種美は病床に伏せりながら「治憲殿はすでに上杉家の養子となられた身。私のことは捨ておき、上杉重定公の身をお案じなされよ」と上杉家への配慮を見せて、我が子治憲を気遣った。


「上杉家の家督は、養子治広に引き継ぎましてございます故、何卒今しばらくはお父上の看病をさせてください」と涙ながらに訴えると、種実も涙を流しながら治憲の手を握り締めた。



治憲や秋月種茂の手厚い看病もあり、秋月種美は享年70歳にて死去する。

その枕元には後の上杉鷹山、秋月鶴山の偉大な息子たちが並んでいた。


2名の名君を世に送り出した秋月種美の口癖は「国家の宝は人民である」であり、人材教育と身分に捉われない適材適所の起用を進めた偉人であった。



治憲は涙ながらに『この父の思想に魅かれ、私はこの家に転生したのであろう』と(ひと)りごち、『天にいる父や幸姫(よしひめ)に胸を張れる米沢を目指そう』と決意を新たにした。




実父種美の葬儀も終わったある日、将軍家斉より治憲に呼び出しがかかる。


「上杉治憲、この度の天明の大飢饉を乗り切った且方の手腕誠に見事であった」と褒美の言葉を賜る。

《年来国政宜しく 宜しく致す段 一段にある》

※ここ数年の藩政は見事であり、その見事さは他の一段上である 注)意訳です


そして、治憲の隠居後に養子治広の統治がうまく進んでいないことを話題とし、「治憲よ、治広の後見として米沢の藩政を手伝うが良い」との言葉を頂き江戸城を後にした。




『後見人、黒幕、フィクサー・・・などに対して、あまり良い印象がない』と治憲は悩んでいた。

特に前世の記憶では、政治家や大企業においての印象があまりにも悪かった。


加えて、船頭多くして船山に登る…ではないが、責任者が複数いる弊害は多い。

『家斉様より直々にお声を頂いたものの、どうしたものか?』と江戸屋敷に帰りながら考える。



一人で悩んでも結論は出ないと決意し、家斉様からの言葉を伝え、治広の思いを聞くことにした。


「治広殿・・・」と話を切り出す。

「本日家斉様より治広殿の後見人として、藩政に関わるようにとのお言葉を賜った」と治広の目を見て伝える。


「私は、藩主となった治広殿を差し置いて藩政を進める気はないし、お屋形様である治広殿を(ないがし)ろにしては、藩の統治など叶わんと思っておる」と自分の思いを伝える。


一方で、「米沢を良くするために出来ることは精一杯おこなうつもりでもある」と米沢への思いを口にする。


「中殿様。(それがし)も精一杯の努力をおこない、祐親の力も借りながら藩政をおこなっておりますが、若輩ゆえ藩士の不満も聞こえております」と涙ながらに声を震わせる。


「何卒、米沢の地にてご尽力を賜りたく願います」と頭を下げてきた。

その姿は藩主としての重圧に耐えかね、皆の期待に応えられない自分への不甲斐無さがにじみ出ていた。


その姿を見て『これは・・・精神的に危ないかもしれない』と判断し「相分かった。今後は治広殿の後見をこの治憲が勤めよう」とほほ笑んだ。






その微笑みを受けた治広は『これで米沢は救われる・・・』と安堵のため息を漏らすが、その姿は為政者としては頼り無いものだった。



 


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