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別れの時 治憲32歳~





「お屋形様・・・幸姫(よしひめ)のご容体が(かんば)しくありません」と奥女中が慌てて伝えに来たのは、花もほころび始める3月のことだった。

そして、手厚い看護の甲斐もなく、幸姫は30歳の若さで永眠することとなる。


この時代に重度の発達障害に加え精神障害を持った女性が、30歳まで生きることができたのは、(ひとえ)に治憲の献身によるところが大きかったであろう。


静かに眼を閉じ横たわるその手には、粗末な人形が握り締められていた。

それは、治憲が手ずから作り幸姫に渡したものであり、幸姫が常に傍らに置いていたものだった。


(よし)よ・・・且方(そなた)は幸せであったか?』と天を仰ぎ、幸姫に初めて会った時からのことを(しの)ぶ。


『幸姫のような娘でも、幸せに暮らせる米沢を目指しておったが、その姿を見せることは叶わなかったか・・・』と一筋の涙を流す。




『治様、(よし)は幸せにございましたよ・・・』と何処からか声が聞こえた気がした。



その声は、いつか聞いた天女の声と同じものであった。




※※※※


その頃、米沢藩では竹俣当綱の横暴がさらに酷くなっていた。


一度は治憲の叱責により改心をしたかに見えたが、一度低く落ちた心は簡単に黒く染まる・・・。

水は低きに流れ、色は黒きに染まるのは世の常であり、低き水や黒き色を好む者はいつの時代にも、どこの地にもいる。



「口うるさいお屋形様は江戸に出立いたしました故、しばらくこの米沢の主人あるじは竹俣当綱様をおいて他にはおりませんぞ・・・」と取り巻きの家臣が(しゃく)をする。


「本日は綺麗どころも呼びよせております故、この後はお楽しみを・・・」と下卑た笑いを浮かべ揉み手をしながら商人がすり寄ってくる。

その傍らには、切り餅(小判)が積まれていた。



初めの内こそ「いや、お屋形様に申し訳が・・・」と断ろうとしていたが、一度濁った心ではその魔力に対抗することは困難であった。

(わし)に付いてくれば好い目にあわせてやるぞ・・・」と心の(たが)が外れるのは容易なことであった。




その日の朝「竹俣当綱殿はいずこにおられる?」と米沢城では大騒ぎとなっていた。

8月13日は上杉謙信公の月命日であり、全藩を挙げての法要が執り行われる忌日きじつであったが、そこに竹俣当綱を含めその取り巻きたちの姿はなかった。


この日の前日、長井村の視察に出かけた当綱は小松の宿場で接待を受けていた。

初めのうちは「明日は謙信公の忌日故、早めに屋敷に戻らねば・・・」と言っていたが、しばらく後には取り巻きたちの甘言に気を良くし、完全に酔いが回っていた。


「当綱様、そろそろ日付も変わります故、御開きとなさりませんか?」と取り巻き連中が声をかけるが、「何を、この竹俣当綱これしきの酒には呑まれぬわ。この当綱が許す故、もっと酒を持ってこい」とそのまま酒宴を続けた。



翌朝、当綱が目を覚ました時には、既に日は高く昇り切っており城内での法要は終わった後だった。




「お屋形様、米沢よりの知らせにございます・・・」と顔面を蒼白にして善政が治憲に伝える。

『公金乱用や一部の取り巻きへの優遇など、当綱の黒い噂は聞こえておる。流石にかばいきれないか』と天を仰ぎ決断を下す。

「善政。すまぬが直ちに米沢に向かってくれぬか・・・」と莅戸善政を米沢に向かわせることとした。


思えば竹俣当綱の活躍により、借財の免除や植林の手配などが進んだ。

この功績は他の追従を許さぬ貢献であったが、実力があるだけに誘惑も多かったのであろう。私も気をつけねば・・・と為政者としての覚悟を改めて誓った。




竹俣当綱邸奥座敷にて・・・

「竹俣当綱、お屋形様の命により隠居の上、芋川邸に蟄居ちっきょを申しつける」と厳しい声で沙汰を告げる。


「但し、これまでの功績を踏まえ、知行は据え置きとし家督相続を認める」と付け加えると、「お屋形様の御配慮、この当綱心に染みましてございます・・・」と竹俣当綱は涙を流し平伏した。




江戸屋敷に戻った善政が治憲に報告をおこなう。

「私はこれで右腕を失ったようなものだ・・・」と力なく呟く治憲に、善政が苦しそうに「お屋形様・・・このような事態の折り誠に心苦しゅうございますが、(わたくし)めも隠退を決意いたしましてございます」と告げた。


「私と竹俣殿は共に藩政を支えた身であり、竹俣殿がおらぬ米沢に私の居場所はございませぬ」と涙ながらに訴えてきた。


「善政よ、且方まで離れてしまっては・・・私は完全に両腕を無くしたも同然であるぞ」と留意するが、「お屋形様。私も竹俣殿もここまで支えのない丸木橋を渡ってきたようなものでございました」と涙ながらに


≪今更に見るも危うし丸木橋 渡りし跡の水の白波≫


と詠んだ。


その善政の決意は固く翻意(ほんい)を得ることは無理であると悟り、一年間の引き継ぎを命じ隠居を認めることにした。




私は茫然と庭の池を眺めながら『松伯、当綱、善政と改革の中心となるべき者たちが皆離れてしまうか。もはや米沢藩の立て直しなど無理だろうか・・・』と全ての気力を失いかけていた。


その時、『お父さん《治さま》がんばって~』といつかの天女の声が聞こえた気がした。




私は崩れ落ちそうな膝を何とか立て直し、再び改革に向けた手立てを考えることにするが•••その決意を嘲笑あざわらうかのように季節外れの冷たい北風が治憲の足下を吹き抜けていった。






《今更に見るも危うし丸木橋 渡りし跡の水の白波》

今更ながら振り返ってみたら、こんな激動の中をよく無事に渡り切ったものだ  注)意訳


人生の重みを感じる一首なので、どうしても使いたく前回から伏線を入れてました。

この続きの句も、この後載せたいと思っていますが、ネタバレとなるので•••って、今更上杉鷹山氏の話にネタバレもないのですが…。


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