興譲館と初めての子 治憲 26歳~
「のう善政よ・・・」といつものように莅戸善政に声をかける。
「開墾も進み農村や藩士の婦女子には仕事を与えた。これから更に我が藩を栄えさせるには何が必要と思う?」と問いかけた。
「これ以上の発展にございますか。されば更なる開墾などでございましょうか?」と答える。
「それも重要だが、ここからの発展に必要なのは藩士や領民の質を上げることが重要じゃ」
「質・・・にございますか?」
「質、すなわち教育こそが、これからの藩の発展には欠かせぬ」と善政に伝える。
そこで「善政よ、我が藩の学問所はどのようになっておる?」と問いかける。
「直江兼続公と綱憲公が学問所を開設いたしましたが、その後の飢饉などで学問所はなくなっております。しかし、片山家などがその痕跡を残してはおります」と答える。
「では、片山家から一積を呼べ。それと細井平洲師の門下である神保綱忠も呼びよせよ」と善政に指示した。
「「お呼びにより参上いたしました」」と片山一積と神保綱忠が顔をあげた。
「突然呼びたてしてすまぬな」と前置きをして「且方らを呼んだのは、学問所の再興についての相談じゃ」と切り出す。
「藩の発展のためには、優れた人材育成とその土台となる領民の知識向上が欠かせぬ。善政を中心として、片山家にあった学問所を再興して欲しい」と頼む。
「学問所の再興は当家の所望するところでございます故、喜んでお手伝いをさせていただきます」と一積が答えると、「お屋形様とは、共に細井平洲先生より教えを受ける身であり、民の知識向上は細井先生も望まれておられること。喜んでご協力させていただきます」と答える。
それを聞いた莅戸善政は「では、場所は以前の学問所があった片山家の一角とし、早速手配に取り掛かります」と頭を下げる。
注)元は儒医、矢尾板三印の敷地であったが、三印没後に片山家が管理していた。
「学問所は、門戸を広くし藩士のみならず領民のすべてに開放するように」と指示する。
そして、若くして結核のために身罷った藁科松伯を思う。
『もっと医学が発展していれば、松伯も助かったのでは・・・』の思いは昭和、平成時代を経験した私の心のしこりとなっていた。
この時代に、昭和や平成の医学は無い。しかし、少しでも近づけることができないか・・・との思いから「綱忠よ。学問所が軌道に乗った折には、阿蘭陀の西洋医学も学べるように出来ぬものだろうか?」と問いかけると、「今すぐの手配とはなりませぬが、医学館の開設につきましても考慮いたします」と答えた。
「そうそう、忘れておった・・・」と思いだしたように声をかける。
「貧しき農民や領民が通いやすくなるよう、通ってきたものには食事を与えるように検討せよ。それと学業優秀なものに報償を与えて、勉学の意欲を高め、優秀なものが更に勉学に励むように考えよ」と付け加える。
『農家の子供は給食で呼び寄せ、優秀な子供は奨学金で囲い込む・・・』と未来の学校を思い出しながらニヤリと笑った。
細井平洲により『興譲館』と名付けられたその学問所(藩校)は、後に千人ほどの領民が通うほどにまで発展する。
また医療の発展を願い、後に開設された好生堂医学校には、治憲が仕切金から高価な医学書や機材を寄付した。
※※※※
「おぎゃー おぎゃー」と大きな鳴き声が奥座敷から聞こえた。
「お屋形様。男の子にございます。おめでとうございます」と奥女中から声をかけられ、奥の間に入る。
そこには産まれたばかりの赤子と、晴れやかな顔をしたお豊の方の姿があった。
「豊よ、大儀であった。余はこれまで民の父母たらんとしてきたが、これからはこの子の父としても、より藩政を盛り上げなくてはな」と我が子の顔を見ながら微笑む。
感慨深く『私も父親か~』と呟く。
前世でも経験はあるが、やはり身が引き締まる思いがある。まして、今回は藩主として迎える我が子だったが、心配なところもあった。
「相談があるのだが・・・」とお産から落ち着き、直丸(後の顕幸)をあやすお豊の方に話しかけた。
「相談などと。治憲様はご当主故、お好きになされればよろしいかと・・・」と言う豊に、「いや、ぜひ豊にも聞いてほしいのだ」と話を切り出す。
「私は重定公にお世継がおらぬからと婿養子になった。しかし、私が婿養子になった後、重定公にはお世継となる男子が産まれておる。にも拘わらず、私が上杉家を継いでいる」とお豊の目を見て「次の米沢藩主は、重定公の御子である治広殿にお譲りしようと思う」と告げた。
お豊の方は微笑んで「私の思いは先ほど述べた通りです。私のことは気になさらず、ご当主の治憲様の御好きになさってください。直丸もそのように育てましょう」と私の手を取った。
私は大殿重定公を訊ね、治広殿を養子とし世継とすることを告げると、重定公は感謝しながら「良い婿に来ていただいた〜」といつまでも涙を流し喜んでいた。
治憲氏とお豊の方にはこの後第二子が産まれますが、半年程で亡くなります。
後のエピソードで思い出として語る場面があるかもしれませんが、正直触れたくないのと、本筋には影響しないので本投稿では割愛させていただきます。




