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農家の女房と藩士の奥方の苦戦      治憲26歳

農村地域に莅戸善政の御触れが出された。


『青苧は麻糸にして収めるようにせよ。麻糸は高く買い取る。

また、()()む作業は女子がおこなうこと。

この作業は人手が必要となるため、今後は間引きを禁止する』

注)()()むとは、茎の繊維を紡いで糸にすること


それを聞いた農家の女房が「青苧を糸にするのは手間と時間がかかるから大変じゃ」とつぶやくと、隣にいた女が「でも高く買い取ってもらえるなら手間でも助かる」と言い、その隣にいた女は大きくなったお腹をいとおしそうにさすりながら「女子の仕事にするなら、この子が女だったとしても大事に育てられる」と嬉しそうに笑った。



その小屋では、早くから村の女たちが集まり青苧の加工をおこなっていた。

中では女房たちのかしましい話し声が響く。


「原料で売るより糸や太物にして売った方が高値で売れるって、新しいお屋形様が言い出したらしいね」

「高く売れたら家の旦那より私らの方が稼ぐかもね〜」

女子おなごでも稼げるなら安心して子供も授かれるよね」と少し涙目で呟く女房もいた。

「あれあれ、早速今晩可愛がってもらえるかも」と年増の女房が若い女房を揶揄からかう。


そんな姦しい小屋の中だが、青苧の皮から繊維を取り出す『シャー シャー』と小気味いい音と、女房たちの明るい笑い声は途切れることがなかった。


そして、繊維を裂き糸を紡ぐ作業をする女たちの中には、まだ幼い女児もいる。見様見真似(みようみまね)で母親の作業を手伝うその姿は、以前の米沢藩では見ることのできない微笑ましい光景だった。





農家で加工された麻糸が米沢藩寺町蔵屋敷に(しつら)えられた縮布製造所(ちぢみふせいぞうしょ)に運び込まれた。


そこには、家臣の奥方たちに交じって縮織職人の源右衛門に加えお豊の方の姿があった。

源右衛門が「さあ皆様方、機織り機に届いた糸を組みますぞ」と声をかける。

お豊の方も「はい、この糸をそこへ。こちらの糸はこのように・・・」と藩士の奥方たちに教えながら、テキパキと働いていた。


奥方の一人が怪訝(けげん)そうに「お豊の方様は、機織りができますのでしょうか?」と尋ねると、「まだまだ未熟ではありますが、一通りには習ってまいりました」と明るく笑いかける。


そして「初めは戸惑うやも知れませんが、皆で米沢藩を守り発展させるためがんばりましょう」と声をあげた。


「そうですよね。借財ばかり作る男には任せておけません。ここは女子(おなご)の力を見せつけましょう」と巴御前(ともえごぜん)ばりの勇ましい声が聞こえる。


「ときにお豊の方様。そのように動かれてお腹の稚児(ややこ)(さわ)りませぬか? 」と大きくなってきたお豊の方のお腹を見て別の奥方が問う。

「ありがとうございますね。お屋形様のお世継となるやもしれない子故、大事にしております」と軽くお腹を触りながら「この子のためにも、米沢を豊かな藩とせねば・・・皆よろしく頼みますよ」と声をかけた。


「奥方様方、そのように強く引っ張っては、生地が歪みますぞ。ああ、それでは緩すぎます・・・。それそこ、糸目が一つ飛んでおります・・・」以前にお豊の方が指導されたのとまったく同じ指導が源右衛門によりされていた。


藩士の奥方と同じように厳しく指導を受けるお豊の方を見た奥方たちは『お豊の方様にそのような叱責を・・・』『皆より上手にできておるのに、そのように厳しく言わなくても・・・』と内心思いながらも、『お豊の方様が率先しておられるからには、私どもは更に精進せねば・・・』と奥方たちは頭が下がる思いであったが、これこそ治憲が仕組んだ通りの効果だった。



実はこの前日、治憲は源右衛門とお豊の方を呼んで話をしていた。

「源右衛門よ。明日から藩士の奥方たちに機織りを教えてもらう手筈となっておるが、一つ注意しておく」と話を切り出す。

「藩士の奥方たちは他人から叱責などされたことのないものばかりじゃ。其方が普段職人に対するのと同じような指導では、奥方たちはついてこれまい」と告げる。


すると源右衛門が「お屋形様、おそれながら申し上げます」と反論してくる。

「機織りは簡単に出来るものではありません。厳しい指導が無ければ身には付きません」と答え「それに、私は根っからの職人故、この言葉遣いしかできませぬ」と私を睨んだ。


「わかっておる。そこでじゃ、初めに豊を叱責せよ。また、何かあれば先ず豊を矢面やおもてに立てよ」と告げ、「豊よ、聞いての通りじゃ。其方には申し訳ないが、奥方たちをやる気にさせる手段として頼む」と頭を下げる。


「治憲様、頭をお上げください。この豊、万事わかっております」と頭を上げた治憲に笑いかけた。





初めのうちは「トント ン ガタカタ トンカタ ガタ」と時々リズムが狂う音が響いていたが、いつしか「トントン カタカタ トン カタカタ」と小気味の良いリズムが刻まれるようになる。





そして、「トントン カタカタ」と小気味の良いリズムを響かせながら機を織るお豊の方の傍には、小さな籐の籠の中で眠る赤子の姿があった。






ゆたかゆたか、で迷走していましたが、お豊の方を治憲が呼ぶ時の呼称をとよとしたため、ゆたかでは紛らわしく、直せる所からはゆたかとしています。

どちらも間違いではないようですが、時代物の場合はゆたかが使われるみたいです。

本投稿では紛らわしくなり読み難いため、今後は上記のようにします。

同じく治憲の一人称も私、儂、余などが混在しており見苦しいかと思いますが、ご容赦いただき今後もよろしくお願いします。


懺悔?のついでですが、文中以外(前書き、後書き)では出来るだけ名前の後には氏や公を付けるようにしています。逆に見づらいかも知れませんがご容赦ください。

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