第八話 処刑後九十九日目・王太子と小娘
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「そんで、オリヴィア。今後どうしたいか、決まった?」
お茶請けのクッキーを、バリボリと貪りながら『聖剣の神』が聞いた。
が、オリヴィアは溜息をつくばかり。
「このまま死んで、王太子殿下と平民の娘に高笑いをされるのは少々ムカつきますわね、などとも思うようになってきたのですが……」
「ムカつく……ね」
共に過ごして九十九日。
完璧なる侯爵令嬢だったオリヴィアの言葉使いも、自分に影響されて、少しばかり崩れてきたなあ……。などと、感慨深く思いながら、お茶を啜った『聖剣の神』だった。
「かといって、生き返っても……。王太子殿下との婚約は解消するとしても、侯爵家の娘がそのままというわけにはまいりませんし。お父様はきっと次の縁談を用意しますでしょうし……。はあ……、次の殿方……。気が乗りませんわ……」
「新しい恋に生きるというのはナシなのかい?」
少しばかりの期待を込めて、聞いてみた。
が、返ってきた答えはと言えば……。
「……わたくし、男性を見る目もなければ、男運も悪いのですわ」
「ほへ?」
『聖剣の神』は首を横に傾げた。オリヴィアの目が、剣呑な光を帯びる。
「初恋の男性は、すばらしい方だと思った。でも違った。他者の意見を馬鹿素直に受け取り、その通りに行動する、主体性のない男。わたしが求婚すれば「はい」と答え、駆け落ちをしましょうと誘えばそれにも「はい」と答える。『聖剣の騎士』に選ばれれば、承諾する。騎士として振舞えと言われれば、そうして。王太子が命じれば、求婚し駆け落ちまで申し出たわたくしに対して、何の感慨もなく、その『聖剣』を突き立てる」
『神』は、さて、次のクッキーは……ジャムがついているものにしようかな……などと、物色するフリをする。下手に刺激はしないほうがいい……かもしれない……と、内心は戦々恐々だ。
「主体性のない、他者に言われた通り、何も考えず……そんな男に恋をしたわたくしには男性を見る目などないのですわっ!」
「まあ……確かにそう、かも、だね」
激高した女を刺激してはいけないとばかりに、肯定の態度を見せる。
「かといって、親の命令通りの婚約者はどうかと言えば、王太子という責任も果たさず、平民の小娘との真実の愛を追い求め、そのためにわたくしを冤罪に突き落とすのも辞さないというクズ野郎っ!」
「た……確かに、クズ……だね」
「ええ。他人の言いなりのモヤシ野郎。浮気のみならず、婚約者を冤罪にかける嘘つき野郎。一人目も二人目も、ごみクズ。遠くの国には『二度あることは三度ある』という言葉もございますからね。三度目のわたくしの相手もきっと、最低最悪のクズ野郎になることでしょうっ!」
モヤシ野郎と嘘つき野郎なんて、どこでそんな単語を覚えたのだろう、もしや自分が発した言葉か、それともそこかの書物で知ったのかな……などとちらと思いながら、『聖剣の神』は更なるクッキーに手を伸ばした。
「あー……。いやあ、そうとは限らないんじゃあ……」
『聖剣の神』の言葉など、耳に入ってこなかったのか、オリヴィアはふっと遠くを見た。遠くと言っても、ここ、『聖剣の神』の空間は何もない、ただ真っ白な場でしかないが。
「わたくしの今後ねえ……。考えたくございませんわ……」
『聖剣の神』は無言を貫いた。バリボリとクッキーを砕く音だけが、鳴る。
バリバリ。ぼりぼり。
……クッキーを食べ終えてしまった。仕方なしに、『聖剣の神』は、今度はその長々しい髪の毛を手櫛で梳かしはじめた。
「……迷うのはいいけど。100日目は明日だよ」
「そうなのですよね……」
「延長する?」
オリヴィアの眉根が寄った。
「……ここで、考えていても、結論は出ないように思われますわ。ねえ、神様」
「ん? にゃーに?」
毛先に枝毛があるなー……的なしぐさで、つまんだ髪の束を見る……フリをする。
「いろいろと決める前に、馬鹿殿下やディラン様達が、現在どうしているのか、知りたいのですが……」
『聖剣の神』は「おっ!」と声を上げた。
ここにきて、ようやく出た前向きな意見。
「いいよ。じゃあ、ニンゲンたちからは、姿を見えないようにして。様子を見に行こう!」
「できますの?」
「たいていのことは、ボク、できるんだよねー。有能だから」
「さすが『神様』でございますわね」
うーん、本当は神などという存在ではなく、単にニンゲンとは異なるだけなんだけど……とは、『聖剣の神』はここでは言わなかった。
神であるとオリヴィアに思ってもらい、崇めてほしいわけではない。
ただ……、神ではないと告げた場合、では何者なのかと問われたときの説明に、少々迷うのだ。
人間とは異なる種族で、文化も少々異なる。
たとえば、『聖剣の神』の属する種族にとって、自身の名前とは、親から与えられる愛情の証……ということになっている。
人間は初対面の挨拶の時に、名や階級を示すが、『聖剣の神』の属する種族はそうではない。
本当の名は、大切な人にだけ告げる。そういうものなのだ。
それに、今は、オリヴィアには、自身を見つめることに集中してほしい……という気分もあった。
まあ……神様じゃないけど、便宜上の呼び名とかあだ名のノリで、『聖剣の神』って呼ばれてても、いいと言えばいいんだけど。
本名、あんまり名乗りたくないしねえ……。略称だけ告げて、それを呼んでもらってもいいんだけど……。
自身の本当の名を、久しぶりに思い出し、少々やさぐれた思いを感じた『神』だった。その思いを消すように、ぶんぶんと頭を横に振る。
「ま、いーや。とにかく行ってみようっ!」
そうして、背中の純白の翼を、バサッと大きく広げたのだった。
***
最初に降り立ったのは、グレンヴィル王国の王都城下の高級住宅街だった。
「あの……『聖剣の神様』? ここはどこでございますか?」
「んー、王太子殿下とやらが恋人を囲うために与えた屋敷の近く……」
「あらっ!」
「えーと、あっち……だね」
きょろきょろと、探しながら進む『聖剣の神』の後ろを、オリヴィアは軽い足取りで付いて行った。
数分後、たどり着いたのは、落ち着いた感じのなかなかに趣味の良い屋敷だった。
「あ、ここだ。入ろうか」
「……勝手に入ってもよろしいのかしら?」
「うん。だって、ボクたちの姿なんて、ニンゲンには見えていないし」
「ああ、そうでした」
馬車がそのまま乗り入れられるほどに広い玄関ホールを抜け、広間を通り、そして、階段を二階に上がる。
すると、女の泣き声が聞こえてきた。
「嫌よっ! 怖いっ! あたし、きっと、呪われるわっ!」
「だ、大丈夫だ、ナタリーっ! オリヴィアは生き返らないっ!」
「そんなことを言って、生き返ったらどうするのよおおおおおっ! あたし、きっと、オリヴィア様に……」
「俺様が、守るから、大丈夫だっ!」
開け放たれたままのドアから寝室と思しき部屋の中を見れば。
泣きじゃくっているナタリーと、それを抱きしめているエリオットが見えた。
「守る……、じゃあ、オリヴィア様を生き返らせないでよっ! 殺してっ!」
「そ、それが、無理なんだ。何度剣で突かそうとしても、オリヴィアの体は不思議な金色の光で守られている……」
「だったらっ! 生き返っちゃうじゃないっ! 嫌よっ! あたし、怖いのっ! オリヴィア様が怖いのよぉおおおおおおっ!」
恐慌状態に近いような、叫び。
オリヴィアはきょとんと首を傾げた。
「……わたくし、あちらのお嬢さんに何かした……かしら?」
呪うほど、思い入れなどない。
はっきり言って、どうでもいい。
確かに、エリオットという婚約者を、あの娘はオリヴィアから奪ったのかもしれないが、オリヴィアにしてみれば、不要なごみを引き受けてくれたようなもの。
感謝すれども、悪感情など持ちようもない。
「あの子、勝手にオリヴィアを怖がっているんじゃないの?」
「まあ! どうしてですの? わたくしの顔が怖いとかでしょうか……?」
確かに少々釣り目気味かもしれないが。直接話をしたことも、睨んだこともないというのに。
「えーと、思い込み、かなあ? 物語とか演劇とか、そーゆー空想とか妄想とか、いろいろごっちゃになってるんじゃないの?」
「はい?」
「えっとね。オリヴィアは王太子の婚約者だろう?」
「ええ」
「だから、婚約者を奪った小娘である自分は、当然オリヴィアから虐げられるとか思いこんでんじゃないの?」
「なるほど? わたくしがいわゆる物語の『悪役令嬢』で、彼女が『心優しき可憐なヒロイン』といった役割で?」
「うん。彼女の中では『悪役令嬢』が処刑され、王太子とヒロインはしあわせになるはずだった。なのに処刑されたはずの『悪役令嬢』は生き返りそうだし。生き返ったら、今度は自分が処刑なり仕返しなりされると思い込んでいるとか」
「まあ……。王太子殿下はともかく、そんな小娘さんに、わざわざ時間をかけるほどの価値はございませんのにねえ……」
オリヴィアが頬に手を当てて、実に面倒そうに息を吐いた。
『聖剣の神』は思わず苦笑した。
「ま、ああやって、ヒロイン気取りで怯えていればいいんじゃない? わざわざオリヴィアが『ざまぁ』なんてしなくても」
「その『ざまぁ』とはなんですの?」
「んー、定義はむずかしいけど。やられたことの仕返しをして、『ざまあみろっ!』ってスカッとする感じかな?」
オリヴィアは「なるほど。スカッとするのは大切ですわね……」としばしの間、何か考え込んでいた。
「うん。オリヴィアが『ざまあみろ』って言いたい相手、いる? 王太子とか、聖剣の騎士とかはどう?」
オリヴィアは、その問いには答えず。
「とりあえず、ディラン様が今どうなさっているのか……見に行かねばお答えもできませんわね……」と、ぼそりと告げた。
王都郊外まで、空を飛んで。
次にオリヴィアと『聖剣の神』がやってきたのは処刑場だった。
「あらっ! 九十九日ぶりのわたくしの肉体っ!」
処刑台の近くに降り立ったオリヴィアは、十字に磔にされている自分の体をしげしげと見上げたのだった。
「意外に汚れていませんのね」
「うん。時間を止めているからね。生きている時そのままさ」
「まあ、すごいですわ。さすが神様っ!」
ついでにとばかりに周囲の様子を見れば……。
「あ、あの……、地面にずいぶんと剣が突き刺さっておりますが……」
「ああ。あれね……」
『聖剣の神』は、乱立している剣を指さしながら、数え始めた。
「あっちが、『聖剣』でしょ。それから、ほかにも地面に突き刺さっているのが、一、二、三、四……」
オリヴィアも広場の地面に突き刺さっている剣の数を数えだした。
「ええと……合計百ですか? 二百ですか? 数えるのも面倒なんですが……。あれ、なんですの?」
「……あれね、『聖剣の騎士』が王太子の命令で、処刑後も、再度、君の体を剣で突きさそうとして……」
「えっ!」
「今はね、ボクが君の体を守っているから、ボクの障壁に阻まれて、空を飛んで地面に突き刺さった剣……だね」
「まあっ! つまり、ディラン様は、わたくしの体を、あの剣の数ほど突き刺そうとしたというのですかっ⁉」
「そういうこと、だね……」
恨みでもあればともかく。
命令のままに剣を突き刺すことができるとは。
「……ほんっとにっ! ディラン様ってなんなのです⁉ 命じられれば、何の疑問を持つことなく、剣をわたくしの体に突き立てる? 頭がおかしいんですのっ⁉」
オリヴィアはわなわなと震えた。
「そんなおかしな人間に恋をしていたなんて……、黒歴史もいいところですわっ!」
「うん、まあ……過去よりも、未来に突き進もうよ」
黒歴史なんて言葉をオリヴィアがおぼえたのもボクのせいだなあ……。ああ、空が青いなあ……などと、思わず上を見上げた『聖剣の神』だった。
「どうするオリヴィア。明日、生き返る……?」
息を吸って、吐いて。
それを何度か繰り返して。
オリヴィアは、一つ頷いた。
「わたくし、神様にお願いがございます」
そうして、100日目の朝がやってきた。