第六話 処刑から七十一日目・オリヴィアの期待
2025年2月21日
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「おかしな令嬢? まあ、ひどいですわ。わたくし、ごく普通の侯爵令嬢にすぎませんのよ」
『処刑』され、精神のみが『聖剣の神』のところにやってきた当時のことを、思いだしながら『聖剣の神』が語れば、オリヴィアは口をすぼめた。
「恋に破れて、自棄になって、愛する人の手によって死にたい……なんて、脳内がお花畑の小娘でもありますけれどね」
「……自分で自分をわかっていれば、いいんじゃない?」
「まあ、ひどいわ『神様』。少しくらいはわたくしを慰めてくれたってよろしいではないですか」
「……慰めるも何も、オリヴィア、君、平然としているし」
「あら、わかります?」
オリヴィアはいたずらっ子のようにニコッと笑った。
『聖剣の神』はわざとらしくため息をついた。
「だいたいねえ、この新聞記事の『手記』ってなんなのさ」
どこから取り出したのか、『聖剣の神』は、手にした新聞をピラピラと振った。
「あら? わたくしの『手記』が新聞に掲載されたのですね」
「そうみたい。すごい勢いで売れてたよ」
「そうですの? 『神様』、わたくしにも、その新聞の記事、見せていただけます?」
手渡された新聞を、オリビアはじっと見た。
自身が書いた『手記』の部分はざっと確認をしただけで、その前後に書かれた、新聞記者による文章を声に出して読む。
「ええと……『……以上が、『オリヴィア・L・ヒューレット侯爵令嬢の手記』からの抜粋である。
約七十日前、オリヴィア・L・ヒューレット侯爵令嬢が『聖剣』による『審判の刑』に処された。
このことを読者諸君もご存じのことだろう。
円形闘技場に足を運び、実際に『聖剣』に心臓を突かれたオリヴィア・L・ヒューレット侯爵令嬢の姿を見た者も多くいるだろう。
オリヴィア・L・ヒューレット侯爵令嬢は、処刑場で磔にされたまま、100日間放置される。
その間、処刑場の観客席から、彼女の姿を見に行く者は大勢いる。
そう、この記事を書いている記者である私もだ。
『審判の刑』など単なる『公開処刑』。
そのはずだ。
なのに、『聖剣』で心臓を貫かれたはずのオリヴィア・L・ヒューレット侯爵令嬢の死体は……七十日を経た現在も腐っていない。
仮に剣で貫かれていなかったとしても。
すでに七十日、磔にされているのだ。
生きているはずはない。
なのに、死体は腐らない。
これは、もしかしたら、『伝説』は本当で、100日後、彼女は復活を果たすのかもしれない。
この記事を読んでいる読者諸君。
嘘だと思うのならば、君たちは君たちの目で、処刑場の彼女を見るがいい。
美しい人形が、そこにいる。
遺体のはずなのに、腐らずにいるその体を、見るがいい。
……刑から100日後。つまりはあと三十日。
『伝説』の再来を、我々は、この目で見ることができるのかもしれない……』ねえ」
読み上げたオリヴィアは、ふふふと笑った。
「わたくしの死が、王都の皆様の娯楽になったようで何よりですわ」
『聖剣の神』はあきれ顔で、オリヴィアを見た。
「君ねえ……娯楽の提供のために、処刑されたのかい。それかこの手記って、敢えて大げさに書いていたりするの?」
「いいえ。手記を書いている時は、これ、かなりの本心でしたわよ。愛する男の手によって死にたいと。……まあ、今となっては噓のようになってしまいましたけど」
オリヴィアは、自嘲するかのようにふっと笑った。
「馬鹿々々しいことに、わたくし、死ぬ寸前まで、脳内がお花で埋め尽くされたような、盲目的な恋に生きる阿呆でしたのよ」
冷めた目のオリヴィア。
『聖剣の神』は眉根を寄せた。
「死ぬ寸前ってことは、その寸前に君の考えを変える何かがあったってこと?」
オリヴィアは再び笑った。いや、嗤った。
「わたくしね、ディラン様に『聖剣』で心臓を貫かれる直前まで、ディラン様に期待していたのです」
「期待?」
「ええ。わたくしを、ディラン様の剣で殺すのだから、そこになんらかの感情が表れると。悔やんでくださるかもしれない。本当はわたくしを愛していたのだと後悔なさるかもしれない。なんらかの言葉をかけてくださるかもしれない。たった一言でもいい。愛していなかったでも、すまないでもいい。何か、言っていただけると思っていた。いいえ、言わずとも、なんらかの感情を表してくださると……」
オリヴィアの顔は、平然としたまま。だけど、発する言葉は揺れていた。
「でもね、神様。ディラン様は、わたくしを剣で突き刺すその瞬間。何も言わず、ただ役目だからと、何の感慨もなく、わたくしを刺した。料理人が、ニワトリの頭を落として捌いて肉にするのと同じよ」
「は?」
「無表情、無感動。感情を押し殺してやむなくではなく。ディラン様は本当に淡々と、それが『聖剣の騎士』の役目だからと、躊躇もなく、わたくしを殺したの」
信じられませんわよねえ……と、オリヴィアは笑顔を作るが、その手は震えていた。
「……あのさ、そのディランとやらがオリヴィアを愛していたのかどうかはともかく。少なくとも、知り合いでしょう? オリヴィアはディランとやらに求婚もして、駆け落ちしようと言ったんでしょう?」
「ええ、そうですわ」
「そんな相手に何の感慨もなく、剣を突き刺す?」
「事実、わたくしは、そうやって、殺されました」
「いや、だって……」
信じられないと『聖剣の神』は何度か繰り返した。
「何の感情もなく、オリヴィアを殺したってんなら、そのディランとかいうヤツ、頭、おかしいだろう」
「そうですね。もっと早く、そのことに気がついていればわたくしもよかったのかもしれませんけど……」
「……いつ、気がついたのさ」
「わたくし、磔にされる時から、ずっとディラン様を見ていたのです。手をロープで縛られて、足も……。長くはないですけど、短くもない間、ディラン様は淡々とご自分の出番をお待ちでしたわね。準備ができた、さあ、『聖剣の騎士』よ、罪人の心臓を突き刺せ。頷いて、剣を構え、わたくしの心臓を突いて……。何事もなかったかのように、剣を鞘に収めて……」
「何なんだよ、そのディランってやつ。理解不能っ!」
オリヴィアは「本当ですわよねえ」と、ふっと笑った。
「きっと……、ディラン様はご自分の意志などない方なのですわ」
「はあ?」
「誰かに、言われたとおりに、その通りに、従うだけ」
「へ?」
「わたくしから愛していると言われれば、ディラン様もわたくしを愛すと言い。わたくしと別れろと言われれば、その通りにする。『聖剣の騎士』になれと命じられれば騎士になり、わたくしを殺せと言われれば、殺す」
「意思のないニンゲンなの?」
「他人の言うとおりにする人間なのでしょうね」
「はあ⁉」
「そうでなければどうして。愛していると駆け落ちまですると言ったこのわたくしを、手の震えもなく、何の躊躇もなく。戸惑いも、激昂も何もなく、淡々と剣を突き立てることができるというのでしょう」
オリヴィアは、奥歯をぐっと嚙み締めた。その様子は、まるで泣きたくないと、涙をこらえているかのようだった。