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第四話 処刑から七十日目・『悪役令嬢の手記』

誤字報告ありがとうございます!助かっております‼

 《  この手記が公開される頃には、もう、わたくし、『悪役令嬢』オリヴィア・L・ヒューレットは、『王太子殿下』の『恋人』である『平民の娘』を虐げた罪で、『聖剣』による『審判の刑』に処されているわよね。


 うふふ。


 わたくしの肉体は、どうなっているのかしら?


『審判の聖剣』でわたくしの心臓を貫かれたすぐ後なら、死後硬直の最中かしら。

 もう死後硬直は解けて、わたくしの肉体が弛緩している?

 もっと後かしら? 

 肉体は腐敗して、虫でも湧いている頃?


 屋根もない処刑場で磔になって、晒し者になっているのだから……、少なくとも服や肉体は、埃や雨風によって汚れているかもしれないわね。服の色は白じゃなくて、黒にしておけば汚れも目立たずに済んだかしら。


 イマサラ言っても仕方がないわね。

 まあいいわ。


 ふふふ。


『聖剣の騎士』が、その『聖剣』によって、罪人とされた者の心臓を貫く。


 罪人とされた者が本当に悪であれば、死ぬ。

 だけど、冤罪による無実であれば、『聖剣』で心臓を突かれた後、100日後に復活を遂げる。


 ……と、言っても、我が国の初代建国王が、そうやって死後100日後に復活を果たしたという『伝説』があるだけなのよね。


『聖剣』自体は本物というか、不思議な力がある。

 だって、罪人の体を『聖剣』で切ったとしても、血は流れないのだもの。


 血が流れないから、残虐に見えない。

 だから、かしら?

 今ではもう『審判の刑』なんて、『公開処刑』という娯楽になり果てているわ。


 残虐な見世物。

 けれど、残虐に過ぎない。

 しかも、冤罪であれば、100日後に復活を果たすかもしれないというオマケ付き。


 ふふふ。


 わたくしは、もう少しでその刑に処されるの。

 王族、貴族、平民。身分差を問わず、皆様の娯楽になることができれば嬉しいわ。

 なんてね。


 ああ、でも。

 わたくしが、わたくしの刑を楽しみにしているのは本当なの。


 だって、『審判の刑』を実行するのは。

『聖剣の騎士』であるディラン・A・フォスター様なのだもの。

 青銀の短めの髪。

 青く晴れ渡った碧空の色の瞳。

 すっと伸びた背筋。

 わたくしはディラン様に、再びお会いするためだけに、この『審判の刑』を受け入れたのよ。


 うふふ。

 早くお会いしたいわ。


 え?

 わたくしの婚約者であるエリオット・G・グレンヴィル殿下が、平民の恋人を作り、嫉妬によって、その平民の娘を虐げたから、わたくしは、刑に処されるのではないのかって?


 まあっ!

 エリオット殿下なんて、どうでもいいのよ。

 王命だから、婚約を受けざるを得なかっただけ。

 愛していないどころか、興味すらないわ。

 恋人? いくらでも作ればいいのよ。わたくしには関係がない。


 でも、冤罪でも、わたくしを『審判の刑』に処してくださるのだから、ありがたく『悪役令嬢』の汚名でも着させていただきましょうか。


 感謝いたしますわ、エリオット殿下。わたくしを冤罪にかけてくださって。


 王族であるエリオット殿下が平民の娘と結ばれるために、わたくしという婚約者を『悪役令嬢』に仕立て上げ、そして『審判の刑』という名の『公開処刑』で、大々的にわたくしを断罪する。


 そのくらいしなければ、平民の娘を王太子妃にすることなんて不可能だとお考えのことですものねぇ。


 流行の小説や演劇でも参考にしたのかしら?

 ええ、まったく。エリオット殿下の叡智には拍手を送りたいほどですわ。

 ありがとうございます。


 おかげでわたくしは、愛するディラン・A・フォスター様に会うことができる。


 うふふ。


 あら、前振りが長くなってしまいましたわね、ごめんなさい。



 ここからは、わたくし、オリヴィア・L・ヒューレットが、なぜわたくしの『公開処刑』を望むのかを、お話させていただきましょう。


 そう、あれはわたくしがまだ十歳だったとき。初めてディラン・A・フォスター様にお会いしたとき。


 あの薔薇園で、誓い合った、愛……。うふふふふふ。


 皆様、聞いていただけます?



 まず、わたくし、オリヴィア・L・ヒューレットがディラン様に出会ったのは、わたくしが十歳の時。

 ヒューレット侯爵家とディラン様のフォスター男爵家は、領地がお隣同士だから、家同士のお付き合いはそれなりに長いの。

 そう……ね、寄り親と寄り子の関係に近いかしら。

 全面的に庇護をしているわけではないけれど。

 困ったことがあれば、手助けはする。

 ま、その程度なのだけど。


 ディラン様に対しては……、そうね、わたくしのお父様がその才能に惚れ込んだようなもの。


 剣技の才能。

 それは神様から贈られたと言っても過言ではない。


 ディラン様は男爵家の三男。

 家督を継ぐわけでもないから、騎士団に入るか、文官にでもなるか、自分の力で身を立てるしかない。

 あまり流暢におしゃべりなどしないディラン様だから、ディラン様のお父様は剣の道に進ませたほうが良いとお考えになったそうよ。


 そこで、ディラン様に、まず剣を取らせた。


 初めて剣を持ち、それを振りかぶり、すっと振り下ろした。


 それだけで、常人ではない才能だと、ディラン様のお父様は思ったようなのね。

 初めて剣を持ったその日、ディラン様のお屋敷の庭にあった岩を、真っ二つに剣で切ってしまったそうよ。すごいわね。剣には刃こぼれひとつなかったそう。


 下手な指導者では、ディラン様を教えることは無理だ。


 だから、わたくしのお父様に頼みに来たの。


「一流の師匠をディランに」と。


 わたくしのお父様もディラン様の剣技を見て、即座に騎士団への推薦状を書いたわ。

 国を守る騎士団の中でも、特に才能のある者が集まっている『聖剣騎士団』にね。


 そして、ディラン様は『聖剣騎士団』の『聖剣の騎士候補生』として、剣を学んでいくことになったの。


 その後どうなったかは、誰もが知っている通り。


 ディラン様は『聖剣』に選ばれ、そして『聖剣の騎士』となった。


 だから、わたくしの刑を執行するのも、ディラン様。


 そう、わたくしの、願った通り。


 ああ、先走りすぎね。

 なぜ、わたくしが、『聖剣』に、ディラン様に、剣を心臓に突き刺してほしいのか。

 その説明を飛ばしてしまったわね。


 うふふ。


 ディラン様は、わたくしの父、ヒューレット侯爵が一瞬で惚れ込んだ剣の才能の持ち主。


 当然わたくしも……よ。


 当時十歳だったわたくしは、十二歳だったディラン様に恋をした。

 初恋だったわ。


 なんて、素敵な人だろう。

 なんて、すごい才能なのだろう。


 多分、わたくしは、盲目的に、ディラン様を愛した。

 薔薇園に誘い、手をつないで歩いて……。

 思いっきりアプローチをしたわ。

 淑女らしからぬと小言を言われても、かまわなかった。

 ディラン様が、好き、だった。


 ……ディラン様も、わたくしに、好意を向けてくださったとは思うわ。

 わたくしの父が、ディラン様を後援するからだけではなく、わたくし自身を、好ましく思って下さっていると……。そう思っていたの。信じていた。


 だから、お父様にお願いしたの。


「ディラン様を、わたくしの婚約者にしてください」


 ディラン様の剣を後援するほどなのだから、もちろんすぐに承諾してくださると思ったわ。


 だけど。


「『聖剣の騎士』になるのならともかく、今は単なる男爵家の三男にすぎん。たかが男爵家に我がヒューレット侯爵の娘を嫁がせるわけにはいかん」


 それが、お父様の答えだった。


 でも、わたくしは諦めなかった。


「では……お父様。ディラン様が本当に『聖剣の騎士』になることができたら……。そうしたらわたくしをディラン様に嫁がせていただけますか?」


 お父様が推薦するほどのディラン様なら、『聖剣の騎士』にきっとなれる。


 わたくしはそう思ったの。


 お父様にもディラン様のお父様にも承諾を取った。


 だけど、正式な婚約を結ぶのは、『聖剣の騎士』になってからだと。


 わたくしはディラン様に求婚をした。


「どうかお願い。『聖剣の騎士』になって、わたくしを娶ってちょうだい」と。


 彼は二つ返事で承諾してくれた。

「はい」というお言葉が嬉しかった。

 わたくしの未来は薔薇色だった。


 ……そう、ここまでは。


 ああ……、今でも悔やむわ。


 ここで、この時点で、正式な婚約を結んでおけば……と。

『聖剣の騎士』になってからではなく、この時点で。

 わがままだと言われても、なんでも。癇癪を起してでも。


 婚約さえ、していれば……。


 不幸な出来事と言わざるを得ない。


 我が国の王太子殿下のエリオット・G・グレンヴィル様。

 そのエリオット王太子殿下の婚約者であったレイチェル様が亡くなってしまったの。


 主だった高位貴族の令嬢はすでに婚約者が決まっていた。


 わたくしは……、ディラン様が、『聖剣の騎士』になったら、婚約を結ぶ……ということになっていた。


 ほぼ確定の未来。

 だけど、書面を取り交わしたのではない。正式な婚約ではない。単なる口約束。


 そして、わたくしは、過去に王妃も輩出したこともあるヒューレット侯爵家の娘。


 レイチェル様の後釜に、ちょうどいい。


 だから、わたくしが、エリオット殿下の婚約者に決められてしまったのだ。


 嫌だとわたくしは言った。

 わたくしはディラン様と婚約を結んでいるのも同然だと。


 泣いて、叫んで、嫌がった。


 それでも……、お父様は王命に逆らえなかった。


 わたくしは、泣きながら、ディラン様の元へと馬車を走らせた。


「どうかお願い。わたくしを攫って逃げてっ! 王太子殿下の婚約者などになりたくないっ! わたくしが愛しているのはディラン様だけなのっ!」


 泣いて縋ったわたくしを、ディラン様は受け止めてくださった。


 だけど、すぐさま逃げるのは無理だった。


 わたくしが乗ってきたのは、わたくしの家の馬車。侍女も馬車の中に控えている。

 騎士団の馬車を使うのも無理だろう。


 使う前に、止められる。


 だから、わたくしたちは。


 夜中に待ち合わせて、こっそり逃げることにしたの。


 逃避行。

 駆け落ち。


 ああ、なんてロマンティックなの。


 わたくしはディラン様と結ばれるのなら、平民となってもいい。

 今は何もできないけど、ディラン様の妻となれるのなら、働いてもいい。

 ディラン様も、すばらしい剣技の持ち主なのだから、『聖剣の騎士』になることはできなくても、剣の腕で職を得ることくらいできるだろう。


 贅沢でなくていいの。

 ディラン様と二人なら、どんな困難だって乗り越えてみせる……。


 そうして、わたくしは夜中、こっそりと部屋を抜け出して、待ち合わせの場所へと向かった。


 月明りと星の明かり。

 それが、わたくしの道を照らす。

 夜中に一人、歩いていても、怖くなんてなかった。


 ディラン様との未来。

 それだけを胸に、希望に満ちて。



 だけど……、待ち合わせの場所に、待ち合わせの時間になっても、ディラン様は来なかった。



 月が傾き、東の空が明るくなって。

 空が、漆黒から瑠璃色に変わって、太陽が昇って……。


 それでも、ディラン様は、来なかった……。




 来ないディラン様を待ち続けて。

 諦めて、屋敷へと帰った。


 部屋に戻り、ベッドの中で、泣いて。


 数日後、お父様はわたくしを王城へと連れて行った。

 王太子殿下にお会いした。

 興味が持てない。

 問われたことに「はい」と「いいえ」だけで答えていたら、「大人しくてつまらない女」と王太子殿下に言われた。


 王太子妃の教育が施される。

 言われたとおりのことをおぼえる。


 王太子殿下との交流。

 わたくしから話しかけることはない。


 どうでもいい。

 逆らわないで、ただ大人しく従うだけ。


 お父様もお母様も。

 わたくしの心の傷が癒えれば、元のわたくしに戻り、真摯に王太子殿下に向き合ってくれるという希望を持っているようだけど。


 わたくしはもう、どうでもいい。


 だって、ディラン様は……わたくしを選ばなかった。

 わたくしを捨てた。


 ええ、わかっているわ。事情があったのでしょう?

 わたくしと共に逃げると、誓っては下さったけれど、だけど、一緒には逃げられなかった。


 なにかのアクシデント。

 やはりご家族を捨てられなかった。

 もしくは……、わたくしが侯爵令嬢で、ディラン様が男爵家の三男だから、わたくしからの求婚を断れなかっただけで、本当はこれっぽっちもわたくしのことなど好きではなかった。

 わたくしのお父様に支援をしてもらっているからこそ、『聖剣騎士団』に入団することができた。だから、わたくしのお父様を裏切り、わたくしと駆け落ちなどできない。また、駆け落ちなどすれば、男爵家のご家族が、わたくしのお父様から何かされるかもしれない。

 わたくしと駆け落ちするよりも、『聖剣の騎士』に選ばれたい……。


 ディラン様が来なかった理由。

 予測くらい、いくらでも、できる。


 だけど、ディラン様の本心はわからない。本当の正解は、わからない。


 ねえ、ディラン様。あなた様は、本当は、わたくしのことをどう思っていたの?


 求婚を受けてくださったのは、嘘?

 駆け落ちをしてくださると、承諾してくださったのも嘘?

 本当は、わたくしなど鬱陶しくて仕方がなかったの?


 お願いだから、本心を聞かせて。


 手紙を書いたの。

 返事は来なかったけれど。


 わたくしは、王太子殿下と共に貴族学園に入学して。

 ディラン様は見事『聖剣の騎士』に選ばれて。


 個人的にお会いすることはできなかったけれど、王城で、『聖剣の神殿』で、お姿を拝見するときは幾度もあった。

 遠目から、わたくしは、じっと、ディラン様を見つめ続けた。


 だけど、ディラン様はわたくしを見つめ返すこともしなかった。

 目が合ったときは、すぐにさっとその目を逸らす。


 ああ……。わたくしは、ディラン様に厭われているのね……。


 たったそれだけを理解できるまで、いったいどれくらいの月日が経過したのだろう。


 厭われていることが理解できても、未だディラン様をお慕いしている。

 わたくしは、馬鹿な、女。


 ああ、もう嫌だ。

 ディラン様に嫌われて、興味すら持てない王太子殿下に嫁がなければならないのか。


 なんて、不幸な人生。

 わたくし、生きている意味はあるの?

 こんなむなしい生を送るのなら、死んでしまったほうがマシではないの?

 日に日に、死への憧憬が深くなっていく。

 だけど、自分で、自分を殺すなんて、そんな神に背くような大罪を犯す勇気はない。

 苦しくてつらい。


 貴族学園に通うことすら嫌になってきたころ、学友たちから何度も忠告を受けた。


「オリヴィア様。近頃王太子殿下が、平民の小娘と懇意にしていますよ」と。


 ああ……。別にどうでもいいわ。

 平民? 懇意?

 平民では王太子殿下の妃にはなれない。

 だったら、わたくしのヒューレット侯爵家の養女にでもなって、わたくしの代わりに王太子殿下の婚約者にでもなってくれたらいいのに。


 そんな夢想さえした。


 正直に言えば、王太子妃なんてどうでもいいの。

 わたくしはディラン様のことだけを考えていたいの。

 ディラン様と添えない人生なら、そんな人生、もう投げ出してしまいたいの。


 なのに、王太子殿下と平民の女は、自分たちの恋の成就のために、わたくしを物語か演劇の『悪役令嬢』に仕立て上げようとしている。


『悪役令嬢』オリヴィアは、エリオット王太子殿下の婚約者として傲慢なふるまいをする。平民の娘、ナタリーを虐げる。それを不憫に思ったエリオット王太子殿下が、ナタリーを守ろうとすると、オリヴィアは嫉妬に駆られ、ますますナタリーを虐げる……なーんて、お粗末な筋書き。馬鹿々々しくも、自己中心的なお考えよねえ。


 王太子殿下と平民の娘が恋に落ちようが、どうなろうがわたくしにはどうでもいいのに。

 興味はない。

 放置でいいわよ。

 勝手にしたらいいわ。

 まあ、望むなら、真実の愛とやらの力で、わたくしとは縁を切っていただければ嬉しいわという程度。


 なのに。

 貴族学園のパーティの場で、大々的にわたくしを断罪してきたのよ。


「オリヴィア・L・ヒューレットっ! 俺様は貴様との婚約を破棄するっ! この可憐なナタリーを虐げる、貴様をこれ以上許すことはできんっ!」


 可憐なナタリー嬢とやらの腰を抱いて、大勢の前で、よくもまあ、恥ずかしげもなく嘘の宣言をしますこと。


 でも、ちょうどいいわ。


「婚約破棄、ありがとうございます」


 わたしは即答した。

 さっさと破棄の手続きでもしてくれればよいものを、わたくしが行ってもいない虐めだとか何やらを延々と述べてくる。


 馬鹿々々しくなったとき、まさに天啓のような考えが、ひらめいたの。


 ふふふ。


「冤罪でございますね。わたくし、王太子殿下にもそちらのご令嬢にも興味はございません」


 言いながら、考える。

 そう、これは、わたくしにとっての好機。


 ありがとう、王太子殿下。

 これで、わたくしの望みが、叶えられるわ……。


「なんだとっ! 貴様、言い逃れをするつもりかっ! ナタリーの制服をナイフで切ったり、教科書やノートを池に放り投げたのは貴様だろうっ!」

「そんな面倒なこと、して差し上げるほど、そちらのご令嬢にも殿下にも興味はございません。婚約破棄など、いつでも、喜んで、させていただきますわ」

「嘘をつくな嘘をっ! お前が行った虐めの証言はあるんだぞっ!」

「あらあら、証言など。そんなもの、捏造でございましょう? 冤罪など作り上げなくても、わたくし、殿下にも王太子妃の地位にも興味はございませんので、婚約破棄など即座に了承いたしますわ」


 水掛け論でしかない言葉を、敢えて繰り返した。

 馬鹿々々しいけれどね。


 ええ、もちろんわたくしは、始めから王太子殿下との婚約など望んでいない。

 むしろ逆よ。

 王太子殿下との婚約などなければ、わたくしは今頃、ディラン様と正式な婚約を結べたというのに。


「貴様の言うことなど信じられるかっ! 嫉妬に駆られ、ナタリーを虐げたっ! その罪、深く反省するがよいっ!」

「まあ、わたくし、殿下のことなどこれっぽっちも好きではないのに嫉妬などするものですかっ! 殿下を引き受けてくださるというのなら、わたくし喜んで殿下など、どなたにでもお渡しいたしますわよ。王命だからこそ、引き受けねばならなかった婚約。殿下から破棄してくださるのなら、ええ喜んでっ!」


 わたくしがそう主張しても、殿下は引き下がらない。


 まあ、そうよね。

 わたくしを『悪役令嬢』として貶めて、冤罪にかけないと平民の女とは結ばれないのですからね。

 殿下は『悪役令嬢』からの虐めを耐えた、可憐で、聖女のような乙女を、妻とする……なんて、宣言したいのでしょうか?


 演劇のように、観客の感動を誘って、周囲から認められれば、国王陛下だって、平民の女を娶ることを許してくださる……なんて。


 なんというお花畑思考。浅い考え。


 だけど、その馬鹿々々しい考えを、わたくしは利用させてもらう。


 ふふふ。

 即興で、考えたことだけど。

 上手くいくかしら?

 ダメで元々、やってみましょう。


「わたくしは苛めなどしていない。殿下はしたとおっしゃる。証言すら捏造でしょう。ですから、こんな水掛け論はやめて、公平な裁きを行いましょう」


 わたくしは、宣言する。


「公平な裁きだと……?」

「ええ。我が国では、それが可能ではないですか。殿下だって、この場にいる皆さまだってご存じでしょう。我が国の『聖剣』の『伝説』をっ!」


 何を言い出すのかと、皆がわたくしに注目をした。


「『聖剣の騎士』が、罪人とされる者の心臓を、『聖剣』で貫く。罪があれば、罪人は死に、罪がなければ100日後に復活する。我が国の初代国王陛下の『伝説』ですわっ!」


 そう、伝説。初代国王陛下だけが復活をして、その後、復活したものなどはいないけれど。


「さあ、殿下。わたくしを『聖剣の審判』にかけるといいわっ! わたくしは罪など犯してはいないのだから、100日後に復活を果たすでしょうっ!」


 皆に聞こえるように、大声で、わたくしは宣言をした。

 エリオット王太子殿下は、わたくしの言葉の意味が理解できなかったのか、きょとんとした顔になって……。そして、しばらくの後、ようやく笑い出した。


「ははははははっ! 気が狂ったのか、オリヴィアっ! 『聖剣の審判』だと⁉ あんなものは単なる伝説だ。100日を待たずに、お前の体は腐り果てるわっ!」

「まあ、わたくし、復活いたしますわよ。当然でございましょう?」

「ははははははっ! まあ、いい。オリヴィアが『聖剣』によって死ねば、この俺様とナタリーの愛は真実で、お前は悪役だ。ははははははっ! よかろうっ! お前を『聖剣の審判』にかけてやるっ!



 エリオット殿下が単純でよかったわ。

 うふふ。


『聖剣の審判』で100日後に復活?


 そんな伝説、わたくしだって信じていないわよ。


 あたりまえでしょう。


 いくら『聖剣』が、人間の体を貫いても血を流さないという不思議な剣であっても、剣で心臓を貫かれれば、人は死ぬの。


『伝説』なんて、建国神話というだけのモノでしょうに。


 わたくしはねえ、もう死にたいの。

 疲れたの。

 もうどうでもいいの。


 ディラン様に捨てられて。

 好きでもなんでもない王太子の婚約者にさせられて。

 このまま貴族学園を卒業したら、婚姻を結ばされる。


 嫌。


 好きでもない男に、わたくしの体を蹂躙され、妊娠して、子を産むの?


 冗談ではないわ。

 気持ち悪い。


 だったら、このまま。きれいな体のまま、死なせて。


 そう、わたくしは死にたいの。

 だから、わざと『聖剣の審判』を提案した。


 馬鹿な王太子殿下が上手く引っかかってくれてよかったわ。


 しかも。


『聖剣の審判』を行うまでは、手続きや警備の配置など、準備期間が必要なのよね。


 その期間で、わたくしはこの手記を書いている。


 ええ。わたくしの心情を、余すところなく、書き残すのよ。


 うふふふふ。


 楽しいわ。


 だって、ねえ。


 王太子の婚約者にさせられたあの日から、今の今まで。

 ディラン様はたったの一言もわたくしにかけてくださることはなかった。


 わたくしからの求婚に承諾したのは、侯爵家からの圧力故だった。

 本当はわたくしなど愛してはいなかった。

 逆に愛していたけれど、わたくしの父から脅されて、わたくしと駆け落ちをすることができなかった。

 いいえ、いっそ、「すまない」という一言だけでもいい。

 何か、わたくしに言ってほしかった。


 わたくしは、ディラン様のお気持ちが知りたかった。


 手紙の返事もない。

 目が合っても、視線を逸らされる。


 でもね、今の『聖剣の騎士』はディラン様なの。

『聖剣の審判』で、わたくしの心臓に、『聖剣』を突き刺すのはディラン様。


 ああ……、なんて素敵。


 あれから初めて。わたくしたちは向き合うの。

『聖剣』を構え、わたくしの心臓に、ディラン様が『聖剣』を突き刺す。

 その短い間で、ディラン様は、わたくしに何か声をかけてくださるかしら?


 かけてはくださらないかしら?


 まあ、それでもいいわ。

 だって所詮『伝説』だもの。

『聖剣』なんて、血を流さずに、人を殺せるだけの、単なる武器だもの。


 わたくしは、ディラン様の手によって、死ぬ。


 うふふふふふ。


 ああ、嬉しい。これ以上の喜びがあるかしら?


 ディラン様が、このわたくしを、殺すの。殺してくださるの。


 うふふふふふ。


『聖剣の騎士』のお役目だからと、何も思わないかしら?


 それとも……わたくしの手を取らずに、わたくしを殺す運命となったことを悔やむかしら。



 あははは、はははは。


 ディラン様が、後悔と共に生きてくださるのなら、わたくしは嬉しいわ。

 一生、ディラン様の人生を、わたくしという存在で縛れるのですものっ!


 ああ、愛しておりますわ。そして、憎んでおりますわ、ディラン様。


 うふふふふ。


 さあ、わたくしを殺して。

 できることならば、悔やんでくださいね。

 あの日、あのとき、わたくしと共に、すべてを捨てて、駆け落ちをしなかったことをっ!


 うふふふふ。

 あははははは。  》


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