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『処刑』され『100日後に生き返った』『悪役令嬢』の『嘘』と『真実』  作者: 藍銅 紅(らんどう こう)@『前向き令嬢と二度目の恋』書籍発売中


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第十話 『悪役令嬢』のしあわせ (最終回)

最終回です



2025年2月23日 朝 [週間] 異世界〔恋愛〕ランキング - 連載中 5位です ありがとうございます

 処刑場から元の『神』の空間に戻り、二人はほっと息をついた。


「演技がちょっとくどかったかな? まあ、いいよね。とりあえず、お疲れ、オリヴィア。言いたいことを吐き出して、ちょっとはすっきりさっぱりできた……かな?」


『聖剣の神』が聞けば、オリヴィアは「ええ、もちろんっ!」とはしゃいだ声を出しながらも、『聖剣の神』に背を向けた。


「もうとっくに、ずっと思っていたことですけれどっ! 本人に向けて、言いたい放題ぶちまけましたら、すっきりの度合いが違いますのねっ! 言いたいことを全部言い切って、サイコーの気分ですわっ! これでもう、人の言いなりのクズにも、嘘つきのクズにも会うことがないと思うとせいせいしましたしっ! 生まれ変わった気分でしてよっ!」

「……オリヴィア」


 せいせいした、さっぱりしたと言いつつも、オリヴィアの顔は、表情は、その言葉を裏切っていた。


「自意識過剰な小娘なんて、どうでもいいですし、お父様とお母様もなにやら傷ついたお顔をしていましたけどっ! ええっ! お父様もお母様も、わたくしという娘のしあわせを願って下さったのは確かではございましょうが、わたくしの望むしあわせと、お父様たちの望むわたくしのしあわせは少々違っておりましたわね。それは不幸な出来事ですが。話す間もなくわたくしが神様のお手を取らせていただいたことなど、わたくしちっとも後悔しておりませんわっ! だって、お父様に対して口を開けば、わたくし、八つ当たりとわかっていても、お父様を罵ってしまいそうですものっ! ええ、罵りたい気分なんですわたくしっ! ええ、そうですわっ! わたくし、わた、くし……」


 肩が、揺れる。


「……本当に、罵りたいのは……お父様じゃない。ディラン様でもない。わたくし自身なのよ……」


 握った拳が、震え出した。


「わたくし、本当に馬鹿なんですわっ!」

「オリヴィア」

「あんな……あんな男っ! 好きになんて、ならなければ、良かったのよっ!」

「オリヴィアっ!」


 叫んだオリヴィアの、その腕を引いた。


「無理しなくていい。泣きたいなら泣いていい。叫びたいなら叫べばいい。だけど、ボクに背は向けないで。胸くらいなら、いくらでも貸すから」


 そうして『聖剣の神』は、オリヴィアの頬を両手で包む。

 まっすぐに、目を見る。


「あんな屑でも、愛したのは本当だったんでしょう。本性が見えていなかっただけだとしても、オリヴィアは真剣だった。その想いまでは否定しなくていいんだよ」


 オリヴィアは歯を、食いしばる。


「全力で、愛した。いいんだ、それで。いいんだよ。君は、いいんだ、それで。相手が、悪かっただけだ」


 オリヴィアの瞳から、涙があふれ出た。大粒の涙が、まるで雨のようにポロポロと落ちる。


「……愛して、いたの」

「うん」

「一生の恋だと思っていたの」

「うん」

「もしも……少しでも、わたくしを、愛してくださっていたら、一言でも、何か、言って下さったら……。わたくし、ディラン様と、これからも……一緒に……なんて」

「うん」

「この期に及んで、なんて、未練がましくて、馬鹿な女、なのよ、わたくしは……」


 『聖剣の神』は後はもう何も言わず。小さな子どものように声を上げて泣きじゃくるオリヴィアを、ただ抱きしめた。



          ***



 しばらく経った後。オリヴィアは、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。


 そうして、ぽつりとつぶやく。


「……わたくし、これから、どうしましょう……」


 泣き疲れて、半ば虚脱状態だった。


「神様のそれと比較して、人間の寿命がいくら短いとはいえ、わたくし後五十年か六十年は生きるでしょうし。その間、ずっと神様のおそばで呆けているわけにもいきませんわよね……」


 神に向かって告げると言うよりも、独り言なのだったが。


『聖剣の神』は、抱きしめたままのオリヴィアの髪を撫ぜながら、「あのさー」と切り出した。


「いきなり、全然関係ない話をするけど」

「はい……?」

「ボクにはねえ、兄が一人いて」

「お兄様でいらっしゃいますか?」

「うん。その兄が、四百年前かな? 五百年前かな? まあ、ちょっと前に、ニンゲンの奥さんを娶ったんだよね」


 五百年を「ちょっと」と表現する神に、思わずオリヴィアは目を丸くした。

 それに、人間。


「ええと、寿命とかはどうなっているのですか?」


 人間なら、百年も生きれば相当の長寿だ。なのに五百年ほども前。


「うん、それだね。ボクたちの種族は、本当は神様なんかじゃないけど、数千年とか数万年とか、長々と生きる。だから、人間の奥さんをもらうにあたって、兄は自分の名前と魂と……体もだね、その奥さんと結び付けたんだ。一緒に長い時を生きよう、死ぬ時も共にってさ」

「まあ……」

「結婚以来、兄とその奥さんはずっと仲がいいよ。だから、ボクも最近は、その……奥さん、もらうのも、いいなーって、その、思い始めて」


 ぼそぼそと告げる『神』に、オリヴィアは困り顔になった。


「神様が奥様を娶るのであれば……、わたくし、おそばに居るのは、お邪魔ですわよね……」


『聖剣の神』は「なんでそーなるのさっ!」と思わず怒鳴ってしまった。バリバリと髪の毛をかき回す。

 オリヴィアは困り顔のまま、首を傾げた。


「はい?」

「違うでしょうっ! そうじゃないでしょうっ! いや、ボクの言いかたも悪かったっ! 遠まわしすぎたっ! あのね、オリヴィアっ!」

「はい」


 わかっていないオリヴィアの瞳を、睨むようにして見つめながら『聖剣の神』は言った。


「ボク、これでも三百年くらい、神様扱いされた男だからっ! 三人目のクズにはならないと思うんだよっ!」


 真っ赤な顔で、ゼイゼイハアハアと喘ぐようにして告げた言葉は。

 オリヴィアには全く通じなかった。


「はい? 神様は至高の存在であると、わたくし、思っておりますが」


 きょとん。そんな音が聞こえてきそうなほど、全く、何も伝わっていない……ということだけが、『聖剣の神』には伝わった。


「あああああああっ! もっとドストレートに求婚しないとダメかっ!」

「はい? 求婚?」

「も、いいやっ! オリヴィアっ!」

「はい」

「ボクと結婚して、ボクの奥さんになってよっ!」


 返事は、なかった。

 静寂が続く。

 まるで時が止まったかのように、オリヴィアはピクリとも動かない。

 そんなオリヴィアを『聖剣の神』は、じっと凝視し続ける。


 どのくらいの時が経ったのか。まるで永遠ともいえるような時間が経過したような気がしたが、実のところ、それほど長い時間は経ってはいないかもしれない。


 オリヴィアの瞼が、ぱちぱちと動いた。そして、いきなりすとん……と、しゃがみ込んだ。


「わーっ! オリヴィアってばどうしたの……っ!」

「こ、腰が……、ぬけ、まし、た……わ……」


 慌てて、『聖剣の神』はオリヴィアの体を抱くようにして、支えた。


「ま、まさか、神様から求婚をして、いただくとは……夢にも……思っては、いなかったもの、です、から……」


 呆然としているオリヴィアに、『聖剣の神』は苦笑した。


「ま、オリヴィアの国の人たちからは神様扱いされたけど、実のところ、単なる長命種っていうだけなんだよ、ボクらは」

「長命……の、種族……ですか……」

「そう。あとはまあ、人間からしたら、不思議な力を使うし、この通り背中に羽はあるしで、神様とか天使とか言われたこともあったけど。ごくフツーの、単なる男に過ぎないよ」


 長命と羽。それは、人間のオリヴィアからしたら普通ではないのだが。


「フツーの男がフツーの女に求婚しただけって思ってよ。ねえ、オリヴィア。ボクはオリヴィアの伴侶としてはダメかな? 考えられない? 二度あることは三度あるで、もう男なんていらないっていうんなら、兄に頼んで、オリヴィアをどこかの国で平穏に暮らせるようにしてもらうけど」


 しばらく考えた後、オリヴィアはぼそりと言った。


「どこか遠くの国には『三度目の正直』という言葉もありましたわね……」


 少しまだ、時間が欲しいような気がした。

 けれど、クズなど忘れてしあわせになりたいと願うなら。

 この『聖剣の神』の傍にいるのが……、一番の近道ではないか、と、オリヴィアには自然に思えた。


 だから、息を吸って、吐いて、そうして聞いた。


「まず、あなた様のお名前を教えていただけますか?」


 オリヴィアの答えに『聖剣の神』は笑って。


「あのね、ボクの名前はねえ……、すっごく長いんだけど……」


 その名前を、オリヴィアの耳元に囁いた。







 終わり







 完結までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!


 後書きと登場人物紹介などは、後程。


 また別のお話でもお会いできると嬉しいです(*´▽`*)

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