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第一話『悪役令嬢』の処刑

全10話くらいの短い話です。

よろしくお願いしますm(__)m

 グレンヴィル王都郊外にある処刑場。

 今日、ここで、約二十年ぶりの『聖剣』による『審判の刑』が行われる。


 真冬にもかかわらず、処刑の様子を一目見ようと、大勢の見物人が詰めかけていた。一万人ほど収容できる階段状の観客席はすでに満員だ。立ち見でも構わないと、処刑場の建物の外には、未だ行列ができている。


 王太子であるエリオット・G・グレンヴィルは、貴賓席でその様子を眺めて、高らかに笑った。


「あっはっは。見ろ、ナタリー。今日がオリヴィアの最期だ。お前を虐げた女は、観衆の前で処刑されるっ!」


 エリオットの横の席に、ちょこんと所在なく座っているのがナタリーと呼ばれた少女だ。マゼンタ色の瞳が不安げに揺れている。


「で、でも……。『審判の刑』でしょ。もしかしたら、オリヴィア様は……復活されるかもしれないわ……」


 小さく震えたその肩を、エリオットは抱き寄せた。


「安心しろ、ナタリー。『審判の刑』で復活を遂げたのは、偉大なる建国王、我がグレンヴィル王国の初代国王、ただお一人のみ。他の罪人は皆『聖剣』に刺され、その屍をこの処刑場に晒してきた」


 何十年も続いた戦乱を終わらせ、このグレンヴィル王国を建てた初代国王。


 彼は戦いの最中、今エリオットたちがいるこの処刑場で磔にされ、剣で心臓を突き刺された。

 が、その時、初代国王は叫んだ。


「神よっ! 我が正しければ、100日の後に、我を復活させよ」


 当時、処刑を見ていた観客たちは笑ったが、本当に100日の後に生き返った。


 以来、初代国王の心臓を突いた剣は『聖剣』となり、この処刑場は、冤罪にかけられ、自己の正当性を主張する罪人たちの『審判の場』となった。


 が、『審判の刑』により、磔となり、『聖剣』で心臓を突かれて……生き返った者は、初代国王以外には、ただのひとりとして、いない。


 つまり、生き返るということなどは、単なる建国神話。

 『伝説』に過ぎない。


「で、でも、初代国王陛下だけでなく、『聖剣』で心臓を突かれた罪人たちは、みんな血を流さないんでしょう……?」


 そう、単なる建国神話が、荒唐無稽な話ではなく、『真実』とされてきたのはそのためだ。

 生き返る罪人はいなかったが、それでも、『聖剣』で心臓を突かれても、一滴の血も流さないのだ。


 故に『聖剣』は、信仰の象徴のように思われ、建国から三百年が経った今もなお、『聖剣騎士団』が『聖剣の騎士』となる者を選び、その『聖剣の騎士』は人々からの尊敬を受けている。


 当代の『聖剣の騎士』は十八歳とまだ若く、その上、青銀の短めの髪と青く晴れ渡った碧空の色の瞳を持つ、背の高いなかなかの美青年だ。

 民衆からの人気も高い。


 今日も、処刑される令嬢を見物するというよりは、『聖剣の騎士』ディラン・A・フォスターの姿を見るためにやってきた夫人や令嬢も多い。


 処刑とはいえ、血は流れないのだ。

 残虐に過ぎない、よい見世物……。


 たいていの見物客は、きっとそう思っていたことだろう。


 その見物客たちが、一斉にざわめいた。


 今日、処刑されるオリヴィア・L・ヒューレットが、入口の狭い通路を通り、この処刑場の中央の広場に入ってきたのだ。


 罪人のはずであるのに、オリヴィアの薔薇色の頬には微笑みが浮かんでいた。

 背もすっと伸びて、足取り軽く、処刑場の中心にまで進んでくる。

 

 着ている服は、くるぶしまで隠すほどに長い丈の簡素な白いワンピース。だが、そんな粗末さでさえ、オリヴィアの優美さや優雅さは隠すことができなかった。


罪人を護送してきたはずの兵士たちが、まるで令嬢の護衛のように見えるほどの気品。


 処刑場の中央には、既に罪人を磔にするための台があり、そこには十字に組まれた木材がすでに用意されていた。罪人が磔にされるための、ロープもだ。


 磔刑台を見ても、罪人たるオリヴィアの表情は動かなかった。

 ぐるりと観客席を見回すと、鈴を転がすような声で、言った。


「皆様、ごきげんよう。ようこそお越しくださいました」


 白いワンピースの裾をつまみ、軽く持ち上げて、頭を深々と下げる。

 すると、ワインのような濃い紫みの赤色の長い髪が揺れた。

 赤色は目立つ。観客席の二階からでもオリヴィアの姿はよく見えた。

 完璧な淑女の礼に、観客席のあちらこちらから、おもわず感嘆の溜息が漏れる。

 顔を上げたオリヴィアは、まるでお茶会に客人を迎え入れる女主人のようだった。にこやかな笑みは崩れることが全くない。


「わたくしは、この『審判の刑』を自ら望みました。それは、わたくしが罪なき者だから。わたくしはエリオット王太子殿下の婚約者となりましたが、それは王命に従っただけ。エリオット王太子殿下の前の婚約者であったレイチェル様が、不幸にもお亡くなりになったため、このわたくしが、婚約者を引き受けざるを得なかっただけ」


 滔滔と語りだしたオリヴィアの言葉を、観客は騒ぎもせずに、聞いていた。


「エリオット殿下の婚約者にならなければ。わたくしは今頃、わたくしが『真実愛するある殿方』と結ばれているはずだった。わたくしの愛は、エリオット殿下にではなく、今、この瞬間も、その殿方に向けられております……」


 オリヴィアの言葉を遮ったのはエリオットだった。


「何を言うか、オリヴィアっ! 貴様はこの俺様とナタリーの『真実の愛』に嫉妬をし、ナタリーを虐げたっ!」

「いいえ。エリオット王太子殿下が平民の娘と婚姻を結びたければご自由にどうぞ。わたくしはエリオット殿下になど欠片の興味も持てない。故に、嫉妬など向けるはずもない」

「貴様……っ! この期に及んでそのようなことを申すかっ!」


 激昂するエリオットに、オリヴィアは冷笑を浮かべる。


「わたくしを、物語や演劇の『悪役令嬢』にでも仕立て上げなければ、王太子たるあなた様は、平民の娘と結ばれることができない……。馬鹿々々しい話にわたくしがお付き合いする義務はございませんのよ」


 ころころと声を上げて笑った後、エリオットに背を向け、オリヴィアは見物客たちに向かった。


「わたくしが『真実愛する殿方』は誰か。皆さま、ご興味をお持ちになることでしょう? わたくしの、真実の想い、かの殿方への愛。それはすべて手記にまとめてございます」


 手記、と聞いた観客たちはざわめいた。そんなものがあるのなら、読んでみたいと。


「押収されているやもしれませんが、王都にあるいくつかの新聞社、わたくしの知人たちに向けて、その手記を発送しております。それを新聞記事でもいい、どんな形でもいい。皆さまに公表をしていただきたいのです。皆さまに、わたくしは『真実』を知らしめたい」

「オリヴィアっ! 貴様何を……っ!」


 オリヴィアは、エリオットに視線を流した。


「もしも、わたくしの手記が、皆様に公表されないとしたら。それはエリオット王太子殿下のお心に、疚しいことがあるからですわね」

「黙れっ! オリヴィアっ!」

「エリオット王太子殿下。あなたが正であり、わたくしが邪だというのなら。わたくしの手記など堂々と公表してもよろしいでしょう? それともできない理由があるとでも?」


 エリオットは、オリヴィアを睨みつけたが、それ以上は何も言えなかった。


「まあ、別に。ここでこんな話をしなくとも。わたくしはこれから『審判の刑』を受けるのです。『聖剣』で心臓を貫かれ、そして100日後に復活を果たしますので。わたくしが正であることは、100日後に証明されますわ」


 ふふふ……と笑って、オリヴィアは自分から磔刑台へと向かった。


「さあ、『聖剣騎士団』の騎士様方、わたくしをここに磔にして頂戴。そして、『聖剣の騎士』ディラン・A・フォスター様」


 オリヴィアは、いったん口を閉ざし、その鮮やかなブルーグリーンの瞳で、ディランを見た。


「わたくしの、心臓を、その『聖剣』で貫くがいいわっ!」



 粛々と、刑の準備がなされていった。

 オリヴィアは抵抗など全く見せなかった。手や足がロープで縛られてても。むしろ笑顔で、磔にされた。


 ただし、その瞳は『聖剣の騎士』であるディランに向けられたまま。


 ディランは、何も、一言も、発しなかった。


 腰に下げた『聖剣』を構え、オリヴィアの真正面に立ち。


 そして、その剣先を、オリヴィアの心臓に当てた。


「……ディラン様。わたくしに何か言うべきことはございますか?」


 オリヴィアが、小さく言葉を発した。

 これまでの、堂々とした態度とは異なり、その声は震えていた。


 ディランは、何も言わなかった。

 オリヴィアは、ディランを見つめ続けた。


 刑の手順通りに、『聖剣』を罪人の心臓に当て、そして、力を込めて、心臓に突き刺した。


 血は流れない。


 けれど、オリヴィアの心臓は止まり、呼吸も止まった。

 それでも、オリヴィアの瞳は、ディランを見つめたまま。


 複数の兵が、オリヴィアの死を確認して、刑は終わった。


 いや、違う。


 このまま100日間、死したオリヴィアの体はこの処刑場に磔にされ続ける。


 無言で、磔刑台から去るディラン。

 貴賓席からは、エリオットの高らかな笑い声が響いてきた。



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