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モリード

作者: さのっち

 都心から約三十分ほど離れた駅前にモリードというファストフード店がある。カウンター越しに接客するタイプの店だ。

「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか」

 百目鬼裕太は笑顔で客を迎える。客はハンバーガーとドリンクを注文し、裕太は復唱する。お会計を済ませ、番号札とドリンクを客に渡した。

「百目鬼君、ここちょっと掃除しておいてくれる」

 床を指さして一人の女性が言った。ネームプレートには碇とある。五十代くらいでつり目が印象的だ。

「百目鬼君、これ倉庫に入れておいてくれる」

 床掃除を終えた裕太に碇が言う。資材が入ったダンボールを裕太は渋々運んだ。

「はー、マジむかつく」

 裕太は倉庫で呟く。

 碇を始め、同僚は全員自分に冷たい。面倒な仕事は全て自分だ。自分より後輩の桜井には皆優しくしているのは何故なのか。裕太はそう考えていた。

「百目鬼さん、大丈夫ですか?」

 裕太が顔を上げると、倉庫の入口に桜井が立っていた。桜井香織という一年後輩の女性アルバイト。アイドルにいそうな顔立ちで、職場の皆からも好かれている。裕太にも優しいので、裕太自身も憎めないでいる存在だ。

「一人で大変そうだと思ったのですが、お手伝いできることはありますか?」

「ありがとう。でも大丈夫、もう終わるところだから」

 裕太は桜井を見送り、倉庫を後にする。その後定時まで接客をやって帰宅した。

「もしもし、今大丈夫?」

 自分の部屋で裕太はスマホで電話をする。

「うん、裕太君はバイト終わりかな。お疲れ様」

 電話の向こうにいるのは白石由美子という裕太の彼女。大学では同学年だ。

「今日さ、めっちゃ嫌なことがあったんだよね」

「そうなんだ。私で良かったら聞くよ」

 裕太は碇に対する不満や、同僚の愚痴などをひととおり話した。

「それは辛かったね。頑張ってる裕太君素敵だよ」

「ありがとう」

 裕太と由美子はしばらく会話を続けた。お互いどれだけ相手を愛しているかを話して電話を切った。

 裕太は、世界中の人が由美子みたいに優しい人であればいいのにと思った。せめて碇だけでも、と願いながら眠りについた。


 スマホのアラームで目を覚ました裕太はスヌーズ機能を止める。大学二年生の裕太は一人暮らしで、七畳の小さなアパートの部屋に住んでいる。両親からの仕送りと、アルバイト代で生計を立てているのが現状だ。ソファベッドと勉強机、回転式の小さな本棚があるシンプルな部屋だ。風呂とトイレは一緒で、キッチンはとても狭い。洗濯物は近くのコインランドリーを利用している。

 歯を磨いて裕太は朝食をすませる。昨日コンビニで買っておいたサンドイッチをインスタントコーヒーで流し込んだ。

 今日は昼からモリードのバイトがあるので、支度をして出かける。モリードまで自転車で十分弱の道のりだ。今は十月なので気温は比較的心地いい。

 モリードに着いて、制服に着替える裕太。制服はTシャツとエプロンと帽子が支給され、ボトムスと靴は黒い色のものを各自で用意する。今日のシフトも碇がいるので、若干憂鬱な気持ちでカウンター内に向かった。

「裕太君、今日はよろしくね」

 言われた裕太は、声にならない声を発した。なぜならそこにはいる筈のない人がいたからだ。由美子がモリードの制服を着てそこにいた。

「なんでここに?」

「なんでってなにが?」

「なんで由美ちゃんがここにいるの?」

「裕太君ちょっと疲れてる?今日はシフト一緒だよ」

 裕太は困惑した。由美子はモリードで働いていない。それは確かだ。なのに由美子はここにいて、シフトが一緒だという。これは夢か何かだろうかという思いが頭をよぎった。

「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか」

 心ここにあらずという状態のまま、裕太は接客を続けた。隣のカウンターには由美子がいる。いつもはそこに、碇がいる場所に。

「裕太君、一緒に掃除しよっか」

 床の掃除を手伝ってくれる由美子。いつもは碇から指示されるだけだから不思議な感覚だった。

「裕太君、倉庫に荷物一緒に運ぼう」

 倉庫に荷物を運ぶのも手伝ってくれる由美子。碇は絶対に手伝ってくれないから単純に嬉しかった。

「百目鬼さん、由美子さんと仲いいですよね」

 桜井も倉庫に様子を見に来た。桜井と由美子も旧知の仲という感じで会話をしている。これは一体どういうことなのだろうかと裕太は考えた。

 考えても答えが出ないまま、定時になったので裕太は帰宅することにする。

「もしもし、今大丈夫?」

「うん、裕太君今日はバイト頑張ってたね」

「ねえ、変なこと聞いていい?」

「なに?」

「由美ちゃんって、いつからモリードで働いてるの?」

「いつって、裕太君と同時期に入ったじゃない。忘れたの?」

「そうだったっけ?僕の記憶だと、由美ちゃんは最寄りの本屋でバイトしてなかった?」

「そんなことないよ。裕太君なにかあったの?」

 裕太は部屋で由美子に電話しながら、戸惑っていた。自分の記憶と由美子の記憶に齟齬がある。確か由美子は本屋でバイトしていると言っていたし、裕太も本屋で働いている姿を見たことがある。でも今はそうではない。そうではなくなったのか。

 いつもどおり愛を伝えあって電話を切った裕太は、寝支度をしてベッドに入った。


 裕太は教育学部で、今日は単位に必須な授業を取りに来た。ただこの教授が裕太にとっては嫌な人で、高圧的で乱暴なものいいをする初老の男性だ。とはいえ、この授業を由美子が取っていたのがきっかけで友達になり、そこから交際に発展したので恨み切れないところはある。

 学生が席に着いて待っていると、由美子が教室に入ってきた。裕太は自分の隣に来るかなと思っていると、教壇に向かっていく。

「それでは授業を始めます」

 由美子が学生たちに向かって言った。裕太は何かの冗談かと思ったが、そのまま授業が進んでいく。学生たちは当然のように授業を聞いていて、誰も何も言わない。

 おかしい。なぜ由美子が授業をしているのか。そして誰もがそれを当然のように受け入れている。

「ねえ、由美ちゃん。なんで授業してるの」

 授業を終えた由美子に裕太は話しかける。

「なんでって、私は教授だからだけど」

「そうだっけ、僕と同じ学生じゃなかった?」

「裕太君、ちょっと疲れてる?」

「いや、確認したかっただけだから」

 裕太はそれ以上問い詰めるのはやめた。どうも会話がかみ合わない。裕太は自分の頭がおかしくなったのか、それとも夢か幻を見ているのかどちらなのか。


 大学の後、モリードに行く裕太。着替えて店内に着くと、目を疑った。

「裕太君、おはよう」

「おはよう、裕太君」

 由美子が二人いる。

「なんで?」

 裕太が驚愕して瞬きをすると、さらにおかしなことが起こった。今そこにいた筈の同僚の服部という男性の姿が、由美子に変わって三人に増えた。

 裕太は自分の目がおかしくなってしまったのかと思って目をこする。すると今度は店内にいた客の一人が由美子に変わる。つまり四人に由美子が増える。

 瞬きをする度に由美子の数が増えていき、ついに裕太以外の人間の姿が由美子になってしまった。

「裕太君、望みどおりになったね」

 すべての由美子が同時にそう言った。次の瞬間、裕太の意識は暗闇に落ちた。

世にも奇妙な物語、のようなものを意識して書きました。

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