†要請†瑞智 紗貴Ⅱ
『失礼します』
紗貴は、担任に頼まれたクラス全員分の春休みの課題を抱えて職員室に入っていった。休み時間ともあって職員室内は教師と生徒でごった返している。迷わず担任の内田教諭のデスクへと紗貴は進んで行った。
『内田先生、持って来ました』
そんな紗貴の言葉に内田教諭は向き合っていた答案用紙から顔を上げる。
『ああ、瑞智さんありがとう』
礼を言いながら紗貴からノートの山を受け取った。どこかカーネル・サンダースを彷彿させるこの教員の担当科目は英語だ。
『……由貴……?』
紗貴は図らずも視界に飛び込んで来た名前と点数に眉をしかめる。思わず疑問形にしてしまったのには訳がある。
名前の欄だ。
λuki Wizucчi
普通に言う誤字という次元を軽く飛び越えている。更には“-15”という目を疑いたくなるような信じられない点数が赤く書かれていた。
しかも、それがまさかの身内の答案用紙とあっては絶句するしかない。
『先生……あの……』
遠慮がちに口を開いたクラス委員長に、内田教諭は苦笑を漏らした。
『ああ……瑞智さんの弟さんなんだよねぇ……』
何と無く居心地が悪くて紗貴は思わず頭を下げた。
『すみません』
そんな紗貴に、内田教諭は緩く首を横に振る。
『いやいや、瑞智さんが謝る事じゃないからね』
―― それに、人にはそれぞれ得手不得手があるからね
由貴の間違いを“得手不得手”の一言で片付けてしまって良いものかどうかは置いておくとして……このままではいけないと危機を察知した内田教諭は、既に対策を考えていた。
『課題をね、出すから……瑞智さん、時間がある時で良いから見てあげてね?』
どうやら、その課題を元に放課後補習授業が行われるらしい。断る理由がどこにあろうか……紗貴は一も二もなく頷いたのだった。
『不肖の弟ですが、よろしくお願いします』
……と、ここで話は冒頭に戻る。課題に手を付けた形跡はなく。これから付けようという意思すらないと見て取った紗貴。
危険を察知した由貴は敦を伴い逃走を図った。だがそれすら紗貴には予想の範疇で……恐らく、先ずは同い年の友人のところへ駆け込むだろう。
しかし、最終的に行き着くのは“彼”のところしかない。それからの行動は速かった。電話を掛けてから弟の部屋に入り、ナップサックに課題を押し込んで自転車で先回り。
―― 無論、ただで引き受けてくれる程相手も聖人君子ではなく……
まあそこは大人の事情と相成るので敢えて触れまい。
※※※※※※
「……ってな訳で、お前の課題も準備済みだ。覚悟はいいな?」
緋岐は言いながらテーブルの下からゴソゴソと課題の山を取り出した。
「やだあぁぁぁあぁああぁぁああぁあぁっ!」
由貴は涙を目に浮かべて必死に駆け出した。その表情は恐怖に戦いている。
……それだけ、緋岐の教え方は厳しい。まさにスパルタ式なのだ。
勢い良く玄関から飛び出そうとした。
―― が……
「毎回、同じ手に引っ掛かってくれて助かるよ」
ニッコリ微笑む緋岐。由貴は迫り来る緋岐から何とか逃げようと内鍵と奮闘する。
「頼むっ!お願いだから開いてくれ!」
だが無情かな……由貴の願いは届く事なく。
「観念しろ。俺がみっちり叩き込んでやる」
鬼……もとい緋岐に首根っこを鷲掴まれてズルズルと引き戻されたのだった。
NEXT panelist→癒し