†蘊蓄†相模 蕎Ⅱ
「何で、干支に竜がおるんか……牛がなんで十二星座と被っとるんか、気になるっちゅう事か」
何故か蕎の前に正座でかしこまる由貴と敦。
蕎の言葉に何度も頷く。
「蕎、歴史とかこういうのに関する知識すごいじゃん。だから知ってるかなって……」
由貴が伺う様に聞けば、蕎はゆっくり頷いた。
「知っとるで。そもそも、十二星座の真似とちゃう」
突然覆された真実に、由貴と敦は顔を見合わせた。
「【子】は【孳】と書かれるんがホントまや。「ふえる」を意味しとる言葉で、新しい生命が種子の中に萌し始める状態を表してんねん。【丑】は元々【紐】。「ひも」「からむ」やったんや。芽が種子の中に生じてまだ伸びることができない状態を表しとるんや」
思わず、蕎の話に聴き入る由貴と敦。
構わず蕎は続ける。
「つまり、植物ん成長の過程を12等分して考えとったんや」
「……で、何で牛が被る事に繋がるんだ?」
蘊蓄に痺れを切らした敦が、もどかしそうに蕎に聞く。
「……星座との因果を言っとるんやろ。それは関係あらへん。偶然や……」
既に由貴は話に着いて来ていない。
「ええっと……つまり……どういう事?」
敦が遠慮がちに問う。
「干支にもそれぞれ意味があるっちゅー事や」
「えっ!?十二星座をパクったんじゃねえって事か!?」
やっと蕎の言わんとする事が理解出来たらしい由貴が驚愕も露に言う。そんな由貴に、蕎は呆れた様に溜息をついた。
「せやから、さっきから言うてんやろ」
そう頭に付け加えてから蕎は続ける。
「【ねずみ】はすぐに子ねずみが増え成長するやろ?せやから、子孫繁栄や。【牛】は昔から、肉は大切な食料やし力は労働には欠かせへん。つまり社会に密接に関わる干支やな」
―― せやった………
ふと、ここで何やら思い当たる事があるのか、一人そう言って何か納得したように頷いた。
無論、由貴と敦に判るわけがない。
追いてけぼりの二人を余所に、心なしか生き生きと蕎は語りだしたのだった。
「干支っちゅうのは十二生肖とも呼ばれとってな。昔ん人は事象をこの十二で言い分け、認識しとってんで」
例えば
時間であり
方角であり
季節であり……
十二生肖は、人々の営みと密接な関係にあった。
それは、人が時間に支配されていない
空気を肌で感じ
自然と共に生きていた
そんな遠い昔……
「昔は、月日の数え方も十二生肖やってん」
「え?どういうことだ?」
蕎の言葉に、由貴は首を捻る。そんな由貴に敦はしたり顔で頷きながら言う。
「つまり、あれだろ?今で言う5月1日を辰月の子の日って言うみたいな?」
敦の言葉に蕎は一つ頷いた。
「陰陽道では北東……つまり丑寅を鬼門として鬼が侵入して来る方位やと嫌われとったんや。時間で表すと、丑の刻の午前一時から三時やな。せやから【丑月の丑の日の丑の刻】に効力は高まるんや」
―― 何の効力!?
そんな疑問は寸でのところで飲み込んだ。
誰だって命は惜しい。触らぬ神に祟り無しだ。
―― が、目は口程にものを言う……
物言いたげな由貴と敦の様子に蕎は何やら悟ったらしく、舒ろに口を開いた。
「勿論……呪術の効力が増すんや」
―― だから聞きたくなかったのにっ!
そんな抗議を由貴と敦は寸でのところで飲み込んだ。
今は4月上旬……奇しくも旧暦では如月、十二生肖では【丑月】に当たる。
「しかも、今日は丑の日や」
―― だからこそ、呪い反しを更に返すには最適なんよ
そう嘯く蕎の大頬骨筋は、微かに吊り上がっており………
由貴も敦も一瞬で凍り付いた。
―― 蕎が笑った!
しかも、明らかに、腹黒い何かを秘めてっ!
恐怖を目の当たりにした由貴と敦……動けない二人に、しめたとばかりに蕎が動いたのはその時だった。
―― プチッ……
「!?なっ……えっ!?」
いきなり頭皮に走った小さな衝撃に、敦は我に返った。視線をさ迷わせ、ある一点が視界に入った瞬間悪寒が走り抜けた。
そこにあったのは ――
「………蕎……?それは……その手にある黒い毛は……まさか…………」
敦の震える声に、蕎は何でもない事の様に軽く一つ頷いた。
「……つかぬ事をお聞きしますが……ボクの髪の用途を伺っても……」
「呪術の道具や」
―― 聞かなきゃ良かった!
何故か丁寧語で尋ねる敦を一刀両断。打ちひしがれる敦の肩を、労いの思いを込めて由貴は叩いた。
「等価交換やろ。お前らん疑問に答えてやったんや……これくらいん代価は安いもんとちゃうんか?」
―― いやっ!微妙にまだ何か疑問残ったままなんだけど!?
そんな事が言える訳もなく……
「あっ……ああそうだよな!ありがとう蕎!じゃあまた明日学校で……」
由貴の言葉に敦も立ち上がろうとしたのだが……
「何言うてるんや。まだ付き合ってもらうで?」
―― 金縛りパート2キターッ!
敦の身体は、びくともしない。
顔は青白く、その頬を冷や汗が伝う。
必死に……力を振り絞って首だけ動かす。何とか視線を動かして、この場で唯一の味方に助けを求めた。まさに“藁をも掴む思い”である。
由貴は、そんな必死な形相の敦と無表情のまま立っている蕎を見比べ……そして……
「すまん敦……俺だってまだ死にたくないっ!背にヘソは変えられないっ……許してくれ!」
そう言って涙の決断を下したのだった。
―― お前の犠牲は無駄にしない!
そんな固い決意と共に走り去る。
「薄情者ー!しかも何だよ“ヘソ”ってピンポイント過ぎだろ!?それを言うなら“腹”だろうがぁ!」
見捨てた戦友に非難を浴びせる敦……言葉の訂正も忘れてはいない。こうして尊い犠牲を残し、由貴は次の目的地へと旅立ったのだった。
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