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干支に纏わるエトセトラ  作者: 梨藍
とある少年の憂鬱
2/13

†漫才†高条 敦

「よっとっ!」


少年はそんな掛け声と共に、石段を二つ跳びで軽快に登って行く。

そして、勝手知ったる道場の門をくぐり、迷わず母屋へと向かった。


少年の名を高条(たかじょう) (あつし)という。


眉間に刻まれている幼い頃に見舞われた事故の名残が、何とも痛々しいのだが、『第三の目があるんだぜ♪』などと宣っており、本人は全く気にしていない。


由貴とは幼稚園から高校まで同じという腐れ縁だ。

180cmを裕に越す身長は、由貴にしてみれば羨ましくて仕方がない。


『身長を半分くれっ!』

『おまっ!半分もなくなったら俺90cmなミニマムになるんだけど!?』


ここ最近交わされる、彼らの挨拶である。


「ちわーっす!」


開け放たれた玄関から一応自分の来訪を告げてから、敦は玄関先から庭へと足を踏み入れた。

そして、直ぐにお宝ならぬ幼馴染みを発見したのだった。

どうやら、春の陽射しに誘われて夢の中を散歩中の様だ。


「おーい……ゆきぃ~……ゆきチャ~ン……起きろー……」


揺さ振りながら、遠慮がちに声を掛ける。が、こんなもので起きる由貴ではないことは先刻承知の上だ。

アーモンド型の漆黒の瞳がキラリと光る。


「必殺……」


言ってから、そっと屈んで由貴の耳元に顔を寄せる。


「桃色吐息」


言うなりふぅっと息を吐きかけた途端……


「〇☆¥$£%#*!?」


何とも形容し難い悲鳴と共に、由貴は飛び起きたのだった。


「敦ぃ~!!」


耳を押さえ、顔を赤くし由貴が唸る。


「起きないからだよ!」


勝ち誇ったように敦は言いながら由貴の隣に腰を下ろした。

この二人、並べば全てが対照的だ。陽の光を浴びてもどこまでも黒い敦の髪に対し、由貴は陽が透けてほんのり茶毛に見える。身長も、頭一つ分は違うだろう。

敦は見るからにスポーツマンだが、由貴は一つ間違えば最近流行りの草食系男子に見えなくもない。

由貴の理想は無論、敦なわけで……


「………」


敦は、隣の熱視線に耐えられなくなって口を開いた。


「何だよ」

「お前のその喉仏をくれっ!」


真面目な顔をして何を言い出すかと思えば……


「身長じゃねえのかよ……」


予想外の返答に拍子抜けした敦は、思わず聞き返す。


「身長ならくれるのか!?」

「やらねえよ!」


敦は由貴の希望に満ちた声を間髪入れずに一蹴したのだった。

目下、由貴が羨んで止まないのは身長だけではない。話す度に誇らしげに動く、敦の立派な喉仏が欲しくて堪らないのだ。


そんな敦は聞き心地の良いテノール。

対する由貴は、ボーイソプラノだ。


街を並んで歩けば『あらお兄ちゃん、弟の面倒見てるの?偉いわね』など言われる始末。


―― だがまあ……


昔“妹”と間違われていた頃に比べれば大きな一歩である。


「何だよ……ケチケチすんなよ“同じ穴の無知穴”じゃんか……」


しょんぼりと意気消沈して文句を垂れる由貴に、敦はすかさずツッコミを入れる。


「無知なのはお前だけだろ……っていうか、どんだけ穴が好きなんだよ……それを言うなら“同じ穴のムジナ”だろ?」

「細かい事気にすんなって!お互いホクロの数まで知ってる仲だろ!」

「いかがわしい言い方すんなよっ!……っていうかお前のホクロの数とか知らねーしっ!」


最早、ツーカーの仲と言っても過言ではなかろう言葉の応酬である。

由貴が絶妙なタイミングで、敦に尋ねる。


「……“イカ皮しい”って何だよ。何でイカの皮がそこで出て来るんだよ……」


………………………………………………


気のせいだろうか?春だというのに、一陣の木枯らしが吹き抜けた様に感じた。

真顔で聞いてくる由貴に、敦は真顔で聞き返す。


「……何で、そこで魚介類が出て来るんだ……?」


あらぬ方向に進んで行く果てしない言葉のキャッチボールに終止符を打ったのは、以外にも由貴だった。


「……で、何の用だよ?」


敦は由貴の言葉に本来ここに来た意味を思い出した様に、ポンッと一つ手を打つ。


「バスケしようぜ!」


敦は、ここら近辺の界隈では知る人ぞ知る、無類のバスケ馬鹿だ。どこぞのスポコン漫画よろしく『ボールは友達』と言って憚らない。それどころか、『一生の恋人』だと心酔し切っている。

そんな敦にとっては、大変ショッキングな事が起こった。


「今日は部活がないんだよっ!」


そう……つまりはバスケが出来ない。

だが、そんな拷問に耐えられるわけがない。

……かと言って、一人でやって何が楽しいっ!

そこで、ふと脳裏を過ぎったのが、この幼馴染みだったわけだが……


「お前……そんなくだらない理由で、俺のシング タイムを邪魔したのか!?」


酷い言われ様だが、敦は違うところが気になって仕方がない。


「“シング タイム”って何歌うつもりだよこの音痴!それを言うなら“シンキング タイム”だろ」


案外辛辣な内容が飛び交っているのだが、本人達は全く気には留めていない様だ。

続けて敦は畳み掛ける様に口を開く。


「しかも、お前考えてなかったじゃねえか!爆睡してただろ!?」

「俺は、睡眠学習出来るヤツなの」


「睡眠学習が出来るような奴が、英語マイナス15点とか取らねぇよ」


敦の的確な指摘に由貴は一瞬言葉に詰まる。だが一つ咳ばらいをすると、神妙な面持ちになった。


「とにかくだ!俺は今、重大な悩みを抱えているんだ……」


その深刻な面持ちにただ事ではない空気を感じ取った敦は居住まいを正す。


「何があったって言うんだ?」


そんな敦の真摯な声に、由貴は舒ろに口を開いた。


「実は――……」


NEXT panelist→姉

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