†昔話†瑞智 正宗
瑞智家の夕飯は、必ず全員揃って始まる。
祖父、母そして二人の姉弟の四人家族だ。
祖母と父はもういない。
たった四人きりの、大切な時間……
「ああっ!?じいちゃんそれ俺のベーコン!」
……団欒の……
「ほっほっほっ……隙だらけじゃて……」
「はうわっ!?しかも二枚共とかマジ有り得ないだろっ!」
………………訂正しよう、瑞智家の食卓は厳しい社会で生き抜く為の術を覚える場である。団欒など言語道断。隙有らばと獲物を狙うハンターの集いなのである。
「かっかっかっ……まだまだ甘いのう」
笑いながら戦利品を口にする老人。彼の名は瑞智 正宗という。明朗快活を地で行く人物であり、瑞智家の大黒柱だ。
瑞智道場の師範である。言わずもがな、緋岐を始めとする道場の門下生が師と仰ぐ人物だ。が、しかしてその実態は馬鹿な孫をからかう事が生き甲斐の好々爺。
見目だけ言うならば、後退した額を惜し気もなく晒す白いポニーテールに鼻の下に生えた白い髭がチャームポイントなご老人だ。だがその心意気はまだまだ若い(つもりだ、本人は。)
「なうな やんぐにはまだ負けはせん」
……この発言が出る時点で如何なものかと思わなくもないが、そこは御愛敬ということで。
「“辰”が“竜の落とし子”なのは判ったんだけど……竜からいきなり小さくなったよなぁ~」
夕飯大決戦(こう言うと怪獣同士の大戦争を彷彿させるが中身はベーコンとハンバーグの醜い取り合いである)も一段落。食後のお茶を啜りながら由貴が姉に同意を求める。
「確かに……何か常に拗ねてるっぽいし……」
紗貴も頷く。
「口こーんなに尖んがらせてるもんなっ!」
由貴が唇を突き出して真似をする。
その時……
「ふがっ!?」
茶菓子で出されたピーナッツが由貴の鼻孔を見事に塞いだのだ。犯人は言わずもがな、正宗翁その人である。どうやら最近御執心の月9ドラマ【愛憎の果てに】が終わったらしい。
「全く……岡崎警部補を少しは見習えこのたわけ!」
岡崎警部補……ドラマの主人公にして最年少で本庁に昇進したという好青年。その甘いマスクで老若男女を虜にしている。漏れなく正宗翁も虜にされた一人だ。
「じいちゃん……流石に“たわし”はなくね?」
真面目に祖父の言葉を正す由貴の額を更なる衝撃が襲う。
「ぐわぁっ!!」
曲がり煎餅は、まさかの威力を持って由貴を吹き飛ばした。
「たわ“し”じゃのうて、たわ“け”じゃ!」
死して屍拾うものなし
余りの痛みにのたうちまわる弟を尻目に紗貴が祖父に尋ねる。
「何か“竜の落とし子”って言い伝えでもあるの?」
孫の言葉に正宗翁は沈痛な面持ちになり、ある一つの風説を語り始めた。
※※※※※※
昔、あるところに“タツ”という男がおってな…
「何か強そうな名前だな」
タツには、赦されぬ恋仲の女子がおったんじゃ
「そんなっ……赦してあげて!!」
じゃが、二人は逢瀬を重ねておっての……
「おっ……オーセ?」
……隠れてデエトをしておったんじゃよ
「なるほど。ムッツリだな、タツの野郎!!」
やがて、二人の間に子が産まれたんじゃ
「やるな、タツ!!」
しかし産まれてすぐに、その隠し子の存在はタツの両親に見付かってしもうたんじゃ……
「そっ…そんな!逃げろ、タツ!危ない!早く!!」
―― そして……
………子供は………
……海に捨てられた……
※※※※※※
「だめだぁぁあぁあ!逃げろ……逃げるんだ、タツJr!」
正宗翁の語りに一々合いの手を入れる由貴。
感極まったのかうっすら瞼に涙が滲む。正宗翁も、たっぷり間を取ってから、勿体振った口調で話を続ける。
「ある日、海に漁へ出た漁師が珍しい魚を釣って帰ってな」
そこまで聞いた由貴が、何か閃いたらしく手を挙げた。
「判った!タツの子供が乗り移った魚だな!?」
生き生きと応える由貴に、正宗翁は一つ頷く。
「そうじゃ。その容貌は、さながら海に消えたタツの息子そのものじゃったそうな」
そんな正宗翁の言葉に由貴は同情たっぷりに言う。
「……不細工だったんだな、タツJr……」
そんな由貴を真っ直ぐ見つめ、正宗翁は茶を啜りながら口を開いた。
「“海に落としたタツの子”、そして“タツの隠し子”。この二つがいつしか混ざり、“タツノオトシゴ”と呼ばれるようになったんじゃ」
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