†夕飯†瑞智 桜Ⅱ
意気消沈な由貴の頭上を、カラスの群れが山へと帰り行く。気付けば今日も、夕焼けこやけの茜空だ。長い影を背にとぼとぼと歩く由貴は、どこか哀愁漂っている。
ナップサックがやけに重い。家へと続く石段も、今日はやけに重く感じる。
「ただいまぁ~……」
ガラガラと玄関を開けながら帰宅を知らせれば……
「あら、ゆんちゃんおかえりやす」
そんな母の声が出迎えてくれて、何だかホッとする。出迎えに出て来た母……桜は、いつもの和装だ。
「買って来てくれはった?」
朗らかに尋ねて来る桜に、由貴は素直に頷く。
「買って来たよ。何か肉屋さんがオマケにベーコンくれた」
そんな息子のどこか意気消沈した姿に、桜は少し考えてから笑みを深めた。
「ゆんちゃん、手伝ってくれへん?」
「え?いいけど……」
「宿題、まだ終わってないんやったら、無理せんでええんよ?」
母の言葉に由貴は首を横に振る。
「先輩んとこで済ませて来たし……」
「せやったら、一緒に作ろか。目玉ハンバーグ」
優しく息子の肩を二度程叩いて先へと促す。そうこうしている内に、出掛けていたらしい紗貴も帰って来た。
「母さん手伝うよ」
弟が沈んでいる理由を知っている(というよりも元凶の)紗貴は、思わず苦笑を漏らしながら台所に入った。こうして、親子三人仲良しクッキングが始まったのだった。
瑞智家の日常風景である。
「へぇ~……そんな訳があったんだねぇ」
紗貴はキャベツを刻みながら由貴に感心した様に頷いた。
「だよなぁ~……干支にこんな裏話があったなんてさぁ……」
対する由貴も、先程までの憔悴っぷりが嘘の様に元気いっぱいだ。ハンバーグのタネを勢いよくこねている。
「せやかて……辰は架空ん生物とちゃうやろ?」
桜は和え物を作りなから朗らかに言う。
「「えっ!?」」
驚きの声を上げる子供達。桜は相変わらずの調子でその声に応える。
「辰っちゅうんは“竜の落とし子”の事やゆう噂もあるんよ」
桜の言葉に思わず納得の二人。
「なるほどね……“子丑寅卯竜の落とし子巳”……これじゃ語呂悪いから“竜”って略したのねっ!」
紗貴の言葉に由貴が続く。
「ネズミだって“ね”って略されてるしな!」
こうして円満解決したかと思われたのだが……
「そういや姉ちゃん……首筋どうしたんだ?」
「え?」
―― 何言ってんの……
そう続く筈だった言葉は悲鳴に取って代わった。
「わああぁぁあぁあっ!」
そんな紗貴の叫びに由貴の絶叫が重なる。由貴の足元には包丁が突き刺さっている。
「姉ちゃん俺殺す気か!?」
危機一髪……ハンバーグのタネごと飛びのいた由貴は抗議の声を上げた。
だが、紗貴も必死だ。
「あんたが変な事言うからでしょ!?」
「いやだって姉ちゃん首筋に虫刺され……」
「煩い煩い煩い!」
何故かそう叫ぶ紗貴の顔は真っ赤だ。
心の中でどんなに相手を罵っても届く訳がないのだが……
恥ずかしいやら頭に来るやら……言わずにはおれない。
「緋岐くんの……馬鹿野郎!」
「……?」
由貴は訳が判らずハテナ顔だ。
桜は何やら悟ったらしく「あらあら」と呟くとクスクスと微笑みを零したのだった。
NEXT panelist→祖父




