馬鹿なやつで馬鹿を思い出す
「お前との婚約は破棄する!!」
旦那様の妹、シェリー様の卒業パーティーが始まったと思ったら、会場の中心辺りでそんな声が聞こえてきました。
まだこんな場所でそんな台詞を吐く馬鹿がいるんですね。
そんな事を考えながらワインを飲んでいると、突然「シェリー!?」と旦那様は慌てた様子でそう言って、人垣をかき分けて会場の中心へ行ってしまいました。
旦那様は背が高いので、この人が多い中シェリー様を見つけられたのでしょう。
私も飲みかけのワインを給仕に渡し、旦那様の後を追いかけます。
シェリー様は4年前に隣国のカナリエンシス王国のオーゲン侯爵家の子息 セオドア様との婚約が決まりました。
それから3年前にカナリエンシス王立学園に留学生として入学し、今日シェリー様は卒業されました。
旦那様は歳の離れた妹シェリー様をとても可愛がっているので、きっと今日の卒業パーティーで会えるのをとても楽しみにしていたのでしょう。
旦那様に置いて行かれたのは寂しいですが、仕方ありません。
私も人垣をすり抜けて、旦那様の後を追いかけます。
人垣を抜けるとすぐに旦那様を見つける事ができました。
というよりも、そこだけが不自然にぽっかりと場所が空いていたと言うべきでしょうか。
嫌な予感がします。
旦那様の隣にはシェリー様がいらっしゃいましたが、シェリー様は今にも泣き出してしまいそうなお顔でした。
旦那様はそんなシェリー様の背中に手を当てて、目の前に立っている男女2人を睨みつけていました。
旦那様……ここはもしかして渦中の中心でしょうか?
先程の馬鹿の声はもしかして旦那様が今睨みつけている男性でしょうか?
そしてその男性はもしかしてシェリー様の婚約者のセオドア様でしょうか?
「シェリー、君との婚約は家同士が決めた事でそこに俺の心は無い。これまでは誰が婚約者になろうが構わないと思っていたが、俺は真実の愛を知ってしまったんだ。このアイラ嬢のおかげでね。」
あぁーやっぱり男性はセオドア様でしたか。
私はセオドア様の顔を見たことがなかったので、分かりませんでした。
セオドア様の隣にいる小柄な女性がアイラ様ですか……瞳をうるうるさせて被害者顔していますが、時折口角が上がりニヤついているのがとてもイラつきますね。
それに比べて涙を必死に我慢しているシェリー様の方が断然美人ですし、頭も良くてとても優しい天使の様な方です。
そんなシェリー様より、腹に一物も二物もありそうなアイラ様を選んだセオドア様は本当に馬鹿ではないでしょうか。
「シェリー様ごめんなさい! 私セオドア様の事を愛してしまったの!」
「俺もアイラ嬢の事を愛している。だからシェリー、お前との婚約は破棄させてもらう!」
……何でしょうか、この茶番劇は。
はぁー、何年経ってもこういう馬鹿はいるんですね。
私も昔の事を思い出してしまいました。
私が魔王と呼ばれる前の出来事を─────
◇◇◇◇
私がまだ侯爵令嬢と呼ばれていた頃、私は祖国の王太子と婚約していました。
立派な未来の王妃となるためと、婚約が決まった幼い頃から私は厳しい王妃教育を耐え抜いてきました。
そんな私が18歳になって王宮入りする1週間前にそれは起きました。
王太子 ディラン様の18回目の誕生日を祝うパーティーがもうすぐ始まるという時に、彼は婚約者の私ではない女性をエスコートして私に言いました。
「お前との婚約を破棄し、俺はこのエリー嬢と結婚する!」
その一言で私の頭は真っ白になってしまいました。
婚約破棄? 私ではなくその隣の女性が未来の王妃になるという事ですか?
なら私はいったい何のために辛い王妃教育を耐えてきたのですか?
私は何のために小さな頃から感情を殺して生きてきたのですか?
『モニカ、この国を2人で良き国にしていこう』
王都が一望できる丘の上で、あなたが私に言った言葉は嘘だったというのですか?
『モニカ、良く似合っている』
あなたから貰った王太子妃の証のネックレスは何だったのですか?
王宮の庭園でこっそり初めてのキスをしたのも……あれも、これも全部…….。
私が何も言わないのを良いことに、エリーと呼ばれた女性は私に近づいて来ました。
「モニカ様ごめんなさい。私、ディラン様を愛しているのです! 今までもモニカ様には様々な嫌がらせを受け、何度も諦めようとしました。けれど、暗殺者を雇ってまで私を殺そうとするなんてやりすぎです! それで、私思ったんです。こんな卑劣な方にディラン様は相応しくないって!」
「ちょ、ちょっと待って。暗殺ってなんの事かしら?」
身に覚えが無い事ばかり言われて、流石に正気に戻った。
だって、私エリー様の事なんて今まで知らなかったですし、王妃教育が忙しくて人をいじめる暇なんてありませんでした。
ましてや、暗殺者を雇うなんてどうしたらいいのかも分からないです。完全にこれは濡れ衣です。
「モニカ! とぼけても無駄だ! ここに証拠は揃っている! まさかお前がこんな事をするとはな……エリーはいつもお前の嫌がらせに必死に耐えていた。俺はそんな健気に頑張るエリーにどんどん惹かれていったんだ。人形のように表情も変えないお前より、表情がくるくる変わるエリーの方が可愛らしいし癒される」
「ディラン様その辺で……エリーは恥ずかしいです」
エリー様は頬を赤らめ、両手で頬に手をあてました。
確かにその仕草は可愛らしいです。
しかし、実にあざとい。私を貶められた事で気が緩んでいるのか、頬がピクピク上がっていますし。
あぁ、私はこのエリー様にはめられたのですね。
「衛兵! このエリー殺人未遂事件の首謀者を拘束しろ!」
ディラン様がそう言うと、衛兵が私を取り囲み、手を後ろに拘束されました。
私は必死に周りを見渡し、家族の姿を探しました。
「モニカは誰を探しているのだ? お前の家族ならもう牢の中だが?」
ディラン様は馬鹿にしたように私に言いました。
「未来の王妃を殺そうとしたんだ。もちろん一族郎党根絶やしにし、家門は取り潰しだ」
馬鹿だ、馬鹿だとは思っていましたが、こんなに馬鹿だったなんて……。
正義感が強いのは良いことですが、彼は多方面から物事を見れません。自分の見たい物しか見ないし、信じたい物しか信じない。私は彼の中ではもう悪と決定しているのですね。
馬鹿な所も可愛いと思って放置した私も悪いですが、無実の罪で一族を根絶やしにするなんてやり過ぎではないでしょうか。
国王陛下と王妃殿下が同盟国の会議で国にいない今、彼の暴走を止められる方はいません。
もういいか……。
私は衛兵に両脇を抱えられ、しんと静まり返ったパーティー会場を後にしながらそう思いました。
大切な家族をも傷つけると言うならもういいか……。
あの場にいた貴族達も自分達が巻き込まれぬように、皆見て見ぬふり。
そして頭をよぎる今までの辛い日々。
ははは、こんな国私はもういらない。
私の初恋はスーっと波が引くように無くなっていきました。
その代わりに溢れたのは魔力でした。
私がディラン様と婚約できたのは、この膨大な魔力があったからです。
取りあえず囚われている家族を領地に転送してから、始めましょう。
私の復讐劇を。
また……また息抜きに違うのを書いてしまった。
2~3話で終わる予定です。