泣き虫な男 3
新藤は自動販売機の前で丁稚に小銭入れを渡すと、先に千香良達の元にやって来た。
「一服、したら、遣り直すから、ゆっくり食事して」
館の隣に腰を下ろした新藤は何事もなかったように明るく振る舞う。
頷く館も代わりない。
そして、間もなくして、丁稚も新藤に隣に着席。
「おっ、サンキュー」
ブラック珈琲と小銭入れを新藤の前に置いた。
サラリーマンにも、師弟関係はあるらしい。
だから言って、暴言が許されるのだろうか……
けれども、泣いたカラスが、もう笑う。
丁稚は子供のように新藤に懐いている。
千香良は黙々と箸を動かしながら、チラ見した。
「いただきます」
すると、丁稚が手にした缶を新藤に向けて掲げた。
ミルクティーだ。
しかも、千香良の好きな銘柄。
少し嬉しい。
完全に思考が乙女モードに切り替わっている。
「で、結局は図り間違え?」
それでも、館の言葉に仕事中と思い出す。
作業の遅れは原因の報告義務があるのだ。
レーザー墨出し機を使ったとしても、レーザーラインが当たっている箇所に印を付けるのは、差し金を使っての手作業だ。
狭い空間なら、四隅に付けるだけで事足りるが、広くなれば中間地点にも印が必要になる。
そして、今回のミスは中間地点で差し金を読み間違えたのが原因。
気が付きそうなものを、最終チェックを怠ったらしい。
「だな……」
新藤は説明を終えると、丁稚を一瞥。
頷く丁稚に反省に色は?
「やっぱり、丁稚2人に任せるんじゃなかったな……」
「もう1人の丁稚?」
千香良は新藤の言葉を思わず復唱してしまった。
意味が分らない。
「そうか……千香ちゃんも、丁稚を知らない世代か……年齢差を痛感した」
脱力した新藤は背もたれに身体を預けて呆けている。
(綺麗な顔をしているのに……)
千香良は尚一層不可解だけれども、食事に戻ることにした。
新藤は面倒くさい。
外見と中身のギャップが大きい。
千香良はつくづく残念なおっさん、だと思う。
「丁稚っていうのは半人前の意味だよ。元々は商家に年季奉公する子供を指す言葉なんだけど、ここでは、半人前の奴を丁稚って呼んでいる。それで、主任や係長が手代で、課長、部長クラスが番頭かな」
すると、館が代わりに教えてくれた。
千香良は古い言葉と知って納得したが、今度は星屋が名前か苗字か知りたくなった。
いつの間にか、目の前の若い現場監督で頭が一杯だ。
「望、本当に、もう間違えるなよ」
新藤が丁稚に肩を揉みながら、わざと慇懃無礼な口調で窘めている。
(星谷望……)
調度、弁当を食べ終わった千香良は手を合せながら、胸に刻んだ。
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