泣き虫な男 2
墨出しの明示は単純な印の付け間違えで、大事には至らず、一安心。
それでも、新藤は随分と厳しく丁稚を叱りだした。
側に居た千香良は、勘弁して欲しい。
けれども、完全に立ち去るタイミングを逃がしている。
新藤のご立腹も然もあらん。
今回が初めてではないようだ。
「お前、チンコ出して校庭に埋まっていろ」
巫山戯た口調だが、洒落にならない。
紛うことなく、パワーハラスメント。
暴言が浴びせられた。
すると、黙って項垂れていた丁稚の頬に涙が伝いだした。
「チッ」
同時に、新藤の、あからさまな舌打ち。
不機嫌な顔で腕組みをすると、冷ややかな目で黙って丁稚を見ている。
千香良は場の剣呑さにオロオロ。
感情が追いつかない。
館は少し離れた位置で様子を伺いながら、スマホを手にして誰かと通話している。
多分、村岡に事と次第を報告していたのだろう。
直ぐに話は終わったようだ。
「千香ちゃん、早いけど飯に行こうか」
舘が何食わぬ顔で千香良に呼びかけてきた。
新藤と丁稚は硬直状態。
千香良は躊躇いながらも、その場を離れることにした。
胡麻塩の掛かった白いご飯に、照り焼きのつくねの茶、ほうれん草の緑、卵焼きの黄、そして、プチトマトの赤。
神経の高ぶりの作用だろう。
現場事務所で弁当を広げた千香良は、母の手間暇と愛情が身に染みる。
なのに、食が進まない。
確かに、AM11時では腹も空いていないが、何より、丁稚のことが心配だ。
(私が、ミスを見つけたばかりに……丁稚さんが怒られてる……)
千香良の頭に筋違いな重いが浮かぶ。
「気にするな、星谷が新藤さんに説教されるのは、いつものことだ」
館は楽な仕事を選んでするのが、玉に瑕だが、性根が優しい。
箸に運びが遅い千香良を慰めてくれる。
「うん……でも……泣いていたよ」
千香良も3年目に入って、龍太や鷹見から厳しいことを言われる。
でも、泣かない。
男が泣くなんて、そうとう、辛かったのだと思う。
「それこそ、しょっちゅうだから……彼奴は、子供の頃から泣き虫なのだとさ。仕事でミスをすると、やりきれない思いが爆発して涙が出るらしい。だから、気にしないで下さい、って、自分で言っていたぞ」
館が笑いながら言う。
「それに、ああ見えて新藤さんは星屋を可愛がっているし、星谷も新藤さんを尊敬しているらしいから、今頃は仲良く一緒に修正しているだろ」
「そうなのかな……」
新藤の暴言の数々を間近で聞いていた千香良は納得出来ない。
「おっ、グッド、タイミング、ほら、千香ちゃん」
館が現場事務所のドアに向かって、腕を上げる。
視線を向けると、新藤と丁稚が笑いながら入ってきた。
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