松茸を1本 5
『プラスター工房ムラオカ』から暫く車を走らせると、千香良は、強い西陽に目を眇めた。
夕方の、この辺りには毎度、困っている。
けれども、返って運転に集中出来て良いかも知れない。
慣れとは恐ろしいもので、千香良は最近、運転が漫然。
今も、丁稚は、どの現場の管理をしているのだろう……なんて、考えていた。
どうせ、家に着く頃には忘れてしまう些細な気持ち。
頭に浮かんだ意味すら分らない。
龍太の言っていたことなんて、丁稚にしてみれば耳を掠めただけ。
千香良は、実行には移さないと思っている。
それでも、無意識に期待をしているのだろうか……
刺激が欲しい気持ちは否めない。
松茸狩りのシーズンは11月10日まで。
終わってしまえば、また、マンネリの日常が始まるのだ。
理不尽な出来事で、高校中退の憂き目にあってしまった千香良だが、その、お陰で左官の仕事に出会えた。
結果オーライだと思っている。
それに、通信制高校で高校卒業資格も取得済み。
今後、建設業に必要な資格を取得するにも問題ないはずだ。
しかし、誰にでも倦怠期はある。
最近、仕事が惰性になっている。
そして、何より、プライベートが退屈だ。
元より、千香良には友人が少ない。
そのせいか、元彼の三上とは別れた後も友人としての付き合を続けている。
そして、それに付随して彼の従姉妹の弓や、友人達も遊び仲間のまま。
けれども、やはり、社会人の千香良と大学生の彼等では、隔てが出てきた。
特に医大生の三上は3年生になってから、遊ぶ間もなく学業に追われている。
接点の三上が抜けては、他の人達との付き合いもフェイドアウトで決まりだろう。
すると、秋の日は釣瓶落とし。
西日が遠ざかると、空はアッ言う間に暮れる。
千香良は、又、考え事をしている、自分にハットした。
気が付くと、家はもう直ぐそこだ。
BGMは『あいみょん』
積極的になりきれない女の子の焦れったさ、を歌っている。
分る気もするが、千香良は、それ程までに誰かを好きになった事がない。
10代、20代の恋なんて刹那的。
龍太に対する気持ちも…
三上の対する気持ちも……
思い起こせば気の迷い、何だったのだろう?と思う。
そして、千香良ゆっくりと、自宅の駐車スペースに車を入れた。
「あら、沢山」
待ち構えていたのだろう。
千香良が帰るなり、母がエコバッグを覗き込んできた。
「乙葵さんが、賄いを楽しみにしているって、龍兄は店に5本やれ、って言うけどご飯を炊くだけなら、4本で足りるよね」
「そうね。でも、後の2本は?」
松茸が絡むと、母も人が代わる。
欲張りでしょうがない。
「榊さん、にあげる」
「美々ちゃん、じゃなくて?」
「だって、美々にあげるとお兄ちゃんと2人で食べちゃうもん」
美々は榊の妹だが、千香良の高校の同級生でもある。
高校を中退した千香良は、高校での仲良しグループとは疎遠になっていた。
けれども、現場で榊に会ったお陰で、美々との仲だけは復活。
今では親友と言える間柄になっている。
そればかりか、兄と榊は以前から、趣味のドール繋がりの知人。
加えて言えば、兄のドールの名前は美々。
当然、兄と美々も仲良くなった。
千香良は兄と美々に運命を感じている。
しかし、当人同士は至って淡泊。
気の置けない友人らしい。
「松茸って、その1本で揉めるのよ…」
母の瞳が恨めしそうだ。
千香良は、今更ながら、丁稚にあげた1本を悔やんだ。
こんにちは咲良ヤヨイです。
『ガテン系の女、 愛より、恋より……』を読んで下さった方も、未読の方も『ガテン系女 2 娯より、楽より、修業中』を見つけて下さってありがとうございます。
毎日の更新よりも、丁寧さを重視したいと思います。
投稿がイレギュラーになりますが、ご理解ください。
でも……
出来るだけ、頑張りますね。
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