松茸を1本
雑木林の中をオレンジ色のリュックサックが見え隠れ。
迷彩柄の地下足袋が、あっち、こっちと落ち葉を踏みしめている。
ワークパンツを履いたスレンダーな人物の面立ちは、被ったキャップで判然出来ない。
加えて身長も微妙に高く、一見すると性別不明だ。
けれども、よくよく見ると身体のラインは流線的で、お尻も丸い。
チラリと見えた唇だって艶めいている。
そう……
相葉千香良は正真正銘、女の子。
当年、二十歳の左官職人だ。
天高く馬肥ゆる秋。
快晴の空は青々と高い。
千香良が勤める『プラスター工房ムラオカ』は毎年、苔山の入山権利を落札。
福利厚生、或いは接待交際の一環として、仕事関係者達を松茸狩りに招く。
しかし、千香良は松茸ご飯よりも栗ご飯が大好き。
入社1年目は何度、誘われても興味を持たなかった。
それでも、収穫した松茸は漏れなく社員に配られ、家に持ち帰えると母が狂喜乱舞。
頂いた松茸は、確か……
傘が開いたのが2本と蕾が3本、どれも、15センチはあったと思う。
千香良は、その時、初めて国産松茸が稀少な物と知る。
そして、稀少と思うと探してみたいのが人の性。
次の年から千香良は果敢に参加。
初めて見つけたときの感動は思った以上で、それ以来、病み付きだ。
しかも、結構、見つけるので、得意にもなっている。
じっくり、ゆっくり、のんびりとした性格が功を奏しているらしい。
「ピ~ッ」
そんな、こんなで夢中になっていると、先方から笛の音が微かに響く。
千香良は背筋を伸ばすと、辺りを見回した。
マイペースの千香良は、いつも気がつけば最後尾。
どうやら見失われたらしい。
今日は『プラスター工房ムラオカ』の元請け会社『青興建設』の現場監督が5人、来ている。
兄弟子の龍太は千香良にまで気が回わらなかったのだろう。
随分と遅れてしまった。
「ピーッ」
千香良は首から下げたホイッスルを鳴らすと、急いで、尾根に駆け上がる。
山道は熟知しているが、追いつくに超したことはない。
そして暫く行くと、聞こえてきた鈴の音に一安心。
鈍い響きは、監督達に貸し出した物だ。
姿を探すと黒いパーカーの人物が、カサコソと落ち葉を掻いている。
(あっ、丁稚さんだ……)
下端職人の千香良が直接、現場監督と話しをすることはない。
それ故、名前と顔が一致しない人が殆だ。
けれども、丁稚と呼ばれている若い監督だけは例外。
何かと話題に上がるので、知らぬ間に覚えてしまった。
材料の指定間違い、墨出しの寸法ミス、サンダーの、かけ過ぎ、極めつけはレベリングを流す行程で窓を全開……
失敗談は事欠かない。
3つ、言われた内の1つ、を必ず忘れるらしく、鈍くさい千香良は勝手に親近感を抱いている。
千香良は、丁稚の様子を横目に、歩く速度を少しずつ落としていく。
すると、雑木の根本に白い頭がチラリ。
今し方、丁稚が見ていたところだが……
幸い、丁稚は尾根の下に消えていく。
松茸は1本見つかると、近くに数本生えていることが多く、他の人に見つかると横取りされてしまう恐れがある。
松茸を前にすると皆、例外なく理性が崩壊するのだ。
千香良は逸る気持ちを押えつつ、こっそりと近づくと地べたに屈んだ。
芳醇な香りが鼻を掠める。
間違いなく松茸様だ。
しかし、ここで焦りは禁物。
軸に沿って指を差し込むと、折らないように辺りの土を掘り起こす。
すると、両隣からも白い頭が……1本、2本……7本も見つかった。
千香良は興奮の余り、一心不乱だ。
それでも、作業は慎重。
少し左右に揺らしながら、ゆっくりと引き抜いていく。
千香良は掘り出した松茸を地面に並べて、ご満悦。
どれも12、3センチぐらいか……そこ、そこ大きい。
「丁稚~」
そこに、誰かの呼び声。
「は~い、ここに居ます」
返事と共に、丁稚が尾根に戻って来た。
しかも、千香良の居る辺り。
ゆっくりと顔を上げると、丁稚と目が合ってしまった。
当然、丁稚の目には地面に並ぶ松茸が……
見られた以上、流石に独り占めは気が引ける。
千香良は黙って1本、差し出した。