貧乏神に魅入られて
とある町の、とある小さなバー。そこにいる彼はこのバーの
「マスター……ふふん、俺はバーのマスタァーふふふふふっ」
彼は脱サラし、このバーを開いたばかり。
時折触るその髭はまだ短いが、いずれはきっちりと生え揃え
渋くカッコよく決め、このバーもさらに大きく、と夢を抱いていた。
客入りはそこそこ。悪い出だしではなかった。
この夜、最後の客を丁寧に店の外まで出て見送った彼はふうっと一息。
……その時であった。電柱の陰に蹲る人の姿。酔っ払いだろうか。
気になった彼が近づくと、それはなんともみすぼらしい老人であった。
恐らくはホームレスだろう。
「水、水を……」
はっきりとお願いするでもなく、うわ言のようにそう呟いた老人に
彼は店から水を持ってきて膝をついて飲ませてあげた。
「おお、ありがたい。お優しい人だなぁ……」
「いえいえ、お気になさらず。大したことではありませんよ」
「ふふふ、益々気に入った。お礼がしたいなぁ」
「いえいえ、ははは。そんなそんな……」
「お礼と言ってもあなたに何ができるか、と思ったかい?」
「え、いや、そんなことは……」
「ふふふ、いいんだよ。この見た目だ。そう思うのは無理はない。
何しろ私は貧乏神だからね」
「そんな、自分を卑下なさらなくとも、ほら、人生きっといい風向きというのが」
「ふふふ、違うんだよ。本当に貧乏神なのさ」
「え、ええ!? ま、まあ確かにそう言われると不思議な雰囲気はしますが……」
まじまじと老人を見つめる彼。浮世離れしてい……る気もするが世捨て人の気も。
ホームレスか貧乏神か。どうもわからない。ただ、気に入られて困るのは確かだ。
「ふふふ、お礼をしてあげよう」
「え、いや、その、もし仮に本当だとしたらそれはちょっと……」
「ふふふ、なあに貧乏神でも、神は神。
あなたを儲けさせてやることはできるんだよ。まあ見てなさい」
そう言うと老人はその場からフッと姿を消した。
男は唖然とし、頬をつねり、そして頭を振った。
今夜は客と何杯か付き合った。その酒のせいだろう。そう結論を出したのだった。
が、翌日の夜。店は大盛況であった。ガヤガヤと満席。
立ち飲みでいいから中に入れてくれとせがむ客も。
そして、もう無理ですと申し訳なさそうに断る男の脳裏には昨日の事が蘇っていた。
もしや、本当だったのでは、と。
……いやいや、何か理由があるはずだ。
そう考えた男は何人かの客からそれとなく探ると、この原因が見えてきた。
どうやら近所のバーが店を閉めたらしい。
その閉店理由まではわからないが、そこの客がこちらに流れてきたというわけだろう。
そして、それはその店だけにはとどまらなかった。
町のバーが次々と閉店し、さらにはスナックに居酒屋まで。
これは、あの老人の力なのだろうか……。
貧乏神なら、その経営者たちに取り憑き破産させることも容易い……と
彼がいくら待ってもあの老人が現れないので答えはわからなかったが
これを商機と見た彼は急遽、その閉店したバーの中でも一番大きな店を借り
おまけにカラオケに、ちょっとした料理も出し始めた。
レトルトのカレーでも客は大満足。
この町で他にこの時間にやっている店らしい店がないのだ。
彼はふと、俺が夢見たバーとは違う……と思ったが
何をやっても上手く行く現状にそのうちどうでも良くなった。
周りが貧乏に、不幸になれば相対的に自分が豊かに、幸せになるのだなぁ。
彼はそう思い笑みが絶えなかった。
今夜も暗い町に一軒の店だけ明かりが灯る。
それは、いずれ今よりもさらに大きく、煌々と輝くであろう。
だが、それは男が大儲けして店がさらに大きくなり
そして嫉妬で焼き討ちになるからであるが、気づくはずもなし……。