ひっくり返ったアップルパイ
くらくらする頭を抱えて、ああそうだ、キッチンのリンゴだと、現実逃避する私。
リンゴは既に全てカットされており、材料を見て、アップルパイだと察したメイドが(うちのメイドはみんな優秀だ・・)準備をしておいてくれたようだ。
鍋にカットされたリンゴを入れ火にかける。その上からお砂糖を振り入れ、リンゴ全体に砂糖がいきわたる様に大きく混ぜ蓋をする。しばらくするとリンゴから水分が出てジュージュー音がし始める。そしたら蓋を開けてざっくり混ぜながらキャラメリゼしていく。
煮詰まったらバターを塗った型にリンゴを敷き詰め、・・・リンゴを敷き詰め?
ああああーーーー、パイ生地を敷きこむのを忘れてしまった・・。でも今更きれいに並べたリンゴを外してしまってはリンゴがぐずぐずになってしまう・・。そうだ、上からパイ生地をかぶせて焼いてみよう。きっと大丈夫。意を決し、リンゴの上からパイ生地をかぶせ、オーブンに入れる。
オーブンに入れてしまったら、もうやることがない。後片付けはメイドが音もたてずに終わらせてくれた。
「第二妃か・・・」
歴代、殆ど表舞台に出てこない第二妃。東国の後宮のように隔離されているわけではないそうだけど、そもそも顔もそんなに知っているわけではないからお忍びで案外、外で羽目を外していてもわからないのかもしれない。政治面は今の皇后を見ていてもわかる。辣腕なのだ。おかげで国は潤っている。戦争もないし、平和と言っていいだろう。我が国は第一妃が二強で固定だから、もし第二妃に選ばれたとしてもいざこざに巻き込まれることはないだろう。そもそも選ばれるのかどうかもわからない・・。
そんなことをうつらうつら考えていたら結構な時間が経ったようだ。
アップルパイもどき(上下失敗したからね)が出来上がった。型の周りにナイフを入れ一周させ、お皿を当ててひっくり返す。型をそっと外した時に、くらくらしていた頭はグラグラしだしてしまった。
私はこれを知っている。タルトタタンだ。タルトタタンは「タタン姉妹によって作られたタルト」という意味で今日の私みたいにやっぱり失敗したお菓子職人が同じようにパイ生地を上にのせて焼いたら、ものすごくおいしいお菓子ができたんだ。え、なんで知っているの?そもそもタルトタタンってフランス語・・え、フランスってどこだっけ、あれ、あれ。あれれれーーーー。
タルトタタンを見つめながら目を白黒させる私。
心配したメイドが声をかけてくれる。
「ジューンお嬢様、いかがなされましたか、顔色が悪いようですが・・お部屋に戻られますか?」
タルトタタンは温かいものもおいしいけど、冷たくしても美味しいよね・・・。
「そうね、これは冷やしておいてちょうだい」
「かしこまりました、これ、レモン水です。すっきりしますよ」
有能なメイドが差し出してくれた水を一気飲みし、部屋へ戻る。
ベッドに倒れこみたいのをこらえて、お菓子辞典をめくる。
タルトタタン、私の勘違いかもしれない。もしかしたら昔読んだ書物などで知っているのかもしれない。
一縷の望みをかけて辞書を振える手でめくるけど、やっぱりタルトタタンは辞書に載っていなかった。
そ、そうだ!
「マリー?」向かいのマリーの部屋の扉を叩こうとしてもうすっかり深夜だということを思い出した。
そうだ、明日、出来上がったタルトタタンをマリーたちとみんなで食べて、お姉さま、ボケるのもいい加減にしてくださいって言われよう。そうしよう。
私はそのままベッドに倒れこんだ。