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だから自業自得

作者: ゆうし

 こちらを人を殺すような目で睨む息子の向こう、呆れた顔の娘と、おどおどしたようにこちらと息子の方を交互に見ている妻の口元が緩んだのを見た瞬間に、残っていた情も消え失せた。

 もっとも、約一年前に0どころかマイナスまで減りに減っていたわけだが。



 約一年前、妻が浮気相手と車の中でキスをしているところに、ボンネットに課題のためにいつもよりも重かったという鞄を娘がぶん投げるという修羅場があった。

 なお、鞄をぶん投げる前にスマホで車のナンバーと母親と浮気相手のキスシーンを写し、さらに鞄に驚いた顔も別にきっちり手ブレなしで写した娘はたいへん肝が据わっていると思われる。

 閑話休題、娘に見られたことに呆然としていたところに、その娘から「死ね」と静かに一言吐き捨てられた妻が家に戻ってきた時には、自分も息子も証拠写真を娘から見せられた後だった。

 元々反抗期に入っていた息子の罵倒(あまりにうるさいので何を言っているのか正直分からなかったが、勢いはすごかったので妻は怯えていた)に震えながら土下座する妻からの言い訳は、まぁよくあるテンプレートだろう。なお、浮気相手は子供たちが中学に入学してからはじめたパート先の従業員だった。

 子供たちの大学進学を考えれば預貯金は多い方がいいと思う。だからパート時間を増やす。という言葉を信じていたし、実際、生活費をいれる口座にはいままでよりも多めの金額をいれていたのを知っていたので気づかなかった。増やした入金についてどうやって捻出したか知った時にはひとまず再構築の方向で決まっていたので口を噤んだのだが、約一年で懐柔された息子を見ると言っておくべきだったかと思う。

 再び閑話休題、息子の方が反抗期と高校受験のストレスで暴言を吐きまくるものの、冷めきった娘のどうでもいいというスタンスと妻の両親からのできれば娘が結婚するまで。それが無理でも成人するまでは離婚を待ってくれ。と、土下座をされた結果、ひとまず一年区切りを繰り返し、下の子の成人の年に最終決定をするということで再構築の方向で決着がついた。

 その後と言えば、妻は当然パートを辞め(浮気相手には慰謝料を一括請求して、回収後は新しい妻には教えない口座に全額預けた)、専業主婦という名の家庭内奴隷のように振る舞った。すでに浮気の件で引いた自分と娘は妻とは会話が減った程度だが、これ幸いと暴君のように振る舞う息子と健気に尽くす妻にさらに引く結果になったが。

 なお、暴言からそろそろ暴力に移りかねないと、危惧しながら帰宅すると、娘が土下座する息子の頭を踏んでいて、開けたばかりのドアを閉めたのはちょっと思い出したくない。いや、いまでこそ運動部の息子の方が娘よりも縦にも横にも厚み的にも大きいが、息子の成長期がくるまでは女子の方が成長期が早いのもあって息子よりも娘の方が体格もよく、かつ、頭の良かった娘は、ぎっちりと息子に上下関係を骨身にトラウマレベルで叩き込んでいたのは知っていたが、なんなら宿題の邪魔をした息子が泣き叫ぼうと容赦なく電気あんまで制裁したのを知っていたが、当時はちょっと気持ちを落ち着ける時間が欲しかったし、いまも思い出すのは遠慮したいだけだ。頭と股間のどちらを蹴られる方がマシなのか。

 とにかく閑話休題、娘に絞められた息子も過剰な反抗期程度の態度で過ごすこと半年、自分のために尽くしてくれる母親にまずは息子が態度を軟化させ、娘も少しずつ会話が増え、


 ――今こうして、いつまでも母親を無視する父親に怒る息子、という構図が出来たわけだ。


「いい加減家の空気が悪いんだよ。母さんがしたことは悪いけど、反省してるのはわかるだろっ」

「……」

「なんとか言えよっ クソ親父っ」

「……」

 息子を見ているようで、その向こうの妻を様子を伺う。

 おろおろと狼狽えた様子で、物理的に止めようと腕を肩のあたりまで上げて、しかし浮気がわかった当初よりは何を言っているのか分かるが勢いの凄い息子に怯えたように下ろすを繰り返していた。まぁ、あくまで狼狽えた様子であって、本当に狼狽えているわけではないのは笑いを堪えきれていない口元を見れば丸わかりだ。

 隠せばいいのに、と、思ったが、息子は完全に味方で、娘は味方寄りの中立ということで、孤立無縁の自分にはバレても問題ないとどこかで思っているのだろう。

「明日の予定だったが、もういいな」

「あ?」

「ご両親には話をしてある。荷物をまとめて帰れ」

 恫喝しているつもりの息子を無視して妻に告げる。

「離婚届もご両親に預けているので、戻り次第記入、提出するように」

「え? 離婚届?」

「離婚するかどうか一年区切りで考えるとなっていただろう。それを繰り返して息子の成人の年に離婚しないなら復縁とすると決めたはずだ。カレンダーにも印をしてるが、目に入っていなかったか?」

 呆けたように呟く妻にカレンダーを示すと、そこに描かれた赤いバツ印に、ひゅ、と息を飲む音が聞こえた。

「で、だ。離婚となると、お前たちにも影響が出るが、どうする。ここを出て行くように言ったが、それは自分も同じだ。会社に近い場所に移るからな」

「それだとお母さんの実家の方が学校に近いよね」

「ついでに言うなら家事についても今までとそう変わらないはずだ。俺は一人暮らしなんぞ、お前たちが生まれるその前以来だからな」

「わかった。お母さん、私そっちについてく」

 はっきりとどちらに着くとも決めていなかった娘は、今後の大学受験を考えて即座に妻に着いて行くと決めたようだ。妻の実家ならまだ現役の祖父母が居り、家事はいまと変わらない程度ですむと考えたのだろう。正解だ。そうなるだろうと思って自分からも受験期間は配慮をお願いしており、離婚を決めた理由に怒れる義父母から了承を得ている。

「養育費は大学卒業までみてくれるよね?」

「留年と浪人は計算に入れてないが、すでに学資預金があるから気にしないでいい」

 よし、と、小さく娘が手を握った。

「通帳関係は義父さんたちに預けているから、そちらにお願いするように。なお、足りない場合はレシートもしくは見積もりをメールでいいので送付してくれば対応する。基本は通帳に振込するので義父さんたちからもらうように」

 自分の言葉に頷きながら聞いていた娘は、ふ、と、伏せぎみになっていた顔を上げた。

「お爺ちゃんたちから貰うの?」

「そうだ。支払い期限が短い場合はこちらで振り込むこともするが、報告遅れは気をつけるように」

「……あー……」

 一歩、二歩、俯いて震えている母親の横を通り、自分の前まできた娘は『そういうこと?』と細い声で問い、頷くことで答える。

「ほんと、死ねばいいのに」

「そ、そうだよなっ」

 吐き捨てた娘に、先程まで唖然としていた息子が姉が自分の味方になったと思ったのだろう。また罵詈雑言を喚き出し、

「うるさい」

「あ、はい」

 顔だけ弟に向けた娘の一言で、息子は直立不動で黙る。躾は大事だな、と思ったが、この場合の躾は枕詞に犬猫のとつくやつだ。娘、父はちょっとお前が怖い。

「引越しはいつまで?」

「二ヶ月後の末日分までは家賃を払う。それ以上かかる場合は一ヶ月前までに相談。内容によっては一ヶ月の延長に応じるが、幾ら学業と部活動があるとはいえ、二ヶ月もあってなにも準備をしないのなら延長には応じないし、荷物は制服や教科書以外は捨てるのでそのつもりでいるように」

「テストは延長理由になる?」

「逆にならないはずがないだろう。あ、かわりに証拠の試験結果は見せるように」

 一つ一つ気になることを挙げていく娘が納得するまで答える間、視界の端でガタガタと妻が震えていた。

 さて、あの震えはきちんと離婚理由に気付いてのことなのかどうなのか。と、ぼんやり思った時だった。

「あなた、離婚だなんて、どうして」

「復縁条件を満たしていないからに決まってるだろう」

「条件?」

「せめてこの一年の間に相談なりしてくれれば、来年に延長したんだがな」

「子供の貯金に手を出すなんてサイテー」

 ぼそりと低い、低い声で娘が呟いたことで青褪めていた顔が白くなる。


 単純な話だ。生活費用の預金に多めに入っていた金は当然ながら妻のパート代が増えたからではなく、子供たちの学資預金から移していただけだった。

 それどころか、実際には不貞に割く時間を増やす代わりにパートの時間を減らしており、当然ながらパート代は以前よりもずっと少なっているため移動させているだけではなく、使い込んでいたほどだ。

 これについては妻にも指摘しており、すぐさまその場で土下座して謝り、そうでなくても引くほど奴隷のような態度だったのがさらに増し、そういったパフォーマンスでその場をやり過ごしてなあなあで済ますつもりだったのだろう。

 馬鹿らしい。気づいたのが復縁の方向で決まった後だったのでわざわざ義実家には言わなかったが、言わない分自分の中で燻り続けていることに気づかない愚鈍さには怒りよりも呆れる。


「だって、だって、パートも辞めたし」

「だったらまたパートでもなんでもやればいいだろう。別に前のところ以外にも探せば仕事はあるはずだ」

「でも」

「なんだ。また仕事をはじめたら浮気をするのか?」

 あえて嫌悪と軽蔑を込めて吐き捨てるように言えば、一瞬で顔を真っ赤に染めた妻が睨んでくる。

「すべてすぐに返せと言ったことはない。だが、返済計画について一言もない。復縁の一番の条件である『信頼を取り戻すつもりがない』と判断されて当然だろう」

 今度は項垂れる妻の様子に、段々と事態を把握したらしい息子が先ほどまで自分を睨んでいたように妻を睨み、喚く前に娘からのアイアンクローにすぐさま完全降伏をする混沌とした居間から廊下に出、すでに準備をしていた荷物を持って玄関に向かうと、娘以外の誰かにカートを引かれたが無視して外に出た。

「一年無駄にしただけだな」


 その後については、妻が離婚しないと暴れたらしいが、それを実の娘と実の母の両方からコテンパンに叩きのめされたらしい。青い顔をした息子と義父が離婚届を持ってきた時に言っていたが、それぞれ「姉ちゃんがもう一人居た」「母さんがもう一人居た」ともほぼ同時に言っていたのが印象的だった。もしかしてどっちも物理でコテンパンだろうか?

 まぁ、あれだ。親子よりも祖父母と孫の方が似ているというが、間違いなく娘は義母に似たのだろう。

「俺、早く独り立ちする」

「俺を置いていかないでくれ」

 一人ならともかく二人は無理だと、半泣きでそんなことを言う息子と義父に、どう言葉をかけるべきか迷って、曖昧に笑うしかなかった。


  ──妻? さて、いまさら興味もない。女傑二人に睨まれて震えて正しく奴隷になろうと、自業自得の結果だろうよ。

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