17、大切な人と共有したいもの
自分の記憶に穴があることは何となくだが、気付いていた。
少しずつ、思い出すことがあることにも。
たまに夢にも見る。只の夢ではないと頭で認識出来る、過去の記憶を。
王都を離れてから見たのは、第二妃となったソフィア嬢に毒を盛ったとされ、玉座の前に罪人として引き摺り出された時のものだった。
苦い記憶でしかなかった。
味方などおらず、視線には悪意しかなく、否定の言葉を掻き消す貴族達の罵倒の声が響いて、不安ばかりが募っていた。
けれど、玉座に座る陛下……ガンは、私を見た瞬間驚きの表情を浮かべ、その後は「大丈夫。私を信じて」と言葉ではなく優しい薔薇の眸で語り掛けてくれた。
始めは都合の良い、私の願望から来る夢かと思った。
違うと解った理由は、起きている時にもまたフッと甦って来たからだ。夢と同じ記憶の断片。
罵倒の嵐の中で否定する私に、騎士達が手を上げようとしたことがあった。けれど、殴られた記憶は無く。過去に戻った際の記憶の混乱の所為で忘れているのだと思った。この時までは。
助けてくれる人がいた。
私の肩を優しくも力強く抱いて、騎士達に炎を浴びせた……ガンが、いた。
貴族達にも睨みを利かせ、「はっきりした証拠も無い。彼女がミュロスの娘に嫉妬しているという噂だけで咎を問うつもりか?」と。
その後、作られた証拠などを出されて、塔に入れられてしまったけれど……私にはあの時、味方がいた。一番、大切な人が私には。
「ぼーっとしてんな。帰るぞ」
鹿の魔獣の待っている森に戻る道程、考えていた。
私が忘れてしまっていることを。まだ、思い出せていないことを。
考えても、どうしたら、もっと思い出せるかも解らない。
溜め息を吐きたくなる。
先に魔獣の背に乗るヘリオに手を差し出されて、掴んだ。
……その時、ふと視線を感じた。
周囲を見渡しても、私達以外、誰も、何もいない。
「どうした?」
「視線を感じた様な気がして……」
「視線?…………そうだな。異様な魔力の流れがある」
「何処からか解る?」
「いや、発生源が解らなくする魔道具でも使ってんだろ。嫌な感じだ。さっさとここを離れた方が良い」
「うん」
ヘリオに引き上げられて、魔獣の背に乗る。
行きと同じ、振り落とされることがない様にしっかりしがみ付いた。
何故か、溜め息を吐かれ「お前ねぇ」と呆れた様に言われたが、続きは無く。
魔獣は走り出した。
呆れられた理由が解らないのだけれど?
行きにも何か言いたげだったわね。雪に転がることになったから有耶無耶になってしまったけれど。
言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってほしいわ。
帰りも、行き同様に着いたら雪の上に転がった。
無理、気持ち悪い。
次から、また行き方を考え直さないと毎回これはどうかと思うわね。
今度は無理に起こそうとはせずに、ヘリオは近くの木に凭れて待っていた。
「慣れろよ」
「話し掛けないで……今、気持ち、悪いから…………」
「吐きそうなら、返事しなきゃ良いだろ」
「あなたの小言を、黙って聞いていたくないのよ」
「……バカだろ」
「うるさい。バカはあなた」
「…………」
「………………」
はぁ……雪の冷たさは少し落ち着かせてくれる。
ブランシュ領は雪は降るけれど、こんな風には積もらないのよね。
少ない雪だから、踏むとすぐに泥で汚れてしまう。
寝転ぶなんて出来ない。
寒いし、冷たいとは思う。
でも、気持ち良いとも思う。
どうせなら、ガンとこの感覚を共有してみなかった。
火の“性質”だから、寝転んだから雪が解けてしまったりするかしら?
寝転ばなくても解けるかもしれないわね。
それはそれで面白そう。
そうなったら、困った表情をする?悔しそうにもしそうだわ。
ふふ……、と笑ってしまう。
「いい加減にしないと風邪引くぞ」
あら、忘れてた。
【危ない魔法使い】