13、二人で一緒に
速いどころではない。
雪の中でも鹿の魔獣はその速度を上げ続けながら、風を切って行く。
崖は僅かな突起を足場に跳ねて登り、谷は驚く程の跳躍力で軽く飛び越えた。
魔獣故の強化された能力なのだろう。
私は前に座るヘリオにしがみ付いているだけで精一杯だった。
途中途中で「見ろよ」とか「良い景色だぞ」とか言われても見る余裕など無い。
……余裕のあるヘリオが腹立つ。一人で楽しむなんて!
大きく上下に振れていたから、少し…………いや、大丈夫よ。私は淑女。私は大丈夫。食べた後すぐは止めるか、もっと量を減らすべきだったわ。
氷潔都市付近の森まで来て降りてからも気分は良くはなかった。何とか堪えたわよ。立っていられなくて雪の上に転がることになったけれど。
ヘリオは親切心か嫌がらせか、起き上がらせ様として腹に回された腕で危うく圧迫されそうになったから…………つい手が出てしまった。あれはヘリオが悪いのよ。
フードを目深に被っていたから、よく解らない。
しゃがみ込んで、両手で顔を覆い「このやろ……」と呟いていた。
顔の防御力は無かったのかしらね?
しばらく、二人共にそこから動けずにいた。
気分は兎も角として、立ち上がって歩けるまでに回復したら、私とヘリオは氷潔都市に向かうことになる。
鹿の魔獣は連れて行く訳には行かないから、森で待ってもらう。町に連れて行ったら、大騒ぎ間違い無しだもの。こんなにも穏やかな鹿の魔獣が危険に晒されるなんて可哀想だし。
お礼に美味しい野菜でも買って帰らなきゃね。
森を出る前にヘリオから待ったが。
足を止めると、「一応、これ着けておけ」とペンダントを首に掛けられた。
トップに魔力が流され、指が離れても魔力はそこに留まる。
ふわりと髪を撫でられた気がしたかと思うと、視界に映る私の髪が色を変えた。黒から白銀へ。
「髪の色……」
「お前目立つから少し変えといた方が良いだろ?」
「魔道具だったのね。こんなの初めて。あなたが作ったの?」
「まさか。作ろうと思えば作れるだろうが、繊細な作業は俺向きじゃねぇ。知り合いに作ってもらったんだ。まだ試作だから途中で戻るかもしれないが、無いよりマシだろ」
「そう……素敵ね。お兄様みたいかしら?」
身体に変化を齎す魔道具はこれまで無かったと思う。
お兄様とは似ていないと言われ続けていたから、今の白銀の髪なら誰が見てもお兄様と兄妹に見えるかもしれない。そう思ったら、嬉しくなった。
……のに、ヘリオは「お前は黒の方が良い」と素っ気なく言われた。
良いじゃない。白銀も似合うでしょう?
少し浮かれた気分で注意力散漫。
転びそうになるのをヘリオに支えられて、何故か手を繋いで行くことになった。私、子供じゃあないんだけれど。
とはいえ、森から町への雪道は日頃から人が歩き踏み固められてはおらず、何度も雪に足を取られた。手を繋いでいたおかげで転ばずに済んだので文句は言えなくなった。
……不思議。
ヘリオとなんて落ち着く筈はないと思うのに、安心感がある。今までで一番。
ある訳もないのに、懐かしくも感じる。
可笑しいわね。
あなたとは本当に一度もこうして歩いたことが無いのに、ずっと二人で一緒に歩いて来た気がするなんて……。
【危ない魔法使い】